帰る者1
「でも、その人ってまだ最有力候補ってだけなんですよね? 他の人になったりはしないんですか?」
この地域のことをよく知らないヨハンらしい質問だが、
「ありえねぇな」
「うむ。特別な理由でもなければありえんな」
誰よりもここをよく知る俺と爺さんはそれを即座に否定できる。
「なぜでしょうか?」
その返答のあまりの速さ、そして一致具合が気になったのかリミアが返す。
「敵だからだ」
「爺さんの昔話は聞いてただろ? 最初から我欲による私刑なんだ。敵ならそれだけでいいんだよ。他に理由はいらねぇ。敵ってだけで処刑するのに心が痛まねぇ奴らしかいねぇんだよ。ここには・・・」
だからこそ、戦争被害者の生き残りである爺さんはこの年越しの祭りを悪趣味だと言うし、恥だとも思っている。
「たったそれだけのことで・・・? では毎年、敵国の人間を捕まえて来たのでしょうか?」
「それは流石に不可能だ。今、渓谷に架けられている跳ね橋”大鉄橋”を通るものは少ない。年間でも数十人といったところだし、なにより。敵国の人間がこちら側まで来ることは、ほとんどないのだ」
「じゃあ敵がいない時は、今までどんな人達が処刑されてきたんですか?」
「要塞に収容された犯罪者の中で一番罪の重かった奴、だな」
「それって・・・」
この短い言葉でもヨハンは気付いた。
「そうだな。1人しかいなけりゃどんなに軽い罪でもそいつになる」
「そんな⁉」
「つってもまぁ、そこは流石に対策してる。国中から重い罪を犯した連中をあの要塞に集めたりな。だから、良心が痛むようなことはねぇんだろう」
「ああ・・・そうなんですね」
そういう連中の中から1名以上を選んで処刑台にあげる。
選別基準として、反省の姿勢や更生の余地も確かめているらしいが、それが正しいかなんざ誰にもわからねぇ。
心眼のスキル持ちが確かめてるわけでもねぇしな。
「北送りにされる。って聞いたことねぇか? 今では、きついことで有名になったここの軍隊に入れられるぞ! って感じの意味で使われたりしてるが。あれは本来、犯罪者が処刑台に送られるのを恐れて使ってた言葉だ」
デカい図体した人相の悪い連中が、北に送られるのをいやに怖がるもんだから。いつの間にか、きつい軍隊とのイメージが重なった結果でそうなったんだろう。
「そういえば、誰かが学園でそんなこと言ってた気がしますね」
「むしろ俺様は言う方だったな。そんな意味だったのかよ・・・」
「知らなかったとはいえ、かなり危ないことをいってたのね。ま、私達は言ってなかったけど」
「ジェイド様も、なにも本気でおっしゃっていたわけではありませんわ! 冗談なのですから、今後控えればそれでよろしいのですわ!」
三者三様というか・・・それほど落ち込んでもなさそうだな。
まぁ、まだその現場を目の当たりにしたわけじゃねぇし、想像出来てねぇだけなんだろうが、呑気なもんだ。
「それで・・・どうするのだ? 祭りの準備のために戻ってきたんだろう?」
「どうするって言われてもな」
大切な兄上の大事な息子。甥のバロンにも、そんな戦争の片棒を担がせるような真似をさせたくはねぇ。
つっても、単身で乗り込んできた帝国の総司令官を逮捕拘束した意味もわからねぇ。
そもそもだれの指示なんだ?
兄上なら、なにかしらの意味があってのことだろうし、処刑に合わせてそれも発表されるだろう。それが納得いくものであれば、大した問題にもならねぇのかもしれねぇが・・・・・・。
仮に御父上の指示だった場合。
領主代理の兄上は領主たる御父上の言葉には逆らえねぇし、俺がどうにかできる話でもなくなる。理由もなしに至った蛮行であったとしても、それを止める手立てはねぇ。
で、一番厄介なのが民意だった場合だ。
単身で来ているなら捕らえて殺せ! そんな声の元に行われた行為であれば、救いようがねぇ。
他の誰かを壇上にあげたところで意味がねぇからな。
となると、まずなにがあったか――から調べなきゃならねぇわけか。
ったく・・・元から面倒だってのに、余計に面倒なことになってきたな。




