経験の差
「合図だ‼」
サンの声が背中に届く。
日常との境界線を踏み切って戦場に飛び降りる。
女王の危機とあれば、最早抑制などというものは利かず、黒く淀んだ蠢く本流は堰を切ったように光柱へと向かうが、支流はただ目の前の獲物に食らいつく。
俺は身体強化と雷撃強化を纏い、土石流の如く迫る脅威に着弾する。
重力を生かした一撃で先頭付近にいた蟻を叩き潰すと同時、雷光を爆ぜさせ火花を散らす。全力の一撃は怒涛を喰らい、一瞬の静寂をもたらす。
チラリと視界の端に捉えたジェイド達は確かに4人。手足がもげているということもなさそうで、胸をなでおろす気分だ。
それでも、この胸中に渦巻くは怒り。
こういう状況になったのはあいつら自身の落ち度に違いない。
だが、その裏にいる誰かの存在を知っていながら、こんなことになると気付かず、なにも教えてやれなかったのは俺で・・・なにより、こうなるまで放置し続けたギルドに対する怒りだ。
情けねぇ。
だったらせめて、
「悪いが・・・容赦しねぇぞ」
最後まで、そうあるべきだろう?
俺の声になにを聞いたか、黒閃が空を切り裂き走る。
それを見た周りの蟻が、今が好機とジェイド達へと向かう。
「そう簡単に・・・抜かせるかよ‼」
飛び掛かる蟻の頭を縊り取り、通り過ぎようとする蟻に投げつけ、顎で貫く。それでもすり抜けようとする者には石弾をくれてやった。
そうしてやれば蟻共は標的を俺に変え、あっという間に囲い込む。数の利を使い隙をつこうという動きだな。
だからこそ、わかりやすい。
身体強化と雷撃強化で反応と反射を限界まで引き上げている俺にとって、単体で飛び込む”それ”は殺してくれって言ってるようなもんだ‼
四方八方あらゆる位置から、その身に宿した武器に命を懸けて食らいついてくる。敵の命を奪うために。声を上げ、顎を開き、仲間の屍を超えてまで・・・そこまでしても、なんの意味もない。
いくら後ろを取ろうとも、高低差を使おうとも、そうするとわかってんだから関係ねぇ。ただ一匹ずつ。確実に縊り取り、武器だけを武器として還す。それだけだった。
いつまでたっても崩れない俺に嫌気がさしたのか。今度は一斉に飛び掛かろうとする――-
――が、そこへ巨大な岩石が割り込み全てをまとめて押し潰す。
ズドォン‼ という音と衝撃が地面を揺らす。
幅ギリギリの大岩を寸でのところで避けられたのは俺だけだ。蟻共は見事に岩の下。作戦がこうもハマると気持ちよくなっちまうな。
崖を見上げればスイらしい影が手を振っているが、太陽光でよくは見えない。適当に手を挙げて答え、視線をひれ伏す蟻へと戻す。
魔法が消え、地面に張り付けられた骸が並ぶ。その残骸を踏み潰し、前に出る。防衛ラインを下げるわけにはいかないからな。
それを見た蟻がニヤリと笑ったような気がした。
瞬間、左右にあった残骸の山の中から生き残りが飛び出し、さらに地面を食い破り足元からもダメ押しが狙う。
もし、俺が経験の浅い冒険者だったなら後れを取ることもあっただろう。視覚外からの攻撃、意識外からの奇襲。どれも有効には違いない。けどな。
片方は撃ち落とし、もう片方は縊り殺す。足元に出てきた奴は踏み潰してしまえばいい。後は撃ち落とした方に頭を投げ付けて、仕舞いだ。
そういう手を使う奴らは掃いて捨てるほどいるんだよ。生後3か月と考えりゃ十分かもしれねぇが・・・相手が悪かったな?
焦り、迷い、動揺。
そういった感情とは無縁だろうが、それでも動きが緩慢だ。
「どうした? こないのか? 悠長にしてる暇は・・・ないと思うぜ?」
こんな言葉に意味などないとわかってる。通じるわけがないんだから。
だというのに、遮られた光と迫る影が、なぜだか無性にそうさせた。




