side――バロン2
心臓が痛い。
そう感じるくらいにバクバクする。
でもそれは怖いからじゃない。
断言できる。
だって、背中を任せられる仲間がいるんだ。
ジェーンはあの大きなゴブリンの一撃さえ受け止められる。
それを知っていれば、僕が気にするのは僕自身のことだけ。
だからこの鼓動の原因は、緊張なんだ。
期待にこたえられるかどうか。
ただそれだけのことなんだ。
気を取り直してしっかりと槍と握る。
いい槍だと思う。
僕に合わせて作ってくれたのかと思うくらいに。
太過ぎず、長過ぎず、重過ぎない。
家にいる時、ゴルドラッセから渡された少し傷んだあの槍よりも、ずっと使いやすいに違いない。
槍の使い方は忘れてない。
切っ先を相手の目に向け、大きく振らないこと。
上下の狙いは偏らないよう、そして素早く引き戻すこと。
動きの先を読み、動かしたくない位置を狙うことで敵を突き崩す。
これらが槍を使う鉄則。
切っ先を目に向けるのは距離感を奪うため。これは剣でも使う技術だって、ゴルドラッセも言っていた。
その上で大きく振らない。
それは槍の最大の利点が突きだから。
線ではなく、点での攻撃は防ぎ辛いのだと教えて貰った。
2つの違いは呼び動作。切るより突く方が速く、槍は特に突くことに特化した武器なんだって。
だから僕は左手を固定して、そこを支点に槍と突き出す。
残されたゴブリンの片目を目掛けて、軽い踏み込みで試す。
いつでも戻れるぐらいの位置から。
それは牽制のようなもの。
でも、あわよくばを狙っている。
そんな一突き。
大きなゴブリンは顔目掛けて飛ぶように近付いた切っ先を避けるため、大袈裟に仰け反る。
急なことで驚いたのか、片目だから距離感がつかめないのか。
有利なことには変わらない。
そうなれば、上の次は下だ。
押し出した槍を引き戻し、角度を変えて脚を狙う。
仰け反った体を支える脚を、より体重の乗った後ろ脚を狙う。
足先までは届かないけど、膝や太ももなら!
再度突き出した槍は・・・残念だけど空を切る。
大きなゴブリンが慌てるように飛び退いたからだ。
すぐさま僕も槍を引く。
優勢過ぎるぐらい優勢だから、このまま押し込んでしまえればいいんだろうけど、上手くできるかも分からないし、なにより。ジェーンがついてこれるかも分からない。
1人で前に出ればどうなるか―――そんなのはもう分かりきってる。
その結果、僕が傷付くなら納得できる。
でも、またそうじゃなかったら・・・。
ジェーンや、ううん。ジェーンの脇を抜けられたらもっと多くの被害が出る。
僕がやるべきことは、この大きなゴブリンをこの手で倒すことじゃない。
仲間の――友達の安全を守ることだ。
そのために僕も守ってもらう。
背中はジェーンに。
それ以外は・・・皆に。
僕らとゴブリンの距離が開いたから、そこを目掛けて魔法が飛んでくる。
火、水、土、風。
横から横から、弓矢のように。
いつから皆はそこにいたんだろう?
ふと視線を送れば、殿下の姿が先頭にあった。
全員に号令をかけるその姿は、確かに未来の王様にも見えた。
僕はジェーンに声を掛ける。
「そろそろ一旦魔法が止まる。そうしたら前に出ようと思うんだけど・・・いいかな?」
「うん。こっちは平気。でも足元には気を付けて」
「そうだね。平地と言っても凸凹してるし、それに――転がったままの死体もあるもんね」
「死者の念は馬鹿にできない・・・って父が言ってたんだ。引っ張られないようにしよう」
死者に足を引っ張られるなんて、すごく怖いこと言う。
チラリと崩れかけたゴブリンの死体を見る。
アレが動いて脚に絡まるところを想像すると、生きてる敵より怖いかもしれない。
そんな風に考えて、笑えるくらいに余裕があった。
大丈夫。怖くない。
降り注ぐ魔法が止んだぞ。
さあ、もう一度。
今度はより多くの傷を負った獲物を追い詰める時だ!