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side――ゼネス12

 風呂場で待つこと数十秒。

「取り敢えず、その顔の傷を治療するから動かないでくれよ?」

 すぐに戻ってきたジーナがそんなことを言いながら、俺の横をすり抜けて湯舟をジャブジャブ鳴らす。

 その後また、シギュゥという音に続いて水滴が床にぶつかる音が連続する。

 そして、俺の目を覆うように濡れた布があてがわれる。


「浴槽に解呪の効果がある回復薬を入れたんだ。今君の顔に巻き付けたのはそれを染み込ませたタオル。だから外そうとはしないでおくれよ?」

「なんでわざわざ浴槽に入れたんだよ! 汚ねぇな!」

「なんてことを言うんだい⁉ 仕方ないだろう! 20倍希釈なんだよ⁉ 1分1秒でも争うような話の最中に、一々計量してなんかいられると思うのかい⁉ 私の残り湯だよ‼ 喜びたまえ‼ 私の研究班に所属する子達なら、それなりの金額を差し出すほどのものだよ‼」


「お前の周りには変態と変人しかいねぇのか⁉」

「そうとも‼ 君も含めてね‼ 君の顔を傷は3分もあれば治るだろう! それまでに、さっきの話の続きだ‼ 早く私の憩いの場から出たまえ‼ さぁ早く‼」

 ジーナに背中を押される形で無理やり部屋へと押し込まれる。

 そのまま押し続けられた先で体を反転させられ、一層強い力で突き飛ばされる。


「私が準備を済ませるまで、君はそこに座って話の続きでも語れっていればいい‼ ・・・って、こら‼ なにを逃げようとしているんだい⁉」

 尻もちをつくように座らせられた椅子は、部屋の中央奥に設置された偉そうな机に付随していたもの。

 無理やり歩かされた経路もほぼ直線。

 風呂場の入り口と対面の位置にもう1つの転移扉があったのは覚えている。

 さらには転移扉の使い方も聞き出した今、ここで待つ意味はない。


「逃げてるんじゃねぇよ! 先を急いでるだけだ! 世話になったが、先に行かせてもらうぞ! 後から来るかは好きにしろ‼ ただし、命の保証はねぇけどな‼」

 そう言って椅子を反転させながら机に触り、方角を合わせて立ち上がるが、

「待てと言っているんだよ‼」

 上半身を含めて顔面にまで衝撃を食らう。

 仰け反るようにたたらを踏んだとこで、後ろには今立ち上がったばかりの椅子。

 蹴躓くように再び座らせられることに。


「なにしやがる‼」

「親切だよ・・・興味のない人であれば、私も止めはしないのだけれどね? 私にとって君は特別興味を刺激される人物だ。勝手に消えてもらっては困る。焦る気持ちは理解できるのだけど、今は落ち着くべきじゃないのかな?」


「そんなこと言ってる間に、あの扉の向こう側が壊されたら、移動すらできなくなっちまうんじゃねぇのか?」

「その心配は無用だよ。その扉の対応している先は地下にあるからね。よほどのことがなければ壊されるなんてことはないさ。ドラゴンの登場がそうだだろうと言われれば、確かにその通りなんだけれど・・・ギルド本部へ速報が届いているということは、無差別に攻撃しているというわけでもないんじゃないのかな? それなら扉が機能しなくなることを恐れる必要はないし、その程度の状況把握を君ができないわけもない。もう一度言うよ? まずは落ち着くべきだ。違うかい?」


 こいつの言うことは尤もだ。

 理路整然としている。

 冷静さを失なったものから、戦場では死にゆく。

 俺は大きく息を吐き、頭の中を空にする。


 サルベージには元仲間と元教え子がいる。

 それ以外にも、世話になった連中だっている。

 ドラゴン相手に特攻を仕掛けるほど馬鹿じゃねぇはず。


 大丈夫・・・あいつらは死んじゃいねぇ。

 時間はある。

 大丈夫・・・なはずだ。


「落ち着いたかい?」

「・・・・・・一応な」

 ずっと聞こえていた衣擦れの音が、コン、カンというガラス同士がぶつかるような音へと変わっている。

 ジーナの方も、しっかりと準備を整えつつあるようだ。


「じゃあさっきの話の続きだけれど、他に情報はないのかい? ドラゴンの目的とか・・・」

「あったとして、理解できるものの可能性はどれぐらいあると思う?」

「つまり他に情報はないんだね・・・竜種じゃなくドラゴンと言い切られているんだから、高い知性を持つ竜種の中でも上位種の個体であることが推察できるね? そこから会話が可能であるとすれば、要求も理解できる可能性はある・・・けれど」


「ドラゴンが俺達と同じ言葉を、同じ意味の言葉として理解しているかどうかがわからねぇ。方言ってもんが存在する以上、正確に伝わる確証はねぇ。さらに、直接的な要求じゃねぇ可能性もある」

「そうだね。例えば山の環境保護だとか・・・私達からすれば保護であっても、彼らからすれば違うといった可能性も考えられる。もっと言えば、それを曖昧な言い回しを持って訴えかけていた場合、なんのことだかわからなくとも無理はないと言えるね」


 アレやソレがなんであるかは前後の会話や、身振り手振り指さしでの表現がなければ齟齬が出てもおかしくはない。

 そこへ方言のような食い違いまで考慮すると、同じ言葉を使っていても会話が成立するとまでは言えない。


 さらには相手はドラゴン。

 解釈や考え方が違っても不思議はない、

 生物としての根本が違うのだから当然だ。


「なら、対策についてはどうだろう? 戦闘になったとして、勝てる見込みはあると思うかい?」

「実物を確認してみねぇことにはなんとも言えねぇが・・・・・・まぁ無理だろうな」

「そうなるとギルド本部がどう動くかも考えなきゃいけないね。サルベージを放棄することにしても、ドラゴンがその場を離れないのならアドレスへの入場は不可能になる。チャード集合国に取ってはこれ以上ないほどの痛手になるだろう。最悪、国が亡ぶね」


「そうなりゃ次は皇国が標的になるだろうな。その次は東か、あるいは北の帝国まで行くか。どちらにせよ、皇国っつー枠組みがなくなれば帝国からの侵略を受けることになる。皇国民にとっても他人事とは言えねぇわけだ」

「かといって、交渉に応じてくれるかどうか・・・」


「ドラゴンにしてみりゃぁ人間の国がどうなろうと構わねぇだろうからな。ドラゴンの生態なんざ知ったことじゃねぇが、ドラゴンの国なんてもんを聞いた覚えもねぇんだから、その重要性が理解できるとも思えねぇ・・・結局、ドラゴンの要求を理解できるか、それを実現できるかってだけの話か」

 理解しあえる相手であったならば、尊重しあえる未来もあっただろうが、それなら襲って来た、あるいは襲いに来たという言葉を使わねぇだろう。


「さて、こっちは準備ができたよ。君の方はどうかな?」

 頭に巻かれたタオルを外す。

 白い布地は鮮血に赤く染まっていたが、目を開いても血が垂れてくることはなかった。

「こっちもいけそうだ」

 すっかりめかしこんだジーナへ顔を向けて答える。


「じゃあ行こうか? いざ、決戦の地へ!」

「勝ち目もねぇのに戦うつもりか?」

「君となら、それもいいかもしれないと思ってね?」

「俺はごめんだ。第一目標は状況の確認。ドラゴンとの会話が出来そうなら交渉。無理そうだと判断したらさっさと逃げるぞ」


「了解したよ。逃げる時には可能な限り人命を救助したいんだけれど、いいかな?」

「”できる限り”ならな。優先順位は自分で決めろ。こっちもそうする」

「厳しいことを言うね? でも、従うことにするよ。無理をして全てを失うわけにはいかないからね」

 俺達は非情なる決意の下に転移扉をくぐった。

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