冒険
全員が名乗り終えた結果は予想通りというところだった。
調子に乗っていたのがジェイド、その隣にいるのがキューティー、話す時にどもっていたケイト、頼りになりそうなエイラ。ソロ組はそもそも男女一人ずつなので間違えようもないのだが、少年がヨハン、少女がリミアで相違ない。
「全員。顔と名前は覚えたな?」
パーティー組は当然として、残りの二人も問題なく覚えたようだ。
一人は相変わらずの不満顔だが、まぁいいだろう。
問題がないのなら、
「じゃぁ・・・そうだな。さっきのレッサーライガーを探してみるか」
標的を決める。
皇都北の森は危険度の高いモンスターは出ない。
その上で、さっき飛び出してきたレッサーライガーは駆け出しには丁度いい獲物だといえる。群れず、共生せず、それなりに強く、俊敏で、賢く、なにより・・・この森での生息数がそれほど多くないのがいい。
おかげで毛皮がそこそこいい値になるんだ。
駆け出しが冒険者として命の価値を知るには持って来いと言える。
だから、先にその姿を見せられたのは正直、かなり運がよかった。一々、特徴なんかを説明する手間が省けるからな。
「俺が先行する。迷わないようについてこい」
いよいよ森に分け入る。
冒険者ならばここから先は自己責任だが、今はそれを教える立場にある。そのことを意識して辺りを見まわす。
中に変わった様子や荒れた様子はない。それを確認し、ブロンソン教官に最後尾を任せて奥へ進む。
この森に生息するモンスターで駆け出しの手に負えないのはダイナマイトスライムぐらいのものだ。そう警戒する必要はないかもしれないが、万が一なんてことがあれば最悪だ。寝覚めを悪くしないためにも、注意してモンスターの痕跡を探す。
後ろの様子も確認しながらというのは意外と骨が折れたが、しばらくしてお目当ての痕跡を発見できた。
「こいつがレッサーライガーの爪とぎ痕なわけだが・・・」
6人の反応を見て思った。
「ギルドでこの森の生態調査報告書を見てきたやつは?」
手を挙げたのはケイト、エイラ、ヨハンの三人。たったの半分だ。しかも、手を挙げなかった内一人はソロだ。
このぐらいはギルドで教えていると思っていたんだが・・・と、ブロンソン教官を見る。すまん! と顔に書いてあった。そんなもんを見せられればため息の一つも出るってもんだ。
「はぁ・・・。いいか? 今度から冒険に行く時はそういう情報を集めてからにしろ」
「それはギルドの受付で聞けば教えてもらえるのでしょうか?」
「ああ。皇都ならタダでそういった資料が見れる。駆け出しなら他の町でも特価で安く教えてもらえる」
「そうでしたか。以後は気を付けます」
手を挙げなかったソロの方はこれでいい。幼い割にしっかりしている。
問題は・・・
「それじゃ冒険っていわないですよね?」
この勘違い野郎だ。
「学ばねぇ奴だなお前も。その死にたがりは持病かなにかか?」
「失礼じゃないですか‼ 人を病気呼ばわりとは‼」
「だってそうだろ? なんにも知らずに敵に突っ込んでいく奴が、死にたがり以外のなんだってんだ?」
「未知の相手に自分の力を試す‼ それが冒険でしょう‼」
「それで? 無様をさらして仲間を殺すのか? たいしたロマンだな?」
高らかに夢を叫ぶ少年を嘲笑う俺は、大人として人の目にはどう映るだろうな? それでも、
「パーティー組んでる奴の台詞じゃねぇんだよ」
夢も誇りもへし折ってでも教えてやらなきゃならないことだ。
パーティーはお互いに命を預けあう。
その絆は時として、どうしようもない重荷になる。決して切れない鎖の様に。
「どういう意味です‼」
「そのままの意味だ。そう、例えば・・・お前はゴーレムに出会う。岩の寄せ集めのような人型で、お前はそいつの背後を取っている」
言い聞かせるようにその目を見据え、
「それをいいことに、ここぞとばかりに先走る。その後に続くもの、反応が遅れるもの、止まれと叫ぶもの」
一人々々と順番に視線を送り、
「その内二人だけが知ってるんだ。そいつは目じゃなく音で反応するってことを、人よりもよっぽど早く動けるってことを」
籠手を持ち上げ視線を集め――――――
ドン‼
さっきと同じく、ジェイドの顔を掠める様に弾を撃ち出すが、
「気が付いた時にはお前の横を岩の腕が通り過ぎて」
さっきとは違い、それはもう一人の顔の横でもあった。
「隣にいたはずの奴が消し飛んでる・・・・・・」
そのもう一人であるキューティーはゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「なんてことになるわけだ」
全員、あまりのことに言葉も出ないといった様子だが、構わず続ける。
「しかも、だ。それを知ってたのが二人じゃなく三人だったら・・・狙われるのはお前だけ、そして残りの三人はお前を助けようとするんだろうな? そうなりゃ誰かがお前をかばって死ぬ」
パーティーではよくあることだ。ずっと一緒にやってきた仲間を動けないからと置いていくことが出来ず、結果として全滅する。
「これがお前の言う冒険だ。どうだ? 仲間を殺す気分は?」
聞くが・・・反応はない。
先ほどまで血が上って真っ赤だった顔も、今は血の気が引いて真っ青だ。
「勘違いするなよ。冒険は自分のことを知ってる奴だけに許される挑戦だ。無謀や蛮勇とはわけが違う」
仕方がないので全員に言い聞かせる。
「自分を知りたきゃ敵に聞け。そのためには敵を知れ」
いつか教えられた冒険者の基礎を・・・今度は俺が教えるのだ。