国境を越えて
「そいじゃ、準備の方はよろしいですかね?」
「ああ。それより、昨日の夜は急な対応を頼んで悪かった」
「いえ! ご指摘の通り熊肉は余ってましたし、最大限のご配慮を・・・と商会頭からのご指示ですので。それに、有権者との繋がりは商人にとっては垂涎の代物ですから、お気になさらずに」
こっちの唐突な要望に答えてもらってなお、頭まで下げてくれる。
大した繋がりでもねぇだろうに、本当に有難いことだ。
「そっちはどうだ? 準備はいいんだろうな?」
「問題ありません」
「はい! 僕らは大丈夫です!」
「こっちは・・・ケイト、その荷物。本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫・・・・な、はず・・・」
ヨハンとリミアは準備万端。
エイラは、なぜか到着時より荷物が増えたケイトを心配している。
背嚢を背負い、且つ両手にも角ばった布袋。
よろよろと左右に安定しないところを見ると、あれ全部本か? 重すぎるだろ・・・。
「余裕があるうちは強化魔法でどうにかしろ。それが出来なくなったら諦めろよ? 本より命だ」
「うっ⁉ ・・・・・・仕方、ない。わかった」
「で、お前らは。なにをしたらそうなった?」
「・・・なんでもねぇよ。別に、大丈夫だ」
「流石ジェイド様ですわ・・・私はちょっと、駄目かもしれませんわ~」
青い顔で頭を抑えつつ、今にも吐きそうになっているジェイドとキューティー。
「昨日。色んな店を見て回りながら、夜になるまで食べたり飲んだりしてたそうよ。その時の食べ合わせが悪かったのか、明け方からこんな調子なの」
「おかげで読書にも集中出来なかった」
食い合わせっつーか、どうみても二日酔いなんだが?
酒臭くはねぇが、薬草臭い。その系統の酒はチャード集合国の特産品だ。
深夜にチラっと見た時も千鳥足っぽかったしな。
エイラとケイトはその姿を見てなかったのか。
どうせ、どっかの店で”冒険者の癖に飲めもしねぇのか⁉”だとか言われて、カモにでもされたんだろう。
「自分が護衛だってこと、忘れてねぇだろうな?」
「だから! 大丈夫だって言ってんだろうが!」
どうにか怒鳴り返すジェイドとは対照的に、
「正直に言いますと無理かもしれませんわ~」
キューティーはぐったりとして辛そうに根を上げる。
「まぁ、どちらにせよ依頼はこなしてもらう! 馬車の中でも、寝てていいわけじゃねぇからな!」
戒めのためにも念を押しとくが、
「そっちの本の虫よりはマシだ! 俺達は寝てねぇわけじゃねぇからな!」
とジェイドが指を差しての反論。
「私は・・・大丈夫。馬車の中でも、本を読むから――寝ない」
言われたケイトは自信満々に応えるが、
「それも無しだ‼」
「そんな⁉」
仕事しろ!
こいつら本当にわかってんのか・・・? ったく。
「国境越えだぞ? ちゃんと覚悟しておけよ!」
「「「はい!」」」
「隣でデカい声出すんじゃねぇよ・・・」
「本、読めない。重い・・・」
「お水が欲しいですわ~・・・」
見事なまでに2つに割れた返事を、俺は心配した方がいいんだろうか?
それから半日。
「なんっにもねぇじゃねぇかよ‼」
最後の関所を超えて、国境も超えた。
ここはガルバリオ皇国の外。チャード集合国の端だ。
何度かの嘔吐の末、元気になったジェイドが騒ぐ。
「当たり前だろ? 国境だぞ? 問題なんざ起きるわけねぇだろうが」
ここに至るまでにはモンスターとの接敵もあったが、強いモンスターは居なかった。セイルスルー手前で戦った一匹怒り熊が一番強かったな。
だが、それも当然。
なぜならここが国境周辺だから。
国の境界線で問題が起きたらどうなる? 最悪戦争だ。
そうならねぇよう、強いモンスターが出ようもんなら過剰戦力でも気にせず集められるだけ集めての殲滅戦だ。しかもそれを両方の国で行う。
相手より早く倒せれば、しばらくいい顔できるからな。
関税や外交の交渉で有利に立てる。
やらねぇ理由がない。
「だったらなんだったんだよ! あの覚悟しろって言葉は‼」
「国境を越えたら、その先じゃぁ国は守っちゃくれねぇからな。自己責任を了承する覚悟を決めろって話だ」
「なら初めからそう言えよ! これなら寝てても良かったじゃねぇか‼」
ちょっとした脅し文句にまんまと踊らされてたのを知って嘆く・・・が、だからちゃんと仕事しろって!




