装備を・・・いや、解散!
いかんともしがたい空気を切り裂いたのは、
「・・・どうかしたのか?」
奥から出てきたおっさんだった。
「たいしたことじゃねぇよ。出来たのか?」
「おうよ! まぁ見てみてくれや」
微妙な距離を保っていた二人を呼ぶ。
「これは・・・?」
リミアはタオルと魔法で乾かしたおかげで、恥ずかしがらずに近寄れたようだ。一度外に出た時も、魔法で乾かしてたんだろうな。意外と器用にやるもんだ。
「見ての通り、メイスだな! 持ち手は木で、先端は鉄で、重さを考慮して鉄部分は檻みたいにしてたんだが、今は結晶をはめ込んである。ガッチリはめ込んどいたから、振り回しても大丈夫なはずだぜ!」
「盾を持つなら片手で扱える武器の方がいい。お前は棍術も使えないんだろ? だったらその杖はやめて、扱いやすいこいつを使え。持ち運びや取り回しのしやすさも段違いだからな」
「・・・・・・その、いいのでしょうか? 杖は魔法の補助に必要だと聞いているので・・・」
嬉しそうでありながら、困惑した表情のリミアに答えるのはおっさんだ。
「先端にはめ込んだ結晶がなんなのかまではおれっちにもわからねぇが、嬢ちゃんが持ってる杖についてるもんより、よっぽどいいもんだぜ? そいつは」
「それはそれで、いいのでしょうか?」
「別に構わねぇよ。どうせあまりもんだ。なにより、先輩からなにかをもらうなんてのは冒険者にとってはよくあることだ。情報、道具、素材、装備、先に進めば進むほど、助け合いが必要になることもある。パーティーだとかの垣根も超えてな」
誰かが生きていれば、それだけで自分の生存確率も上がる。
なんてことを言うにはまだ大部早いが・・・最初の教え子だ。いきなり躓いてほしくもない。
「そう、ですか・・・・・・。その、はい。ありがたく、いただこうと思います・・・」
両手で柄をギュッと握って、先端の赤い結晶をジッと見つめる。
「僕のは⁉ 僕のはないんですか⁉」
「坊主のはこっちだ」
必然的に騒ぎ出すヨハンにおっさんが取り出す。
「これですか・・・?」
見せられたのは何の特徴もないただのダガーだ。
あからさまにガッカリしてるのは分かるが、ほぼ素材そのまま使える結晶なんかと違って、剣に使えるような都合のいいものは使ってきた後だからな。手元にはないんだよ。悪いな。
「お前のショートソードはそれと交換してもらえ。盾は自分で使ってもいいし、いらないならリミアにやってもいい」
「そんな顔されたらおれっちが一番つらいんだぞ? 渾身とまでは言わないが、なかなかの力作なんだぜ?」
「それは・・・すみません」
「おっさんのは最初に持つ武器にしてはいいもんなんだ。リミアのあれも、結晶以外はおっさんが作ってる。このダガーも俺が頼んでナックルガードを付けてもらってる」
「・・・・・・はい」
なにを言っても無駄だよなぁ・・・。
「坊主! それと嬢ちゃんもだ! いいか? どんな装備だろうが、ただの道具だ! なにをもってるかじゃねぇ! どうやって使うかだ! 道具を選ぶ前にまずは、持ってる道具を使いこなして見せろ!」
熱いことを言うおっさんだが、リミアはともかくヨハンには届かない。
仕方ない、か。
「・・・はぁ、わかった。飛び道具はまた考えてやるよ」
「ホントですか⁉」
跳ねるように振り向くあたり、わかりやすい食いつき具合だ。
「そーいや、そっちが目当てだったな? どんなのがいいんだ? 皇都の武器店なら全部知ってっから、おれっちがオススメを教えてやるぞ!」
「それなら! 先生の籠手に近いものが欲しいんですが! ダメですか⁉」
目を輝かせながらそんなことを言う。
「坊主! さっきも言ったろう! どんなすげぇもんでも扱えねぇなら意味ねぇんだぞ! あいつのアレは特別だ!」
「そんなになんですか⁉ 先生はたいしたもんじゃないって・・・」
「オメーも! 嘘教えんじゃねぇよ‼ そこまでの装備を作れる奴ぁ皇都にはいねぇだろ! それこそ、名の通った工房に頼んだはずだ!」
「でも、先生は自分で作ったって・・・」
「なにぃ⁉」
「南に行けば、ギルドの設備もよくなるんだよ。そこらの工房なんかよりはよっぽど、な。それに、自分達で素材を集めれば・・・大体のもんは作れるだろ?」
「・・・ってことは、おれっちが皇都に来るきっかけになった冒険者ってのは・・・・・・」
「俺がいたパーティーだろうな」
「まさか伝説って奴が目の前にいるなんてなぁ」
「俺はおまけだけどな」
「なら・・・作ってやんのか?」
おっさんが顎で示す。
期待に満ちた視線が目に入るが、
「素材がねぇよ」
無い袖は振れない。
「そりゃぁ仕方ねぇなぁ」
がはは、と笑うおっさん。
舞い上がったところを叩き落されたようになったヨハンだが、
「まぁ、ものがないわけでもない」
ガバッ! と上げる顔は輝いていた。
すごい勢いだな? お前の情緒はどうなってるんだ?
「おいおい、駆け出しだろ? そんなもん渡していいのか?」
「同じもんとは言ってねぇだろ? これを作る前に試しに作ったやつだ。素材も別もんだし、問題ないだろ」
弾の撃ち出し機構や通常時と射撃時の変形機構など、試行錯誤した時に作った試作品の一つ・・・というか、残った最後の一つを背嚢から引っ張り出した。
これ一つしか試作品が残らなかったのは、複雑な機構はすべてに耐久面の問題があり没になったからだ。
「つっても、使えるかどうか・・・怪しいがな」
この試作品は俺の籠手をほぼ同じ設計だが、実弾ではなく魔法を撃ち出す想定で作ったものだ。防具としてなら間違いなく使えるが、武器としては・・・ヨハンとの相性もあまりいいとは言えない。
「ぶかぶかですね・・・」
早速付けてみたようだが、当然ながらサイズが合わない。
作ったのは6年程前とはいえ、当時の俺も20代だ。成長期の体とは随分差がある。
手先はどう調整したところで合わないだろうから外して、腕の部分は内側のベルトを締めればなんとかなるか?
「残念ながらこいつは一個しかねぇから、右か左か・・・好きな方を選べ」
元々、俺の籠手は両腕に着ける予定がなかった。だから、試作品も片腕分しか存在しない。
「うーん・・・そうですね。じゃぁ、左腕に付けます!」
その方がつけやすいですし! と、利き腕に着けるより、利き腕で付ける方が楽という理由もあって、左腕に着けることにしたようだ。
籠手の内側に布をかませて、ベルトを調整してきつく締めれば、ヨハンの腕にも問題なく固定できた。
「どうですか? 冒険者っぽいですか?」
左腕に装備した籠手と右手にダガーをもってポーズをとる。
「こら坊主! アブねぇからダガーは鞘にしまっとけ!」
楽しそうなヨハンはそんな当たり前のことで怒られるほど興奮していて、その籠手がちゃんと使えるかなど、頭から抜け落ちているようだ。
「次は私の盾ですよね? 先生」
それを注意しようと思ったところに、鳴りを潜めていたリミアが後ろから現れる。
「リミアには僕の盾をあげるよ? 僕にはこの籠手があるから!」
「いいえ。きっと先生が用意してくれるのでしょう? ねぇ先生?」
「たいした人気じゃねぇか! おれっちと一緒に商売でもするか? 先生よ」
それぞれが好きなことを言って、収拾を付けるのが面倒すぎたんで、適当に流して解散まで持って行った。




