side――マルチナ
ここは大きな分岐点。
いいえ、分水嶺と言ってもいいかもしれません。
皇都での反逆。
私はどうするべきでしょう?
私は私にできることをやってきました。それはこの後も変わりません。
ですが・・・・・・。
教祖様はおっしゃいました。
『この世界に神などいない。そんな存在が居るとしたら、人の願いを、望みを叶えられる人間だけだ』と。
『この世界は人の願いで回っていて。本当に、心の底から望んだものだけが叶えられる』とも。
しかも、その願いは自分1人だけのものではなく、幾人もが心のそこから望んで初めて実現できるものなんだと。
そうおっしゃっていました。
従って、もし神に等しい人間が居るのであるとすれば、それは――・・・幾人もの願いを集約させ、先導し、実現させられる人間だけだと。
それこそが自分だと、教祖様はおっしゃっていました。
実際に、教祖様は望福教という宗教を立ち上げ、悩める人々を導いてきました。
本当の願いを聞き出し、心の底から望ませ、叶えてきたのです。
私のギフトにしてもそうです。
顔も知らない兄には出来なかった。両親の願いを叶えるということが、私には出来た。
両親と同じ願いを心の底から望むことができた。
だから私はギフトを授かった。
とても珍しい”器用万能”というギフトを。
東の国に生まれた両親は、貧しい暮らしをしていました。
瘦せた土地を耕す農夫。
それが2人の仕事でした。
けれど、それには耐えられなくなった。
理由はいくつもあったと聞いています。
悪天候、税の引き上げ、モンスターの発生、それらによる村内での確執。
そんな時に望福教に出会ったのだと言います。
曰く、今の現状は怠慢が原因であると。
曰く、このままでは不幸を逃れることはできないと。
曰く、望福教に入りさえすれば、この現状を、その未来を覆せると。
両親も初めは訝しんだそうです。
そんなうまい話はないと。
ですが、その時にこう言われたそうです。
『あなた方は本当に、心の底から願ったことがありますか? 望んだものがありますか? それを叶えようとしたことは?』
2人はその言葉に撃ち抜かれてしまった。
貧乏は生まれながらに、寄り添ったのは倒れぬため。
夢に駆け出すことはおろか、歩くことすらままならないではないかと。
気付いてしまったのだとか。
そうして望福教へと入信した2人は、生れた国を捨てガルバリオへやってきた。
この国であれば夢が叶うと教祖様に助言され、とある領地で働き始めた。
職をと願えば与えられ。
住居をと望めば差し出され。
不満もなく居着くことができた。
以前より富ある生活。
以前より恵まれた日常。
以前とは違い求められたのは、心の内を言葉にすることだけ。
そう。願いを教祖様に伝えることだけで。
それだけで住む世界が変わったんだそうです。
朝。教会へと赴き、順番に願いを口にする。
ああしたい。こうしたい。そうしたい。どうしたい。
それを聞いた望福教の偉い人が、ああしなさい。こうしなさい。と返してくれる。
これは私にとっても日常だった。
全てが上手くいくわけではないですが、大方は助言いただいた通りにすれば上手くいったのも本当です。
だから、両親が兄を捨てたのも当然のことなんです。
なぜなら望むギフトが得られなかったのだから。両親と同じ願いを持てなかったのだから。
両親は兄に。私同様、器用万能というギフトを望んだそうです。
このギフトがあれば、大抵のことに苦労しません。
苦手な事柄がなくなる・・・とでもいえばいいでしょうか? そういうギフトです。
なんでもそつなくこなせるようになるギフト。
ある意味天賦の才能でしょう。
自分達の境遇があるから、子供である私や兄にはどこででも生きていけるような能力を与えたかったのだと言われました。
その思いは素直に有難たかった。
だって他の子供達は家のため、家族のためになるギフトを求められていたんです。それを私だけ・・・・・・。
そんなことがあり私は、両親のことを離れて暮らす今でも愛していますし、この生活をくれた望福教も信じています。
それ故に、この今の選択に悩んでいるのです。
私は奇跡を目撃した。
多くの願いを束ね、導き、形にする様を。
その人物を知った。
教祖様の言う神様のような人間と出会ってしまった。
この胸の高鳴り、この先になにが起こり、どうなるのか。
その時私はどうすべきなのか。
それが私にはわからないのです。
教祖様に従うべきなのか、それとも―――目の前の彼に捧げるべきなのか。




