西へ
それから3日後。
「想定より早い出発となりますが・・・皆さん準備のほどはいかがですか? もちろん私共の方でも色々と持ってはいきますので、必要とあらば言っていただいて大丈夫ですが、どうしてもというようなものまで取り扱っているかはわかりませんので、今一度ご確認ください」
皇都西門にてサンパダの隊商と共にガルドナットへ向けて、出発しようとしていた。
「今さら確認の必要などありませんでしたかね?」
周りが荷物を確認する中、暇そうにしていたからかサンパダに声をかけられた。
「特別、持ってくもんもねぇからな」
俺は片手に持った背嚢を見せながら答える。
「おや、あれほどまでの報酬を先払い致しましたのに、そんな荷物でよろしいので?」
「あの金の使い道は教えただろうが」
「そうでしたね。いや失敬致しました」
わかりきったことを言ってふざけて見せるのは余裕の表れか。あるいは一世一代の大勝負に緊張しているのか。その顔から読み取ることは出来そうにない。
サンパダからいただいた前金100万は俺の手持ちと合わせてギルドの金庫に入れてきた。これで今月分の給料が払えるし、本部からの手紙によれば来月までには輸送の第1陣が到着するらしいから、流石にもう金の心配はないだろう。
色々と忙しかったが、とりあえず今回の護衛が終われば一段落つくはず。
本来ならこういうのはギルドマスターたるブロンソン教官の仕事だったりするんだが・・・あの人は人情派だからな。
悩み事や相談事なら任せられるが、それ以外となると頼りねぇ。
善意によるどうこうは得意なんだがな。
金は損得の勘定だ。
募金を募るわけにもいかない以上、向いてる奴がやればいい。
まぁ今回限りにしてほしいがな。
その結果、俺は必要最低限のものだけを持って、ほぼほぼ無一文でここにいる。だから、荷物なんざ確認するまでもねぇっつーわけだ。
「お待たせしました! こっちも大丈夫です!」
少し離れたところで手を挙げながら報告したのはサンだ。
今回、俺以外に集められた護衛は”蒸気の騎乗者”の面々で、それについても昨日サンパダから聞き及んでいた。皇都所属の中で唯一のA級パーティーだしな。意外ってわけでもねぇ。
「そうですか。確認ありがとうございます。では残るはウチだけですね? どうです? 今になって、持っていくはずのものが用意できていない・・・などということはないでしょうね?」
俺達護衛に背を向けて、サンパダは隊商の連中へ問いかける。
隊商の方からはおう、だとか大丈夫です、だとか口々に声を上げ、どうやら不備はなさそうだ。このまま出発できるだろう。
つっても・・・。
隊商。っていうには些か規模が小さすぎねぇか?
目の前に用意されているのは3台の馬車だけ。
俺が皇都へ戻ってくる時に便乗した隊商は10台以上の馬車で形成されていたんだが・・・。
しかも、荷物を乗せるであろう馬車が1台。護衛が乗るであろう馬車が1台。残りの1台は俺が皇都まで乗ってきたサンパダが乗る馬車に違いねぇ。以前より多少デカく、豪華になっちゃいるがな。
しかし少数精鋭って言葉もあるにはあるが、使用人はどうするつもりなんだ? まさか使用人も連れずに1人で行くってわけじゃねぇよな?
などという俺の疑問は置き去りに、
「それでは出発致しましょうか」
サンパダが馬車に乗り込む。
どうしたもんか。と思って周りを見ていると、確認作業が終わった使用人達が護衛車に乗り込み・・・。
「それでは皆さん。こちらへどうぞ」
馬車の中から扉を開けたサンパダが、俺と”蒸気の騎乗者”全員を自らの馬車に案内したのだった。
前回は俺とサンパダだけだったから広々と使えたが、今回はそこに”蒸気の騎乗者”のサン、タン、ホウ、スイ、フッチの5人が加わり・・・広くなったはずの車内が前回よりも狭く感じる。
座り位置は上座中央にサンパダ。その両側に俺とパーティーリーダーのサン。下座側は扉に近い順にホウ、タン、スイ、フッチ。それが向き合うようになっていて、俺の目の前にはホウが座っている、といった具合だ。
サンパダは俺を上座奥に座らせたかったようだが、俺達はあくまで護衛だ。なにかあった時に扉側の方が対処しやすいからと俺が断った。
同じような理由でタンが扉側に座ろうとしたが、そこはホウがそういうのは男がやるべき、と言って現在の形になった。
俺としては初めて見るフッチが気になるんだが・・・対角にいる上にフードまで被っていて顔すらわからねぇ。
「それにしても、ゼネス様は彼らと顔なじみだったのですね?」
「それはこっちの台詞だと思うがな? 俺はギルド職員だぞ?」
「ああ! そういわれれば、そうですね。ですが、私もそれは同じでしょう。彼らは皇都唯一のA級パーティー。商人なら護衛にと声を掛けたくなるものでしょう?」
「そう言われりゃぁそうだな」
確かに、意外っつーほどでもねぇのか? 報酬と天秤にかけても成功させたいなら当然か。
むしろ、
「お前らはよく受ける気になったな?」
腐ってもA級。護衛依頼に限らず、依頼なんて蹴るも受けるも選び放題なはず。わざわざ受けるってことはこいつらの報酬もいいんだろうか?
「あぁ・・・。まぁ、付き合いがあるからな」
だが、サンの返答は歯切れが悪く、
「はっはっは! 付き合い、ですか。それでは私がコキ使っているようではありませんか? もし報酬に不満があるならば言ってください? 幾らでも、検討させていただきますよ?」
「そんな! やめてくださいよ!」
というか、サンってこんな奴だったか?
もっと威勢のいい奴だったような気がしたんだが・・・。
俺がそのやり取りを不思議そうに見ていると、
「おっと、すみません。退屈でしたかな?」
「いや? ある意味面白いが・・・・・・ちょっと気味が悪くてな」
「気味が悪い、ですか?」
「あぁ。そこにいるサンは以前、俺に威勢良く接してくれたんだよ。それが・・・あまりにも情けねぇ姿を晒してるんでな」
「威勢良く・・・ですか。それは見てみたかったですね」
「やめてくださいよ! サンパダさん! もういいでしょう!」
サンが必死に頭を下げた。
一体何があったのか・・・。
その疑問には、
「昔、結構世話になったんですよ。色々と・・・ね。なんで、頭が上がらんのですよ。あんまり、うちのリーダーいじめんでください」
見かねたホウが口を挟むように答えてくれた。
「色々ねぇ?」
「えぇ、色々です。例えば、昇級。とかですかね・・・」
なるほど。
皇都唯一のA級パーティー誕生の立役者ってわけか。そりゃぁ頭も上がらねぇか。
見た感じ・・・結構どころか、かなり世話になったんだろうしな。
「だったらやめといてやるよ。俺だって・・・教官にいじられるのは嫌だからな」
いい歳になっても、昔のことを掘り返されるのは好かねぇもんだ。それをネタにされるのもな。
それが思春期ともなれば殊更だ。
「そうですか・・・ゼネス様がそう言われるのであれば、私も慎みましょうか」
そう続いたサンパダに、サンが胸を撫で下ろすのが見えた。
だが、それも束の間。
「では、本題に移るとしましょうか」
「本題? 向こうについてからの話か?」
「いえいえ。そうではなく・・・あの、ワンダーゴーレムの事ですよ」
サンパダは今までで一番の踏み込みを見せた。