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迷いの道

「紹介が遅れちまったけど、あたしがここの取りまとめをやってる。名前は――教えらんないね。悪いけど、こっちにも色々あるんだ」

「そりゃ構わねぇが・・・」

「信じられないって顔だね?」

「不用心が過ぎるだろ?」

「あたしが自分で出迎えたから? でも、あたしらからしたら、身軽な方が動きやすいってだけなんだけどね」


 お互い腰を据えての話し合いをしてるってのに、皮肉なことを言うじゃねぇか。

 だが、俺はこいつが嘘をついてるとは思ってねぇ。ここの取りまとめだっってのも本当のことなんだろう。


 自分1人での出迎え、案内、応対、会話。確かに、貴族からすればありえねぇやり方だ。

 使用人の多さは裕福の表れ。護衛の強さは重役の証。


 だから、隣に座るエイラはまだ疑ってるし、それは理解できる。

 だが、俺にはここまでのやり取りの中で、こいつに大物たる気配を感じられる部分があった。


 例えば――

『外の連中が世話になったようだね。本音を言えばあたしにも手土産が欲しかったところだけどね?』

 といった一言。

 俺が樽に腰をかけた理由だ。


 この女は表で俺達がなにをやっていたか知っていた。

 誰かから聞くまでもなく、その場を見たわけでもなくだ。少なくとも、俺がこいつを見た覚えはねぇ。


 匂いで気付いたのか?

 答えは否だろうな。

 ここは迷路の内側。いくらなんでも届かねぇだろう。


 だったらどこで?

 思い当たるのは案内に来た時のあの一瞬。

 旗を刺した串と手に持った袋・・・あれぐらいだ。

 たったそれだけで、普段との違いを理解し、俺がなにをしたのか予想した。


 そこから出た言葉が”世話になった”と”手土産”。しかも、あの少年だけを見て”外の連中”とまで言ったのには驚いた。

 あの一瞬で周りの声までちゃんと聴いてたのか? 仮に聴いていたとして、あの少年が自ら分けていただけで、俺が配ったと思える要素があったか?


 あるいは・・・この中に居てさえ、外の様子が知れるのか。

 だとすりゃぁ、どちらにしても十分すぎる能力だ。取りまとめだってのも頷ける。


 さらには、この女。見た目にも気にしない。

 袖のないシャツは短く腹が出てるし、下は所々すり切れたような使い古し。寄れた腰元は縄で縛り、裾のほつれなんざ気にしちゃいねぇ。


 後ろでまとめた髪は邪魔だから。にもかかわらず、前髪をそこへまとめないのは顔への印象をごまかすためか。わざとらしいまでのそばかすは記憶に深く刻まれる。顔全体を覚えるのにはあまりに存在が鮮烈すぎる。その鋭い目つきを忘れさせるには十分なほどに。


 だが、その結果。ガラの悪さだけが記憶に残る女って印象になっちまう。

 後から思い出した時、顔の輪郭はぼやけて服装とそばかすだけが思い出されるだろう。

 そんなもん、いくらだって変えられるってのにだ。


 服は着替えるだけ、そばかすは化粧で消える。

 そんな薄い印象しか残さない。残させないってのは姿を隠すのに最適じゃねぇか?

 仲間にだけわかるなにかがあれば、敵からは追いかけられず、狙われず、だがしっかりと仕事ができる。

 実に優秀極まりない。


 なのに、

「その割には隙があり過ぎるんじゃねぇか?」

 そうだと言いきれねぇのにはわけがある。


「どういうことだい?」

「だって・・・なぁ? エイラ」

「そうね。外に・・・通路にあった洗濯物の中に、おかしなものがあったわ」

「おかしなもの? そんなものに心当たりはないけどね?」


「だから、俺達は疑ってんのさ。てめぇが取りまとめ役なんかじゃぁ、ねぇんじゃねぇかってな」

「なにが、あったっていうんだい?」

 前もって、確信があると伝えておいての追求。


「その前に聞いとくが・・・最近、ここに移民があったよな?」

「移民だって? この瓦礫町を見て言っているのか? そんな大げさな連中に覚えはないね。流れ者ならよくいるが・・・そいつらにしたって、居着くとは限らねぇだろ?」

  それでも顔色を変えねぇのは中々の胆力だと言える。


 だが、

「その言い訳は苦しいんじゃねぇか?」

「ええ。だって、外の洗濯物――あれは北の大陸のものじゃないかしら?」


 穴だらけなんだよ。

 その言い訳も。あの服も。

 俺の代わりにエイラが確信を突く。


「あなたは知らないのかもしれないけど、北の大陸の服は生地が厚いのよ。向こうの気候がこっちより寒いからかも知れないわね」

「それに加えて、わかりやすい違いは他にもある。金属部品が使われているかどうか・・・だ。金属は冷えるからな。向こうの服には使われねぇんだ。こっちの服なら、紐を通す穴には金属部品がハメ込まれる。紐を通しやすいようにな。尤も、そんな服を着るのはお貴族様だけだから、知る由もねぇんだろうが」


 通路に吊るされていた服には首元と袖口に複数の穴があった。紐こそ通ってなかったが、あれは漁師服だ。腕周りや首周りが苦しくならねぇように作られてるんだろう。

 こんな海も湖も、魚が取れるような川さえない地域に。そんな服が何着も。

 おかしいと思わない方が変だろ?


「・・・・・・それで? なにが言いたいんだい?」

 観念したように、身構えて、女が応える。


「そいつらが、街の反対側。軍学校の前で行列を作ってた。なにがしたい?」

「なぁ⁉ あ、いつらぁ――っ‼」

 いざと思って聞いてみたが、この態度。

 どうやら・・・こっちとしても想定外だったようだ。


 これは俺にとっても予想外で、長引きそうなら手を引くことも考えた方がよさそうだ。

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