知れば、ぶら下がる刃
「フリードリヒ将軍・・・国葬の準備を。お姉様は手厚く弔ってあげなければなりません」
「姫様! しかし、どう公表するおつもりです? 話し合いの結果が訃報では・・・⁉」
「ありのままを話します。私の軍がお姉様を討ち取ったと――それで、いいんでしょ?」
カーナは振り返りながら俺に聞く。
「少なくとも、そこの将軍が作る話よりはな。今までが力に頼ってきた国だ。急に言葉だけでどうにかしようとするよりは効果的だろう。望福教を表に出さずに済むのも悪くない。あくまでも敵対陣営を指示していた組織に留めておけば、決定的な対立を生まずにやり過ごせるはずだ」
「・・・それでも対立が起きたら?」
「武力による制圧――に、なるだろうな。教祖もいない状況じゃ規模もデカくはできねぇだろうし、突発的か、あるいは局所的なもんになるだろうから、制圧自体は手間取らねぇだろう」
「・・・そう。内戦にまではならないのよね?」
「口実がねぇからな。あるとすりゃぁ仇討ちぐらいか。それも教祖の求心力、この場合はその女の人気になるが・・・そこまでのもんだったとは思わねぇ。なにより、教祖としての正体を隠してた以上それほどの原動力には――な」
「なら、いいわ・・・」
なにかを諦めたように、カーナは俯きながらそう言った。
「それで、その人はどうするの?」
話題を変えるようにローランへ視線を向けて聞く。
「さっきのついでに身体は治した。意識については他と同様、成す術がねぇ。取り敢えずは下で待ってるヤーレン達に任せるつもりだが・・・」
「確か仲間を助けに来たんだったわね? 見つかったの?」
「コイツで最後だ。後は移送の問題ぐらいか・・・隊商を率いてきたわけじゃねぇからな。全員を同時に運ぶ手段がない。かといって、安全も保障されない。その上、意識不明のおまけつきだ」
「そのぐらいなら軍の力でどうにか・・・どうですか? 将軍」
「容易いかと」
「50人からの護衛。しかも、国境越えをそんな安請け合い出来るのか?」
「我々は元が南端戦線維持部隊が大半。皇国側への移動なら馴れたものだ」
「なに言ってやがる? アイツらを送るのは共和国側の国境、その先だ。共和国側でも活動できなきゃ話にならねぇよ」
「なぜだ⁉ 確かに彼らは共和国の人間かもしれないが・・・建前上、どうしたって一度は皇国へ向かわせなければならないだろう⁉」
「そんな決まりはねぇ。なにより、アイツらを受け入れるだけの余裕がねぇ。皇国ではこの後、内戦が起こる。紛争地域は皇国の東領だ。アイツらは帰る道さえ使えない」
「なぜ⁉ ―――いや、望福教か‼‼」
「なら、その間はこの帝国で預かるわ。安心して頂戴。悪いようにはしないから」
「悪いがそれも断る」
「どうして? アタシが安全を保証するのよ?」
「だからだ。俺はお前を信用できない」
「なんでよ‼ だったらなんで――‼」
「お前の精神が乗っ取られる可能性があるからだ」
「――ッ⁉⁉⁉」
驚いてはいるが、本人も気付いていたか。否定の言葉は続かない。
「この懸念を拭えなかったのは俺の失態だ。条件を聞き出せずに悪かった。だが、こうなっちまった以上はその可能性は考えなくちゃならねぇ。特に、カーナ。お前を信用するのは不可能だ。なにせ、お前以外の王族のほとんどが精神を乗っ取られた。わかるだろ?」
「・・・・・・わかってるわよ! そんなこと‼ アンタから言われなくたって‼ わかってる・・・」
血縁、時間、人数。
どんな条件があっても、カーナはその敷居が低い。
前帝王との面識もある。
そうなれば、いつそうなってもおかしくはない。
「皇国で起きる内戦で教祖を討ち取ったとしても、当然ながらそいつは本体じゃない。そうなった時、次の乗っ取り先が――」
「アタシになる可能性が高い・・・」
「あの野郎がキチンと保険までかけてればな」
最初から失敗すると決めつけて行動する奴なんかいやしない。
だが、失敗するかもしれないと想定して動くことはよくある。
ではその想定をしていた場合、どうするのが一般的か?
そんなことは決まっている。
失敗してもいいように動く。それだけだ。
なら、奴の視点になって考えた時、一番簡単な策は何か?
そんなもんはもちろん、どちらが勝っても乗っ取れるようにしておくこと。
自身の存在が気付かれてさえいなければ、仕込みはやりたい放題できたはず。だからこそ、その時になるまでカーナの潔白を証明することはできない。
カーナ自身にさえ。
「まるで、余命宣告みたいね」
そう思えばこそ、自虐のような言葉が零れた。




