立ち昇る煙は何を示すか
「なぜ来たんだ⁉ 状況がわからないわけじゃないだろう⁉」
ドラゴンを前に、颯爽と現れたジェイド達へクライフは驚愕の声を上げる。
「俺様達も、ドラゴンには興味があるんだ・・・・・・!」
そんなクライフの態度など知ったことかとジェイドが強がる。
「いいから逃げるんだ‼ 君達になにかあったら俺は、アイツに・・・‼」
「ご心配いただかなくとも結構ですわ‼ 私達も冒険者‼ 皆様から見れば未熟でしょうけれど、自分の道は自分で選べるのですわ‼」
「そうです。それに・・・あの人は、逃げませんでしたよ。ワンダーゴーレムを相手に。勝てるだなんて、思ってもなかったはずなのに・・・」
クライフの言いたいことはわかる。
それでも。
ゼネスとて死を覚悟に立ち向かった過去がある。
その経緯を知り、その姿を見たキューティーやケイト達に、その言葉は通じない。
勇気と蛮勇の違いなど、すでに百も承知なのだ。
「じゃあ私はこっちのワイバーンの治療をするわね。そっちはあんまり怪我しないように気を付けなさいよ⁉ 私の手は2つしかないんだから‼」
仲間達の震えを含んだ声を聞きながら、エイラは自分にできることを選ぶ。
「・・・グルルァ‼」
数多くの傷を抱えながら、なおも戦おうとするワイバーンを抑え込み、治療することが仲間の援護になると理解したからだ。
対人戦のやり方や技なら、多少なりともゼネスに仕込まれたが。
大型のモンスター相手には無理をするなとも言われてきた。
だから、今の自分にはせいぜい治療ぐらいしかできないのだと理解できた。
「お願いします! 私はパーティーの盾役なので離れることができません。代わりに、前線の維持は任せてください。物理攻撃は絶対に通しません‼」
エイラの言葉を受けて”進歩する歯車”の回復役を兼ねるフェリシアが返す。
その背中はジェイドより幾分か頼もしい。
「ほら、アンタもさっさと構えなさい! ウチのフェリシアに言われっぱなしでいいの? 同じ盾役でしょ‼ 男ならしっかりしなさい‼」
分厚い鉄板のような大剣を片手に持ったアンナがジェイドの尻を叩く。
「わ、わかってる‼」
言われて、盾のみを両手で構えるジェイド。
いくらジェイドでも。これほどの相手に自分の剣が通用するとは思えず、自然と盾を強く握る。
「そっちのアンタ達は?」
「やれることをやります・・・全力で‼」
「・・・すいません。正直、なにができるかとか考えもしてなくて――」
端的に答えるリミアとは裏腹に、ヨハンは律儀に頭を下げる。
しかし、
「――でも、精一杯。やれるだけやります‼」
その顔を上げた時、そこには男の顔があった。
「ならいいわ。エリック! しくじらないでよね‼」
それを見たアンナは納得したように笑ってから前に出る。
「任せてよ‼ 今までだって! 失敗したことなんてなかったよね‼」
棍としても使える杖に大量の魔力を送り込みながら、自信満々に答えるエリックを見て、クライフも観念する。
「ははっ! アイツがそれを聞いたらどんな顔をするかな?」
こうなってしまっては、ジェイド達だけをここから安全に逃がすことも不可能。
であれば、残る手は――全員で生き延びること‼
《愚か者が増えたか・・・だが、些末なこと。理に反するものを呼ばぬのならば、見せしめとなってもらうまで‼》
相手は神話ともなるドラゴンだ。
勝てる道理はない。
だが、この場であのワイバーンを見捨てて逃げたところで、得られるものもありはしない。
冒険者にとって死は恥だ。
どんな危険を冒そうとも、生き残り、なにかを得てこその冒険者。
けれど、ここサルベージこそは冒険者達の墓場。
険しき山アドレスに仲間を残して逃げ延びた者達が。仲間を待ち、探し、それでも見つけられず。やがて失い、夢破れ、散っていった者たちの墓標。そして、その軌跡。
そうであった者達と、そうなるだろう者達の道程。
これを奪われることこそ冒険者の恥であり、ここへ至るまでの道を作ってきた礎達への裏切りである。
「理に反するものなど知りはしない‼ ここは冒険者が集う、霊峰攻略の最前線‼ 築き上げてきた歴史を! 奪わせてなるものか‼」
剣を抜き放ち、走り出すクライフ。
それに続く”進歩する歯車”の仲間達と”栄光ある騎士団”の面々。
それを見ているのは傷付き倒れているワインバーン・・・だけじゃない。
避難を誘導していた冒険者達。
瓦礫に埋もれた仲間を救助していた冒険者達。
夢を、仲間を失い、未練と共に、ただここへ残っていた元冒険者達。
誰もがその光景を目にしていた。
勝てないと諦めた。戦う者を見捨てた。逃げることを選んだ自分達。
そんなことをしたって―――。
そんなものを見せるなって―――。
本当はそうしたかっただなんて―――。
思わせるなよ‼
胸に焦げ付く感情が、1人。また1人と。掻きたてる。
武器を取れ! 立ち上がれ! あいつ等だけにやらせるな!
そんな声がどこからともなく。
やまびこのように。こだまのように。
広く。大きく。
そうして、やがて・・・・・・―――静寂の内へと、消えていった。




