怪奇回帰現象
―――・・・・・・・・・。
――・・・・・・。
―・・・。
「いや、すまなかったね。少し調子に乗り過ぎたようだ」
「そ、そんな! でも、はい。すみませんでした。折角のお答えを・・・」
「ゆっくりと慣れていけばいいさ。それより、私に聞こうとしていたことというのは、さっきのでよかったのかい? 確か、本を忘れたから取りに行ったんじゃなかったかな?」
「ッ⁉ そうでした! この本の、ここ・・・なんですけど!」
「私が昔、出版した本だね」
「そうなんです! それで、その・・・ここに書いてある内容が手記と違っていて・・・なのに、本の方が後から出版されているので、どっちが正しいのかなって」
「どれどれ? ああ! これは手記の内容が正しいね。そこで転がっている彼に手伝ってもらって、何度も検証したから間違いないよ」
「じゃあ、なんで間違った内容を本に・・・?」
「出版というのは意外と時間がかかってね。しかも、後から修正は効きにくいんだ。広く情報を発信するには向いているんだけど、手間や資金を考えると修正はし辛くてね。後に出した他の本で訂正しているはずだよ」
重く鈍い頭の上に、2人分の声が。
俺はなにをしていたんだったか・・・。
途切れる寸前の記憶を手繰り寄せながら、のそりと身体を起こす。
「おや? 早い・・・わけではないね。もうお昼だ。言いなおそうじゃないか。遅いお目覚めだね? 私の部屋の床の寝心地はどうだったかな?」
「・・・最低だ」
「それは至極遺憾だね。君が今度来る時までには、もっと柔らかい絨毯にしておくことにするよ」
「・・・そんな予定はねぇよ」
癇に障る声に意識を失った理由を思い出す。
何度も魔力を回復しては奪われ、終いには実験と称して魔法で責め立てられたんだった。
当然ながら寝起きの気分は悪いし、今後とも、こんな部屋へ来ようとは思わねぇ。まして、もう一度。床で寝ようなんざ思うはずもねぇ。
「もう昼っつったか・・・?」
「君が寝てからは3時間ほどが経過したよ。太陽がもうそろそろ頂点へとたどり着く頃合いさ」
「で? お前だけ偉そうに椅子に腰かけて、なにやってんだ?」
机越しに座るジーナと傍らに立ち続けるケイトを見て問う。
「実際に偉いからね! というのは置いておいて。勘違いしないでくれたまえ? 見て分かるように、私の部屋には机と椅子は私用の一対しかない。私も彼女に座ってくれとお願いしたんだよ? けれど――」
「そんな畏れ多いことは出来ません!」
「といった具合でね?」
まぁ本人達が納得してるならいいか。
「迷惑はかけられなかったか?」
「なに。多少のことなら気にしないさ。君と私の教え子だからね!」
「てめぇには聞いてねぇんだよ! 後、勝手に教え子にするな」
「私が、ジーナ様の・・・っ⁉」
「お前もお前でなんなんだよ・・・」
1人でも鬱陶しいのに、2人でふざけられたら堪ったもんじゃねぇ。
「くだらねぇ実験には付き合わせてねぇだろうな? って聞いてんだよ」
「私がそんなことをする人間に見えるかい⁉」
「そうとしか見えねぇよ」
「心外だね⁉ ちょっとした相談に乗ってあげたりしただけさ。対人練習に付き合ったというか・・・そういう意味では、研究だったかもしれないね? 昨今では、貴族の令息や令嬢の対人能力が危ぶまれているとも聞くからね。いや? これはもしや、いい研究材料なんじゃ――⁉」
「・・・どこに魔法を使うつもりだよ」
「それはもちろん! 相手の心を覗く魔法とか・・・」
「そ、そんなことがっ――⁉」
「・・・出来たらいいね?」
ガックリと見るからに気を落とすケイトを尻目に、
「っつーか、お前と対人練習なんかしたところで意味ねぇだろ」
ジーナを刺す。
「どういう意味だい?」
「どういうって・・・そのままの意味に決まってるだろ? お前の対人能力は人並み以下じゃねぇか」
顔を上げ、えっ⁉ という表情を見せるケイト。
「聞き捨てならないことを言うね? 私はあちこちで色んな人物に、色んな話を聞かれてきた経験がある。場数という意味では人並みをはるかに超えているはずだが?」
言われたジーナは真剣な表情で言い返してくるが、
「その度に、お前は相手に話を振ったのか?」
「・・・・・・」
「一方的に聞かれたことだけを答えるってのは、会話とは呼ばねぇだろ」
質疑応答は会話とは言わない。
「いや! まだだ! 私は貴族としての振る舞いも―――」
「それだって形式的なもんだろ。親しくしている貴族の友人なんざ居たか?」
「・・・・・・」
決して折れまいと携えた誇りは、塵に等しく砕けて消えた。
入れ替わり、沈むジーナを助けるためか、ケイトが聞く。
「じゃあ、その・・・ゼネスさんは相手の真意を探るには、どうすればいいと思いますか?」
「真意? それがなんか関係あるのか? まぁ、企みを看破するって意味なら、目を見りゃわかるだろ」
そう答えた瞬間。
萎びた草が水を与えられ、急速に生き返るかの如く、自信を取り戻し騒ぎ出したジーナのせいで、俺はこの日を無為に過ごすこととなった。
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有難いことです。
あんまり気にしていたわけではないのですが、やっぱりうれしいですね。
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