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為すは正義

 あとは・・・・・・と考えて、バロンに向けて手を差し出す。

「・・・・・・ッ!」

 バロンはその意味をしばらく考えて、首を振る。


 そうだな。これは本当ならバロンがやるべきことだ。

 そのための舞台。そのための前座。

 このゲーニルの罪についても、なすられたものだと知っているのは俺だけだ。


 正しき悪として、正しく裁く。

 そうであれば、心を痛めすぎる心配はない。

 己が正義を確かめるには十分で、ある意味においては成長の機会と言えるだろう。


 だが―――、

「「「どうしたぁあああ‼‼‼ 早く殺せぇえええ‼‼‼」」」

 やるべきはそれだけじゃない。


 成長しなければならないのは、なにも領主やその後継者だけじゃぁない。

 そう。

 痛みを知るべきなのは、痛みを要らない奴ら全員だ。


 だから。俺は出した手を譲らない。

 その斧を渡せと。

 頑なに保持し続ける。

 視線は観衆へ、けれど手を出したまま微動だにしない俺に。バロンは迷い、戸惑い、やがて――その手に持っていた斧を預ける。


 それをしかと握り、掲げるように見せつける。

 誰に対してか、それは俺にもわからない。

 ただ。


「お前はまた―――ッ‼‼」


 遠くから、随分と後ろの方からそんな声だけが聞こえた。

 年老いた男の声で。

 さっきまで興奮とイラ立ちで重なり合っていた喧騒は、突き上げられた斧を見て期待と緊張で静まり、その隙間を縫うように届いた声は・・・まるで、今にも泣きだしそうな子供の悲鳴のような。不安と絶望を滲ませた声色をしていた。


 あぁ! そうさ‼

 お前の予想は! お前らの予想は的中する‼ いや、させてやる‼

 いつかと同じように、その瞳に刻め‼


 俺は掲げた斧を肩と水平に振りかぶり、腰を捻り、足を広く開く。

 膝を曲げ、狙いを済まし、その衝撃に負けないよう地面を強く踏みしめる。

 最大限まで引き絞られた体は螺旋の力を解き放ち、瞬きよりも速く刃が走る。照らされた鈍い銀の反射は空へ。

 塞がれた瞳はただ2つ。いいや、塞がらなくなった瞳。あるいは・・・塞げなかった瞳、かも知れねぇな。


「いやぁぁああああああアアアアア――――ッ⁉⁉⁉」


 青と白に差す赤。

 弾け飛ぶ赤は遠く、観衆にまで届く。

 絹を裂いたような甲高い悲鳴を皮切りに、野太い声鳴き声まで聞こえ始める。


 静寂の中、響いたのはグチャリという音と、ズダン‼ という振り抜いた斧が首枷に突き立つ音。そして、なにかが破裂するようなパン! という音。

 当然、グチャリというのは人を裂いた音だ。


 首を落とした・・・わけじゃない。

 だとしたら、枷に斧は当たらないからだ。

 そのために断頭台は中腰で固定されるようになっている。首を落とす邪魔にならないように。


 だが、俺は斧を横に振るった。そう、横にだ。

 2つの瞳を4つに割るように、頭を上と下とに分けて真っ二つにした。


 目の周りの骨は頭蓋骨の中ではかなり脆い方だ。どうしても空洞ができるからな。まぁ、それでも。綺麗に真っ二つというわけにはいかない。

 外圧により頭は破裂し、中身をまき散らしながら宙を舞う。


 今か今かと待ち望んだ瞬間。見開く目は焼け付くようにその光景を写し取る。

 ベシャリとそれが落ちきる頃には、その映像が脳髄から消えることはない。


 そして産まれる阿鼻叫喚。

 なぜ、どうして。そんなことが出来る⁉ 口々に似たような言葉と共に、胃の内容物をぶちまけながら泣き喚く。

 その姿こそ見るに堪えない。ゲーニルの最後の足掻きと等しいほどに。


 お前らが望んだ結果だろう?

 俺は心の底からそう思う。


 命を刈り取ることに変わりはない。

 なのに、首を落とせば笑い。頭を弾けば泣き喚く。


 その差はなんだ?

 同じように笑えばいいだろう?

 お望みの通り悪は滅んだ。そのことに歓喜し、笑い合えばいいだろう?

 それが出来ねぇんなら、死は恐怖の象徴であれよ。


 凄惨な死を。惨憺たる死を。あげつらって、それは違うとのたまうんじゃねぇよ‼

 だったら端から、殺せだなんだ叫ぶんじゃねぇよ‼

 それだけが俺の感想だった。


 バロンは口に手を宛がいながらもなんとか耐えている。カーナは後ろの檻の中からじゃよく見えてなかったのか反応が薄い。兄上は――苦笑してるな。予想されてたか。その近くにいるジェイド達は、目を覆うでもなく、口を覆うでもなく、俺のことを睨んでやがる。


 これを見せるためにここまで連れてきたんだが・・・それも知っているから余計に悪趣味だと思われたか? ただでさえ公開処刑を見せるためって話だったのに、その内容がこれじゃぁな。

 言い訳ぐらいは考えておいた方がよさそうか?


 だがこれで、こんなくだらねぇ茶番を続けようなんざ思わねぇだろ。

 そうすりゃさっきの女も処刑しろっつー意見も出ねぇはず。なにしろ、毎年1人しか処刑しねぇと決まってるわけじゃねぇからな。むしろ毎年数人は処刑されてる。


 そのせいで、下手にそのまま処刑してれば”そいつも殺せ”と言い出す輩がいただろうからな。そこでなにを言っても焼け石に水だ。

 そうなる前に、全員に冷や水ぶかっければ火は消えるって考えはどうやら間違ってなかったようだ。


「これにより、処刑の執行は終了した‼ 体調の悪いものは家屋に戻り休むがいい!」


 すかさず終了を宣言。

 俺への文句はまだ聞こえるが、処刑に対する意気はすでに消沈しているため終了への抗議はなく、取り巻いていた後ろの連中から順に疎らになっていき、最後には関係者が残るだけとなった。

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