鍛冶場は暑いもの
鍛冶屋に戻るとまた、カンカンと鉄を叩く音が響いていた。
「日も落ちるってのに、まだやってていいのか?」
「もうすぐ仕舞いだ! と、いうかな・・・んなこと気にすんなら、もっと早く注文よこせってんだ!」
「やめろとは言わねぇんだな」
「そんなやつ、商売の一つも出来んだろう」
「確かにな。こっちも色々いじったが・・・よかったか?」
「買い取ってくれんだろ? だったら何にも言わねぇよ」
「そいつはよかった」
手に持っていた罠を渡すと、ヨハンは宝物でも手に入れたような顔で大事そうに抱く。
「で、頼んどいたことはどうなってる?」
「ちょいと待て。仕上げだけ残ってる。もう片方はそっち待ちだがな?」
「連絡はしといたんだが・・・」
リミアが店から出てくるまでの待ち時間にギルドカードで送っておいた。ギルドにはいるはずだし、気付かないってことはないと思うんだが。
店の入り口を見るが・・・、
「そこでなにやってるんだ?」
入ってすぐのところにリミアが突っ立っている。
「気にしないでください」
そうは言うものの・・・さっきもそうだったが、わざわざ離れてるのか? なんのために?
・・・汗臭いとかか? おっさんの汗蒸気が嫌ってんならまぁ分からなくもないが・・・装備のことだ。遠くから眺めててもどうにもならない。
「とりあえずこっちに―――」
「来ないでください‼」
一歩踏み出しただけでピシャリと言われた。
もしかして、俺もか? うん、いや。あぁ・・・へこむな、これ。
「すみませーん」
そこへ、ミリーが入り口から入ってくる。
「あ、おにーちゃん! ・・・? どうしたの? って⁉ こっちもどうしたの⁉」
固まっている俺を見て不思議そうにした後、隣を見て驚愕する。
「え⁉ 大丈夫⁉ ちょっとお兄ちゃん‼ なんでこの子ビショビショなの⁉ 変態‼‼」
などと言いながら人の背嚢をぶん投げてくる。
「いえ、あの、だ、大丈夫ですから・・・」
「なにされたのー? お兄ちゃん! その中にタオルとかないの? あれ? そのために呼んだ?」
「なわけねぇだろ! なにわけわかんねぇこと言ってんだ!」
「わけわかんないのはこっちだよ! 受付の仕事もあるのに、荷物持って来てくれっていうから来たら・・・店の入り口にビショビショの女の子立たせてるなんて! 趣味悪いよ‼」
「どんな趣味だよ! なにもしてねぇんだよ‼」
「何もしてないのにビショビショは無理があるよ⁉」
なにを言ってもどうにもならない。それこそ、完璧な水掛け論だ。
バシャバシャやるだけやって、しばらく。
「ですから、少しその・・・ここが暑かったというだけですので・・・」
恥ずかしそうに言うリミアはタオルで顔をぬぐっている。
ミリーが持ってきた背嚢の中に都合よく入っていたものだ。
「えぇー? それだけでそうなるの? 絶対お兄ちゃんの変態性だと思ったのに」
「なんでそれで俺が変態になるんだよ・・・」
「濡れ濡れの女の子なんて、エッチじゃん!」
言われて、リミアをよく見る。
濡れた髪、滴る汗、湿って肌に張り付く服に紅潮した頬と恥ずかしそうな顔。言われてみれば確かに、性的趣向な気がしないでもない。が、いかんせんうすべったい。
これに興奮できるかと言われれば、難しいものがある。
まぁ口には出さないがな。
「はぁ・・・・・・」
代わりにデカい溜息をいれて、
「仮に趣味だったとして、こんなところでやらかすバカがいるかよ」
「お兄ちゃん知らないの? 人に見られるのが好きな子もいるんだよ!」
ふざけたことを抜かすアホを叩いた。
「結局、ここが暑かったって話みたいだが・・・嬢ちゃん。装備として使う服は、ちゃんと祈祷師に祈ってもらうんだぞ!」
「祈祷師・・・ですか?」
「なんだ、オメーそんなことも教えてねぇのか?」
「そういわれてもな? ヨハンは知ってたみたいだし・・・」
「僕ですか? そうですね。最近の普段着でも祈祷してもらっている貴族もいるみたいですし、冒険者ならでは! というものでもないんじゃないですかね?」
「そもそも祈祷師ってなんなの? お兄ちゃん」
「祈ることが仕事になってる奴らで、教会の一部だ。昔は戦争なんかで前線に出る兵団だとかに対して仕事だったらしいが、加護の高い奴が祈ることで、人だけじゃなく物にまで効果が出ることがわかってな」
なぜそうなったのか。なんてのは知りようもないが、こと身に着けるものへの効果は絶大だった。
「勝利でも安寧でもなく平穏を祈ることで、なぜかそれを身に着けてる奴は暑さや寒さから守られるんだ。だから、装備・・・特に服は祈祷してもらうもんだって認識になったんだ」
「そうだったのですね・・・教会、ですか」
リミアが知らなかったのは家のせいか? まぁ、なくはないか。
黙って考え込んでいるし、今は装備だ。
ミリーに頼んで持ってきてもらった背嚢の中から、使わないままだった素材をおっさんに手渡す。
「こいつはまた・・・立派なもんだな。おれっちなんかが扱っちまっていいのか?」
「手に入れたはいいが、使い道がなくてそのままになってたもんだ。ここで使わねぇなら、いずれは指輪か・・・よくて首飾りになるかだ」
「そりゃぁもったいねぇにもほどがあんぜ!」
とんでもない! と拳大の結晶を隠すようにして、
「そんじゃぁ出来うる限り上手くはめ込んで見せるから、待ってな!」
奥へと引っ込んだ。
「なんだったの? あれ」
「いつかの戦利品だ」
「あれの為に私を使いっぱにしたの?」
「そうなるな」
「もぉおお! あれくらいなら自分で取りに来てよ! 仕事だってあるんだから!」
「そのおかげで堂々サボれてるだろ?」
「私は別にサボりたいわけじゃないですぅ! 知ってるくせに!」
まったくもう! と出口に向かうと、
「それじゃぁ仕事に戻るけど、その子のこと! どうにかしてあげなよ! 教官なんでしょ? お兄ちゃん!」
言うだけ言ってミリーは帰っていった。
言われたリミアは鍛冶場の火が消えた後もまだ暑そうにしている。
別に、言われたからやるわけじゃない。
最初から知っていれば、もっと早くに手を打ったさ。
こんなに気が重くなる前に!
・・・仕方がない。と言い聞かせてリミアの前に立ち、その胸に手を伸ばす。
「な、なにをする気でしょうか⁉」
「動くな」
当然の反応ではあるんだが、頼むから何も言ってくれるな。
ヨハンの方は・・・今は見れないな。
リミアは自分の格好を分かっているからか、どうしたものかという様子で・・・後ろ手にタオルを固く握って、静止した。
鳩尾の少し上、振れるか触れないかという位置で手を広げ、深呼吸。
「賜え。このものに平穏を。揺るがず、傾かず、穏やかであることを誓え。祈りは成るなり」
言い終わって、
「どうだ?」
聞いてみれば、
「・・・・・・す、涼しい・・・です」
真っ赤な顔を背けながら、ポソリと答えた。