面倒事は尽きない
夜。
食事を済ませてギルドに戻り、装備をおいてベッドに身を委ねる。
疲れた。
今日一日を振り返っての感想だ。
それでもまだ不足している。やるべきこと・・・教えなければならないことが山ほど残っている。
籠手にしても、メイスにしても、そもそもの戦闘心理から・・・。
いや、やるべきこともあるか。
鍛冶屋で見た槍の行方。
皇都勤めの国軍兵ならば、昼は勤務中で買いには行けない。なにより、消耗や変更が気になったという理由で、個人的に修繕や購入するにしても卸元に発注すればいいはずなんだ。
となれば、領軍か?
にしたって・・・だよな。領軍の個人が買ってるんだとすれば、毎月の売り上げってのがおかしい。あるとするなら個人が持ち込んで、その周りで流行った可能性だが・・・それでも70本前後は多すぎるだろう。
じゃぁほかに・・・ってなると、帝国か?
それこそ、まさかだろう。現時点で唯一の敵国だぞ? 内通者だとしたらバカすぎる。ごまかしで毎月チマチマ買い集めるぐらいなら、払い下げになった装備一式買い取ってしまった方が早いだろう。敵国の装備を研究とかなら一式で十分だし、数がいるにしても手直しなんざ自分たちの国に運んでからでも出来るはずだ。わざわざうらぶれた街外れの鍛冶屋の手直しを待つ理由がない。あの鍛冶屋から皇国技術の最低水準でも割り出そうとしてんなら、たいしたもんだとは思うがな。そこまでする必要もない。
なら、一番の可能性は内通した組織、あるいは団体辺りか。
これなら違和感もなく、そうする理由がある。数と皇国軍と渡り合える質の武器が必要で、その答えが払い下げ品。兵士の格好が素性を隠すためでも、おかしくはない。
だが・・・そんな連中に心当たりがない。いや、あったとしてもだ。なぜあの鍛冶屋にそれがあると知っている? どこでそれを聞いた?
毎回同一人物なのか、同時に複数人で来るのかまでは聞けなかったが、月に2、3本ってんだから来てても小数人のはず。買ってく数が少ないのは持ち運びがしにくいからか? まぁ確かに一人でやり2本持ってんのはおかしいか。だとすれば、2本の時は2人、3本の時は3人で来てたってことか? いや、2、3本売れるってだけで一回で売れるとは言ってなかったか・・・。
ったく、わかんねぇな。
そもそも、一番わかんねぇのは”なんで街外れの鍛冶屋に払い下げ品を、しかもタダでくれてやったのか”なんだが・・・。
と、考えていたところにバシバシと窓を叩く音が聞こえた。
窓の向こうには一匹の猫が佇んでいた。
窓を開け、迎え入れて、閉める。
トッと降り立った猫は前足を片方上げたまま静止。
どうやら、さわれということらしいので手を取ると、猫は煙のように姿を消し、手の中には一枚のメッセージカード。
そこには一言”報告”とだけ書かれていた。
『しゃれたことするじゃねぇか?』
《必要経費だ》
魔力を通してメッセージを送った直後に返事が来る辺り、俺がカードを手にしたのがわかるような細工までしてたんだろう。
『なにかわかったか?』
《わからないことだらけだ・・・そっちは?》
『似たようなもんだ』
メッセージ先は無茶ぶりな頼み事をした相手、ベルザフォンに違いない。
そして、わからないことだらけ・・・ということは、この短い期間に多くのことを調べてくれたんだろう。今回はその”報告”というわけだ。
《そうか。まずはそっちの話を聞いてもいいか?》
『そうだな・・・』
貴族学園のこと、望福教のこと、鍛冶屋での出来事を話した。
《どこからそれだけの情報を集めてくるんだ・・・お前は》
『全部成り行きだ。笑えるよな?』
《笑えないだろ! それにしても厄介だな》
『厄介?』
《あぁ。お前の話を聞いて合点がいった。恐れていた中でも、最悪のシナリオだ》
『なんのことだ?』
《今から話す。覚悟して聞けよ?》
そう切り出して、ベルは調べたことを話し出した。
『はっ! そいつは確かに、最悪だな』
《あぁ最悪だ。なにが最悪かって、否定できない辺りが最悪だよ‼》
なげやりにそんなことを言うが、それも仕方がないと思うぐらいには最悪の事態だった。
調べて分かったことの一つに、冒険者ギルドに政治屋をけしかけた貴族が以前に問題を起こしていたことがあった。
その貴族と言うのが、コルビー男爵。
コルビー男爵は皇都貴族で領地を持たない男爵家だ。一応は前々回の戦争の時から存在する家で歴史は100年を超えるらしいが、聞いた覚えはない。
その男爵が、くだらない揉め事で名誉男爵と争いになったらしい。
結果として、名誉男爵は領地を与えられて皇都を離れることになった。
だが、これがおかしい。
名誉と付く爵位は、皇国への貢献によって引き上げられた、元庶民あるいは元平民のものだ。しかし、ややこしいことにこの名誉爵位は同じ爵位よりも強い力を持つのだ。理由は偏に、皇王からの覚えがめでたいから。名誉の爵位は一代限り、子が継ぐときには名誉が外れて普通の貴族になる。現行の皇王が変わっても、名誉が付く限りは特別に扱われる。
にもかかわらず、この件では名誉男爵が皇都を離れる結果となった。
国土を拝領するというのは栄誉あることに違いないが、それで名誉爵位家が皇都を離れるとは思えない。名誉爵位家の最大の利権は皇王に直訴できることだ。覚えがめでたいというのはそういうことなんだ。
だというのに、名誉男爵は皇都に残らず皇王への直訴すらなかった。
これが、元庶民元平民だからと遠慮したあるいは知らなかった、と言うのならそれでよかったが、問題は”この裁定が下された時に皇王は皇国に不在だった”ということだ。
これでは直訴など行えない。どころか、国土の分与など誰がやったのか・・・と言う話になる。
当然だが、皇都を含め貴族の領地と定められていない国土は皇族のものだ。そして、それを管理するのは言うまでもなく皇王。なにもおかしいことはない。
おかしいのは、その皇王が不在の中、勝手に国土を分与したものがいること、それを行えるのが皇族の人間だけだということだ。
これが政治屋を使う前の出来事。
さらに、おもり隊の装備について。
皇都防衛鎮圧部隊は、編成ではなく新規募集で設立されたらしい。
つまり、払い下げ品が出るわけがないんだ。
だが、払い下げ品は存在している。どこのものかもわからないが、確かに軍の中にあったものが・・・。
しかも、だ。それを買っている兵士が国軍兵の格好をしている可能性が出てきた。それが、皇族のお付きである親衛隊。
親衛隊の下っ端は皇国軍の装備の上から専用のマントを付けているだけだ。それさえ外してしまえば見た目は普通の兵士と変わらない。その姿なら軍の武器を持ち歩こうが誰も違和感など覚えないし、見たことさえ気づかないだろう。
そうなれば、
『皇族の中に売国奴がいるってわけだ』
《まだ決まったわけじゃないさ。限りなく疑わしいだけだ》
事態の収拾は難しい。
どうしたところで、どこかで必ず手詰まりになる。なにせ、相手が皇族だ。
コルビー男爵の件も、ほとんどの資料が消されていたようで、相手の名誉男爵の家名すらつかめなかったそうだ。
コルビー男爵だとわかったのも、同時期の全く関係ない書類に紛れていた役員のメモのおかげだったらしいしな。
《引き続き探っては見るが・・・どうなるか》
『ヘマはするなよ?』
《そこは無理するなっていうところだろ‼》
『言うべきだったか?』
《元からそんなつもりはないさ》
『だろ?』
《まぁいい。それより、うちの連中を黙らせる策は思いついたか?》
『残念ながら。つっても、思いついてたところで、さっきので全部忘れたかもしれないがな』
《こっちは頼まれたことをやってるんだ。そっちも頼むぞ》
『わかってるさ。また何かあれば連絡する』
《こちらからも連絡するかもしれないから、ちゃんと携帯しておけよ》
『それはいいが、中継機はあるのか?』
《ない。万が一にも聞かれたくない話だからな》
『そりゃそうだ。完全個人間なら皇都周辺が限界か』
《妥当だな。皇都内にいる時は出来るだけ魔力を流しておくこと》
『了解』
通信はこれで終わった。
皇族が相手か・・・。
思い浮かぶのは親友クライフの顔だ。あいつもあれで皇族だ。
場合によっては・・・俺達と戦うか、家族と戦うか。
あいつなら家族と戦うだろうが・・・・・・もし、あいつと戦うことになったら?
ギルドカードを眺めて思う。勝ち目がない。
腕を伸ばして天井へ遠ざけてみても、多少見難くなるだけでステータスが変わることはない。
それを見ていると、俺のようなステータスレベル99になにが出来るんだろうと思えてくる。俺に教えられているヨハンやリミアはそれでいいんだろうか? だからだろうか、ジェイドの態度も一概に悪いとは思わないんだ。
そういえばあいつ、なんか言ってたな。すぐにわかるだったか・・・?
グルグルとめぐる思考は緩やかに眠り落ち、いつとも知れずのうちに止まった。
それは疲れのせいか、現実逃避か。俺は寝ることを選んだんだ。
この時、もっとちゃんと考えていれば・・・と、後悔することになるというのに。




