壁に耳あり
俺はジェイド達を除いたB級昇格試験のもう一人の参加者を探して町を見回していた。
「名前ぐらいは聞いとくべきだったか?」
思わず自問が口から飛び出す。
荊棘の庭園は5つの町からなるが、別に小さく狭い町というわけじゃねぇ。
闇雲に探すには少々面倒だった。
そういう時に名前を知ってりゃ聞き込みでも出来たんだが・・・女の方も、ギルドに送る途中で話したのは世間話や身の上話、後は用意する書類の種類のことぐらいで、自己紹介なんざしなかったからな。
どうしたもんか・・・? と口元を覆うように顎に手を当てて考えかけた矢先、
「おう! 鉄の花の回収でいいんだな‼」
どこからともなくお目当ての人物の声が聞こえてきた。
「ああ。出来るなら質のいい花を厳選して欲しいところなんだが、最近はあんまり花自体に元気がねぇみてぇでな。無理に探し回る必要はねぇから、数だけは用意してくれや」
「まぁ任せとけって‼ 質も量も目ん玉引ん剝くぐれぇ持ってきてやるからよぉ!」
「そうだったら嬉しいがな」
ハッハッハ! と、デカい声で話してくれている。
どうやら、近くに居るらしいんだが・・・この辺りは住宅地と雑貨屋なんかが入り乱れているせいで、音も反響して音源がどこからか判断がつかねぇ。あっちこっち塀で区切られてることもあって路地も多く、ちょっとした迷路だ。
索敵の魔法でも使うか? と思ったところで、
「場所はどうする?」
「とりあえず町の南東辺りの森に行ってみるつもりだ。あの辺は鉄の花が群生してる場所も多いだろ? 確か」
「南東か・・・」
南東、ね。
もう1人の声の主が誰かはわからねぇが、有難いことに行先を聞きだしてくれた。
しかし、
「悪いことは言わん。南側へ行くのはやめておけ」
「どういうこった?」
どうにも雲行きが怪しい。
声の主はあの男に町の南側へ行って欲しくないらしい。
「最近この辺りにゴロツキがうろついてるってのは知ってるよな?」
「ああ。話には聞くな。けどよ。言っちゃぁなんだが、俺はそんな奴1人も見てねぇぞ? 噂だけじゃねぇのか?」
「いやそれがな。南の・・・花の町の方じゃ一悶着あったんだとよ。それだけじゃねぇ。最近の花の町じゃ盗みが頻繁に起こるとか」
「盗み? そんな程度どうってことねぇだろ! 俺を誰だと思ってやがる!」
男は自信満々で返すが、
「その一悶着ってのが、どうやら殺しだったみてぇだぞ? しかも相手はマッター・・・お前とおんなじ冒険者だったとよ」
もう1人の声色は変わらず否定的だ。
「俺が負けるってのか? 一時期はここを空けてたから忘れちまったかもしれねぇが、俺はここらじゃ負け知らずで通ってんだぜ?」
「今と昔は違うだろう。お前はそれでいいかもしれんが、モォーリーはどうする? お腹にはお前の子もおるんだろう?」
これは声の主が言う通り、
「うっ⁉ それは・・・・・・」
マッターと呼ばれた男の方は、ぐうの音も出ない。
「それにこの間、そのゴロツキ共を掃除するための軍人が派遣されて来たはずだ。下手に近付かんに越したことはあるまい?」
数秒の間を挟んで、
「はぁ~・・・わかったよ」
ため息交じりにマッターの諦めたような答えが返った。
だが、
「これ以上ねぇほど気を付ける。それでいいな?」
どうしても南側に行くのは変えねぇようだ。
それが話相手にも伝わったんだろう。
「・・・せめてゴロツキ共と見間違えられんようにな」
と。それだけ言った後は2、3言で別れたのか声は聞こえなくなった。
なぜ南側に行くのを諦めねぇのか、は・・・おそらく数の問題。
鉄の花は南側に数多く咲き、北に行くほど荊だけになる。
だから、南が花の町で北が棘の町。間のこの町には鉄の名前が付けられた。
それだけ依頼していた話し相手の要求量が多かったか、時間消費を嫌ったか。もちろん、自分の実力を過信してるってのもあるだろう。
なんにせよ、あのマッターと呼ばれていた男は見た目がゴロツキのそれだ。話し相手が言っていたように、見間違えられるのが一番面倒になる。
そうならねぇよう祈るが、祈っただけでどうにでもなるなら、祈祷師だけで世界は回るからな。
それにしても・・・花の町で窃盗被害か。
この鉄の町に来る前に寄った時には影も形もなかったが、見落としか? それとも、俺達の、いや。俺の存在がバレてる? まさかな。
もしそうだとしたら、こんなところには留まらず、さっさと逃げてるはずだ。
それこそ、皇都軍と内通しているなら尚更。
軍の移動を邪魔した俺の嘘を吊し上げ、自分達の立場向上や地固めに使わねぇのはおかしい。
どうにも、目的が見えなさ過ぎて気持ちが悪いな。




