見ない顔
初日の勤務を終え、手早く授業日誌を書き上げ席を立つ。
今日も、この教員室で誰かの姿を見ることはなかったな。
朝礼などがないのは面倒がなくていいんだが、ほとんどお互いの顔を知らねぇってのも、それはそれで不安だ。
俺が知ってるのは教員監査の顔ぐらいで、部長も副長も見たことはねぇ。
連絡の必要があるのなら、連絡板に書き込みがあるはずだから今のところ問題はねぇんだろうが・・・・・・。
まぁ俺が担当してるのは1年で、3年以上の生徒はまだ授業が残っている。
そこらの担任と会わないのは、そうおかしなことでもねぇだろう。
それでも昼食を考えれば出会いそうなもんだが・・・それよりも2年か。 あっちは1年と同じく午前授業のはずなんだよな。そっちの方を疑問に思うべきか。
それとも、鐘を聞いて直ぐに切り上げる俺がおかしいのか?
そういえば俺が教室を出た瞬間には、隣もまだなにかやってたみてぇだったし―――・・・。
いや、よそう。
あくまでも自分のやり方で行くべきだ。
俺はただ教師がしたいがために、ここへ来たわけじゃぁねぇんだから。
むしろ都合がいいと喜ぶべきだ。
おかげで調査に時間をさけるんだってな。
提出物を部長の机へ置き、足早に寮へと向かう。
この後は引き続き、寮に捨て置かれた私物を調べるつもりだった。
なにしろ数部屋分の私物だ。
そう簡単に終わらねぇのは目に見えてる。
「だから、地道に調べるつもりだったんだが? なんの用だ?」
「用がなければ来てはいけないのかな? ん? 今この学園は私のものなのに・・・かい?」
誰も居ないはずの部屋に戻ると、なぜかジーナが待ち伏せていやがった。
「お前の相手をしてやれるほど暇じゃねぇんだよ。わかってんだろ?」
「だからこそ、私がこっちへ来たんじゃないか! 聞いたよ? 魔法実技場の道具を壊したんだって?」
「・・・・・・耳が早ぇこって」
「今実技場にあるアレを作ったのは”すべては魔法の上に”の子でね。その関係で、あの的の中には記録を残す機能や、場所を示す機能も付けているんだ。そして、それらの信号が途絶えたという報告が飛び込んできたわけさ」
「なんでそんなもんを・・・」
「もちろん、若い優秀な才能を埋もれさせないためさ!」
「素直に勧誘のためだって言えばいいだろ」
「そうともいうね? けれど、まさか4機も壊されてしまうとは・・・少し強度を上げるべきだろうか?」
「アイツらが思ってたより優秀だったってだけだ。後、1機は俺が壊した」
「なにをしているんだい? 君は・・・」
「ちょっとした芸を見させてやっただけだ。で? 用件はそれだけか?」
「一応、調査の進展についても聞きに来たよ。あのノートからはなにか、わかったりはしたのかな?」
「学園の様子がおかしくなったのは前学園長が連れてきた1人の教師が原因だってことぐらいはな。ただ、そいつの名前は消されてやがった」
「それはおかしな話だね? 消されているのならあのノート自体が処分されていてもいいはずだろう?」
「それは俺も思ったが――・・・書いた本人が個人の名誉のために修正したか、そういう風に強制されたかの可能性もあるだろ?」
「後から書き足した人物が消した可能性もあると言うつもりかい?」
「それはねぇだろうな。そいつが名前を見てるなら、まずそいつを調べるはずだ。だが、あの日誌にはそういう個人を調べたような形跡はなかった。学園の雰囲気や変に思ったこと出来事について書かれてたぐらいだ」
「そうか。私の方も学園長室に残されたものを検めてみたけれど、面白そうなものはなかったよ。あの望福教のものと思しき印が施された品がいくつかあったくらいだね」
「ま、そうだろうな。なにかがあるなら置いて行くはずがねぇ」
「逆に言えば、置いていく以上は大したものであるはずがない――と、そういうことだね」
わかりきっていたことだが、徒労の予感に肩が沈む。
「ああそうだ。ついでに疑問に思ったんだが、聞いてもいいか?」
「そんなに改まってどうしたんだい?」
「大したことじゃねぇんだが、教員室で誰にも顔を合わせてねぇんだが、学園としては大丈夫なのか・・・と思ってな。俺は部長の顔も、副長の顔も知らねぇんだぞ?」
「そんなことか。構わないんじゃないかな? 元より、あまり馴れあう職場でもなかっただろう? なにより、下手に近付き過ぎれば、私達が調べていることにも気付かれてしまう」
「それはそうなんだが・・・・・・」
「君がそんな反応を見せるとは珍しいね! 不安かい?」
「今日隣の教室の担当を見たんだ。不安に思わねぇわけがねぇだろ」
「隣の教室――というと、どんな人物だったかな・・・? すまないけれど、私が覚えているのは私が用意した君と教員監査の爺やくらいでね。爺やとは仲良くやれているかな?」
「顔を合わせてもねぇって言っただろうが! っつーか、あの爺さんお前のところの執事かよ‼」
「手の内の者で教員の経験があったのが爺やだけだったんだ。仕方ないだろう⁉ おかげでこっちはかゆいところに手が届かない日々を送っているよ。君にはこれ以上ないほど感謝してほしいところだね」
やれやれと首を振るが、そんな事情は知ったことじゃない。
「俺はあの爺さんの顔しか知らなかったからな。他の連中もどっかから連れてきた古株なのかと思ってたんだが、隣の担任は若い女だった」
「――ほう? それが気になると・・・?」
「一々顔を近づけるんじゃねぇよ! 鬱陶しい‼ この学園は品格だとかにうるせぇだろ? それを考慮したときに違和感があったってだけだ!」
「ふむ・・・若い女か―――」




