なにもわからぬまま
不思議な感覚だった。
なにか考えがあったわけじゃねぇ。
ただ・・・魔力を込め伸ばした左手に、なにかを吸い取るような感触があった。
一瞬だけ、魔力が漲るような・・・・・・いや、幻か。
現に、なにも変わっちゃいねぇ。
迫る拳の勢いは陰りも見せねぇ。
バキリ。と、嫌な音が聞こえた。
衝撃は全身を叩く。
突き刺さる拳は岩をも砕き、大地を割るかの勢いだ。
成す術もなく後ろへと弾き飛ばされる。
地面を転がる身体には受け身を取る力もなく、行きつく先がなくなろうとも立ち上がることすら出来やしねぇ。
だが、まだ生きている。
どういうことだ? 俺の身体が思ったよりも頑丈だった? なんて、ありえねぇよな・・・だったら・・・?
全身から隈なく余力を集め、絞りだし、軋む体に鞭打って顔を上げる。
ワンダーゴーレムは健在。渾身の右拳を、床に突き刺した状態で不動を貫いている。
外したってのか? あの状況で?
身動き一つ、とれなかった俺を相手に?
ありえねぇ・・・はずだ。
あの手の、いや。ワンダーゴーレムの特徴から、規格外が無けりゃ攻撃を外すなんてのはねぇはずなんだ。
それでも、俺は生きてる。
ってことは、なにかがあったんだ。
なのに、勝手に死を悟って目を閉じたせいだ。
諦めがまだ残ってやがったんだ! 情けねぇ!
ちゃんと見てれば・・・‼
けど、まぁ。
なにかがあったっつーんなら、さっきの音はアイツのだ! 運よく、どっかがイカレたか⁉ なんでもいい‼
さぁ、立て!
まだ終ってねぇぞ‼
諦めねぇって、決めたんだろうが‼
体を起こして、アイツの異常を見極めねぇと・・・。
しかし、俺がもたついている間に沈黙を守っていたワンダーゴーレムが動き出す。
明らかに、おかしい挙動で。
しかも、門を狙って。
本来なら、敵として認識したものにしか攻撃しないはずのゴーレムが、ただの移動用の門に攻撃をしかける。
驚いた。いや、焦った。
俺こそがそうしようと、そうしてくれと願っていたはずなのに。欲が出て来てたんだ。もしかしたら・・・ってな。
なんにせよ、止めねぇと!
脱出手段がなくなっちまう‼
戦って、負けて死ぬんならまだしも、勝って野垂れ死ぬなんざ冗談じゃねぇ‼
そうは思えど、体は動かない。
背を向けて振り上げられた拳を落とされたらお仕舞いだ。
ここからじゃワンダーゴーレムが邪魔で門は見えねぇが、どう考えたって耐えられるわけがねぇ。
どうすれば⁉
歯噛みする己の愚かさに反吐が出る。
そこでようやく気付いた。
魔力が、戻ってる・・・⁉
動かない身体、回らない思考、幻のような感覚。
それらに加えて焦りもあった。
だから気付くのが遅れた。
普通なら、体力を回復した上で強化魔法を使ってもう一度、殴りに行くと考えたはずだ。
だが、一刻を争うこの瞬間に。そんな選択肢は存在しえなかった。
即座に全魔力を籠手に集める。
魔力弾。あるいは魔力砲。
昔、こいつと戦った後に火力に悩んで作った技だ。
効くかどうかはわからねぇ・・・それでも!
他に間に合う手段がねぇ‼
振り上げられた左腕。その結合部分。胴体から飛び出したデカい歯車。
まごうことなき全魔力を集中させ、狙い澄まし、撃ち出す!
行け‼‼
その瞬間。
「・・・・・・は?」
おそらく、酷く間の抜けた声だっただろう。
全てを懸けた一撃は・・・不発。
右腕に集めた魔力は抜け落ちるようにして消え去った。
なにが・・・?
一瞬。頭が真っ白になりかけるが、それどころじゃない!
バッ‼ っと視線をワンダーゴーレムに戻す。
腕が振り下ろされていれば、勝敗に関係なく・・・・・・俺は‼
「あ・・・?」
景色が傾いていき、ガン! と視界が揺れる。
痛みが鈍く、頭に広がる。
どうやら倒れたらしい。だが、そんなことはどうだっていい。
どうにか目だけでも動かして、見る。
傾いた視界の中、振り上げられた拳は振り上げられたまま、けれど、次第に力なく、最期にはだらりと垂れ下がった。
再び沈黙する化け物。
もう動かねぇか? それとも、まだ・・・?
ここで起き上がれたなら。
そう思うが、意識は遠く。
指の隙間から零れ落ちる砂のように、俺の手から離れていった。