絶たれる繋がり
「仕方ない。そういうことにしておこうか・・・」
「おい! それで済ますつもりか⁉」
プイと向きを変えて興味をなくしたようなそぶりを取る自称師匠に、ヴィーちゃんが詰め寄るが、
「なにを言っても間に合わなかった僕達が悪い。なら責任は負うべきなのさ。例え、真実を知らなくともね」
自称師匠は笑って見せるだけだった。
つまり、ここで起ったことの収集だけはつけてくれると。
そう思っていいのだろうか?
「だがどうする⁉ ドラゴン撃退の立役者も無しでは誰も、なにも、信じはせんぞ⁉ 永遠に突かれ続けるだけだ‼」
「全てはドラゴンの気まぐれってことにで。なにかを探してやってきたけど、それがなにかはわからなかった。ただ、求めるものがなかったからドラゴンは帰った。それでいいじゃないか」
「そんなもの! 所属する冒険者達も、国民も、近隣諸国でさえ信用せんだろう‼」
「いや、俺も口裏を合わせればどうにかなるだろう。居合わせた個人S級全員が同じことを言うなら、納得せざるを得ないはずだ。なにより、少数人でドラゴンを撃退したと宣伝するよりは信じられる」
2人のやり取りに一応ついてきていたパチモン騎士が客観的な意見を補強する。
言われてみれば、下手にドラゴンを撃退したっつーよりは、勝手に来て勝手に帰ったと言われた方がそれっぽくはある。
同じように考えたのか、ヴィーちゃんこと本部ギルドマスターも、しばらく考え込んだ後に、
「・・・いいだろう。ただし! この場にいる全員にも同じ証言をしてもらうぞ。嘘が真実になり、真実こそが嘘になるんだ。したがって、ドラゴン由来の素材から装備や道具を作ることも許されない。戦闘の証拠になってしまうからな。だからもし、素材があるのならば提出しろ。こちらで回収する。その条件が飲めないのであればこの話は無しだ! どうだ?」
挑戦的な笑みでそんなことを言ってくる。
だが・・・。
「俺は構わねぇが?」
「それより被害の補填をどうするかって話だろうよ。復興の費用はそっちで持ってくれんだろうな? 人手はどうにかなっても、こっちゃ金までは出せねぇぞ」
俺も、アルガムでさえ。気にせず答える。
それも当然だ。
ドラゴンが残した素材なんてもんは存在しねぇ。
しこたま殴ってやったが、鱗1枚すら落ちてなかったはずだ。
顔面。及び脳へのダメージで意識はもっていけそうだったが、それも別人格の登場によりパー。あの瞬間は間違いなく瀕死ではあったが、外傷と呼べるものはほとんどなかった。
血ぐらいなら流れたかもしれねぇが、瓶詰に出来るわけもなく。
地面に滴った後じゃぁ素材として用いるには難しい。
そう考えるとあまりにも頑丈だな。ドラゴンってやつは。
それに、唯一戦利品を手にしたやつはもうこの場にいねぇしな。
だからまぁ、俺達はなにも気に留めることなく話を進める。
「な・・・⁉ 本当に構わないというつもりか⁉」
「引退してから武勇伝を増やそうなんざ思ってもねぇよ」
「本気か⁉ 貴様はこれから個人S級として――‼」
「それはもう断っただろうが」
「・・・・・・ならばギルドカードを渡せ。貴様にはもう必要のないものだろう。職員としての仕事も続けることは許さん。理由はわかるな?」
「管理の問題、だろ? 戦力を遊ばせておくのもそうだが、俺が問題を起こした時に管理責任を問われる。特に俺は皇国で活動するわけだからな。なにかあれば戦争だ」
言いながら、懐からギルドカードを取り出し、投げつける。
人生の半分を共にしたカード。
親友から誘われて、家を捨て、世界に飛び出したつもりにさせてくれた身分証。
結局は隣国へ出向く程度でしかなかったが、それでも。
随分といろんな場所を回った気がする。
「確かに。ではこのカードは今この瞬間をもって破棄する‼」
その言葉と共に、ヴィーちゃんの手によって俺のギルドカードは破り捨てられる。
特殊な方法を使ったのか、あるいは専用の道具でもあるのか、硬いはずのギルドカードは淡く発光しながら、普通の紙のように折れるではなく破られた。
これで、俺は正真正銘冒険者ではなく、それを支える職員でもなくなった。
繋がりは絶たれ、関係も変わる。
「僕としては、弟子である君を守ってあげたかったんだけどね」
パチモン騎士がヴィーちゃんに提言しているあたりで、俺の背後へと移動していた自称師匠が背中越しに語る。
その言葉に嘘はないんだろう。
しかし。
「もう守られてるだけの子供じゃねぇのさ」
「みたいだね。といっても、君は最初から守られるような弱い存在でもなかったけどね。それにしても、子供の成長は早いね。それとも人だから? そういうところが、エルフはダメなのかもしれないね」
愁いを帯びた言葉。
エルフであることに、あるいはエルフという種族に思うところがあるのかもしれないが、俺にはなにもわからねぇ。
自称師匠から過去のことを聞いた覚えもねぇしな。
「だったら新しい弟子でも取ってみればどうだ?」
だから、迷ったが聞いてみた。
寂しいだけなら代用品なんぞ幾らでも見つかるだろう。
「弟子は君で最後だ。なにかを教えたってわけでもなかったけどね。君は僕から技術を盗むのが好きだったみたいだから。そもそも僕は、冒険者としての弟子なんて君以外にはとったことがないんだよ? 実はね」
「別に好きだったわけじゃねぇよ。わざわざ教えを乞うほどでもねぇと思っただけで・・・つーか、冒険者じゃなけりゃあるってのか? なにを教えたんだよ」
「一応、ね。なにを教えたかって言われると・・・生きるための術、暗殺術だよ。僕もまだ若かった。上手く生きる方法じゃなくて、死なない方法しか教えてあげられなかった。元気にしてくれてるといいけどね」
「若かったって俺の時よりか?」
「そうだとも! だから、君にとっては兄弟子だね! もし出会うことがあったら優しくしてあげてくれるかな?」
「なんで俺が年上の兄弟子とやらを甘やかさなきゃならねぇんだよ」
「いや? 歳は多分君の方が上だよ? あの子はまだ本当に小さな子供だったからね。君が弟子になったのはその直ぐ後だ。その時に思ったのさ。直線的な動きで致命傷ばかりを狙う動きだけを教えたのは失敗だったかなってね。君があんまり弱かったから・・・」
「うるせぇよ! それに、弟子になったつもりもねぇ」
あの時の俺は確かに手も足も出ねぇほどには弱かったが、そうじゃねぇ。
なんとなく気になることが。
「その子供。角の生えた亜人だったりしねぇか?」
「うん? そう言われるとそうだったような・・・? なんだか懐かしいな。まだ角も小さくてね! それで―――」
笑顔で思い出を話し出す自称師匠を横に。
俺は奇妙な縁もあったもんだなと、1人感慨に耽っていた。