写し絵のシート
「わざわざこんな場所に彫ったのか、あるいは備品を丸ごと入れ替えたのか。どっちにしても大胆な方法だな」
「それに、こうして寝転んで見上げなければ見えないということは、そういう風にして使っていたんだろうしね。全員が了解していなければ、そんな光景はあり得ない。見つかればちょっとした騒ぎだよ」
部屋にいる何人もが、急に机の下に頭を突っ込んで寝転がりだしたなら。確かにそれは立派な事案だ。無視できるはずもねぇ。
「今がまさにそうだしな」
「そういうのなら手を貸してほしいものだね。いち早く起き上がるために」
俺は隣の机の引き出しを戻してから、寝転がったままのジーナに手を差し出して引き起こす。
「備品購入の記録は残ってねぇのか?」
「どうだろうね。探してはみるけれど、期待はしないでおくれよ? あまりに大胆すぎる。これだけ大胆なら、記録の類は残っていなくても不思議じゃないのだからね」
「わかってるさ。それより、どう思う? あの印・・・」
「教会への反意は感じるね。それ以上のことはなんとも言えないけれど」
「まぁそうだよな」
机の裏に彫り込まれていた印は、かなり大きく緻密であり、細部まで丁寧に彫り込まれていた。
そしてその中央には、光りを掴むような手が描かれていたんだが、これは教会の印象たる”天から降る光りを授かる手”に対する強い反抗心を感じた。
掴むというか、握り潰すというか。
なんにしても、望福教が掲げる教義”ギフトとは神が与えるのもではなく、人の思いによって生じる”という最大の主張とは少し外れている気がした。
他にも着目すべき箇所はあったかもしれねぇが、既にこの部屋はいつ人が入って来てもおかしくねぇ状態。
長々と見つめてもいられねぇ。
「写し絵でも取りてぇところだが、生憎そんなもん持ってきてねぇしな」
「持ってきていたとしても、机の下に設置しておくだなんて。あらぬ誤解の基だよ?」
「自分の机の下なら問題ねぇだろ」
「そうだといいけれどね。私が小型化した製造機はなにかと問題になることが多くてね・・・」
写し絵は少々大掛かりな魔法道具で作る。
細かい理論は抜きにして説明するならば、レンズの付いた箱をしばらく置いておくことで、レンズを通して映っていた光景を他のものに記録する装で、大体は魔法石か魔結晶あたりに記録して、紙に写したりが主流だ。
それを小型化なんかもしてたのかコイツは。
「現物があるなら貸してくれ。明日には返す」
「そんな手を出されたって今持っているわけがないだろう? 研究所にならあるだろうから、明日まで待っておくれよ。それと・・・印を写している間、引き出しはどうするつもりなんだい?」
「・・・・・・・・・持って帰るか?」
「引き出しを抱えて出勤するつもりかい?」
「ダメか?」
「ダメじゃないさ。ただ、相当に目立つだろうね?」
「壊して修理に出す」
「備品は丁重に扱ってくれたまえと頼んだはずだけれど?」
「・・・はぁ。底だけ抜くか」
「そんな事が?」
「この造りなら底は差し込んであるだけだ。手前を外せばいけるだろう」
「そういうものなんだね」
「お前だって魔法道具とか作ってんだろ。見て分からねぇのか?」
「残念ながら興味がないからね。出来そうならばそれで構わないよ。けれど、枠が邪魔になったりはしないのかな?」
「・・・・・・やっぱ持って帰るか」
「明日までに決めてくれればいいさ。君の問題だからね。それで? この後はどうするんだい? 失踪者が残したものを見に行くかい?」
「そういえば、どこに保管してるんだ?」
「倉庫、と言いたかったのだけれどね。私物を放り込むわけにもいかない。学園長代理として、学園長室で保管させてもらっているよ」
「学園長室・・・? そういや、どこにあるかも知らねぇな」
「そうだろうね。ここは学園だよ? 敷地内には幼少部だけじゃなく中等部だってあるんだ。学園長室が在るはそっちの校舎だよ。中等部へ通わなかった君が知らないのも無理はないけれど」
そう言われて初めて、中等部の存在を思い出した。




