失くす者
「それで、その・・・事情というか、なにが起きるかはわかったのだけど、公開処刑は今回も行うのよね? だったら、誰が処刑されるのかしら?」
どうしようもない感傷に浸りながら、俺が爺さんと突き合っていたところにエイラが当たり前すぎる疑問を持つ。
「そればっかりは俺にもわからねぇな。こっちの情報なんざ集めてなかったしな・・・どうなんだ? 爺さん。アンタならなんか知ってんだろ?」
俺にとっては正直どうでもよかったんで、軽い気持ちで爺さんに聞いたんだが、結果として。とんでもない爆弾が投下されることとなった。
「帝国高位貴族の子息がつい先月だかに南端戦線指揮総司令官に就任したらしいのだが・・・現在は要塞内の牢屋に捕らえられている。公開処刑の筆頭候補はその者だろうな」
「は?」
間の抜けた音が、よりにもよって俺の喉から抜け出ていく。
「どういうことだ⁉ なんでそんな奴が捕まってる⁉」
総司令官が敵地で幽閉されるなんてことが、そうそうあってたまるかよ!
そう思って爺さんを問い質すが、
「どういうもこういうもありはせん。その総司令官はなにを思ったのか、単身でこの地に交渉へ来たのだ。戦況が硬直して長い時間がたっているのならば、いっそのことちゃんとした停戦か和平を結ぼうとな」
あまりにも素っ頓狂な返答にこっちの頭が痛くなる。
「どういうことだよ? 俺様達にもわかるように説明しろよ!」
「お前らの前に懸賞金のかかったモンスターが自分から現れて”どうぞこの宝剣を使って自分に止めを刺してください! ついでにその宝剣もあげます!”って言ってるようなもんだ。次の日にはA級冒険者に成れるだろうな」
言っててバカバカしくなるが、それぐらいには鴨が葱を背負って来たことになる。
南端戦線指揮総司令官はその名の通り帝国の南端、つまりここガルバリオ皇国との戦線を維持する最高責任者だ。
当然ながら、そんな奴がいなくなれば敵からの進軍は難しくなり、逆にこっちからの侵攻は容易くなる。
しかも”宝剣”・・・もとい、情報をそいつから得られれば、帝国の領土を切り取ることすら可能だろう。
「戦況が硬直ったって・・・水面下ではずっと小競り合いしてんだろ? 戦場がここらの国境じゃなく東の国になってるだけで」
「その認識で間違いないはずなのだがな。高位貴族のボンボンだから知らんかったのか・・・あるいは――」
「――捨て駒にされた、か」
貴族ならこういう代理戦争ごっこはむしろ得意なはずだろう。
自分の手を汚さないやり方なんてのは、真っ先に叩き込まれるもんだと思う。責任の所在を隠したり、曖昧にしたり、終いには知りませんでしたと言って、とぼけて見せるもんだ。
十中八九答えが出てても、十全でなければ取り締まれない。
それが貴族ってもんだろ?
そうなった場合に考えられるのが、捨て駒という考え方だ。
親の高位貴族がなにかしらをやらかして、その負債を取り戻すために跡継ぎじゃねぇ子供の中から、適当に死んでもいい奴を選んで寄こした。
そして、わけのわからねぇ理由で単身要塞へと送り出して捕らえさせ、そいつの死を理由に攻勢に出る。
どんな奴だろうが、向こうにとっては高位貴族の子息。その価値は消えねぇ。
なにより今回の目的が、嘘であろうと停戦協定や和平交渉であるなら、それをひっ捕らえて処刑などは、非人道的な行為だと言って攻められる内容だ。
その高位貴族の子息って奴が、よっぽどの馬鹿か夢想家でもなけりゃぁ、そっちの説が濃厚なはずだ。
だが、
「・・・にしても、なんでこんな時期に? 捨て駒にしたって急すぎんだろ。捕まってから処刑までがもっと長けりゃ解放の要求だったり、優秀な替え玉を仮置きしたりで都合よく動けるだろうに」
解放要求を出せば、ガルバリオ皇国が公的に拒否し、その上で公開処刑に及んでいると弾劾することが出来るし、暫定で総指揮の地位に優秀だが爵位が足りねぇ奴に任せて実績さえ与えれば、それを口実に引き続き任せるっつー理由で本来できなかった人材を配置できる。
高位貴族のやらかしが、帝君やその周りへの失礼であったなら前者だし、下位貴族への軽視などであったなら後者の方が丸いだろう。トップじゃなくても、どうせ配置移動なんかで相手の家の縁者を優遇すればいいだけだからな。
しかし、話を聞く限りそんな素振りもなく。そもそも処刑までの期間が1か月と迫っている中でやるようなことじゃない。
いったいどういう狙いがあってこんなことやってんだか・・・。




