聖女認定試験が始まる
「お待ちしていました!」
教会の敷地内にある離れ小屋の前で俺達はユノに出迎えられる。
「待たせたな」
「いいえ! 滅相もありません‼ むしろ、早いくらいです!」
「そうか・・・で、どうするんだ?」
俺は教会本部、本殿の方へ目をやる。
聖女認定試験はおそらくだが、本殿地下にある儀式の間で執り行われるはずだ。
それなら当然、俺達は教会本部たる本殿に顔を出すことになるんだが・・・俺は教会には歓迎されてねぇ。どれぐらい覚えてる奴らがいるかはわからねぇが未だに、神に見放された悪魔の子供。として認識されている。
そんな俺が正面から本殿に行くのは憚られる。
聖女認定試験を手伝ってることすら大っぴらにはしない方がいいだろうからな。
「それでしたら心配ご無用です。こちらの離れから地下で繋がっていますので」
俺の言わんとしたことを目線だけで理解する辺りは本当に大したもんだ。
それに比べてジェイド達がずっとなにがなんだかといった様子だが、こいつらには俺の事情を話してねぇから仕方ねぇ。
「なんでわざわざこんなところに・・・」
と、初めから言ってたしな。
依頼主がこっちにいるからってことにしておいたが、いつかこいつらにも話す時が来るんだろうか?
「・・・爺さんは?」
「先に準備をしてくれています。どうしますか? なにも問題がないようでしたら向かってしまいたいのですが・・・」
事情どうのと考えてたら、ふと爺さんの所在が気になったんだが・・・そりゃそうか。聖女の数に制限はねぇが、加護レベル的に最有力になるだろうユノの認定試験。現教皇が取り仕切るのは当たり前だわな。
「お前ら、準備はいいか?」
「はい!」や「もちろんです!」に紛れて「当たり前だろう?」と聞こえたが、これは不安に思った方がいいのか、どうなんだ? らしいと言えばらしいんだろうがな・・・ったく。
昨日の準備期間。
必要になりそうなものは事前に伝えておいたが、その様子まで見てたわけじゃねぇからな。だがまぁ、問題ねぇっつーんなら信じるほかねぇ。
「じゃぁ、案内してくれ」
「わかりました。ついてきてください」
そう言ってユノは離れに入る。
その中の一室の床を剥がすようにして、取り付けられてた扉を開く。
「少し暗いですから、足元に気を付けてください」
ランプを持って先導するユノ。
その後に、俺は続かない。
代わりにリミアが、その後ろにヨハン、続いてエイラ、ジェイド、キューティー、ケイトの順だ。
俺は最後尾。床の扉を閉めてから追いかける。途中、分かれ道などがあった時に寄り道するような奴を止めるためだ。
いかにも地下道といった石造りのこの道は、じんわりと湿っていて、夏にしてはひんやりと涼しい程だが、所々苔生してて、尚且つ少々カビ臭い。
天井ギリギリの側面に取り付けられた光源では、足元を十分に照らすことも出来ず、すれ違うには狭すぎる事もあり、避難用には作られていないのか、あるいは本当に緊急の時に使う用の通路なのか、判断に難しい。
なんて事を考えてるうちに広い空間に出ちまった。
ユノを除く全員が周りをキョロキョロ見渡してるが、俺にはここまでの通路の方が気になるね。なんのためのもんかもわからねぇ、横道一本すらなかった通路。本当になんにもなかったのか、もしくは・・・本当はなにかあったのか。流石に、今回の為だけに作った。なんてことはねぇだろう。
「こっちです」
悠長に考えてる暇はなさそうだ。
ユノが次の扉を開く。
その先にも通路があった。だが、こちらは広い。さっきまでの2倍以上はあるだろう。普通に廊下と言った感じだ。なにより短い。
廊下の先、その向こう側には、これまた広い空間。さっきの部屋の部屋とは比べ物にならない空間。大広間とでも言うべきか。
そこにいたのは、
「おお。来おったか」
現教皇。グレアムの爺さん・・・と、
「あれは――誰でしょうか?」
異様な雰囲気を感じ取ったのか、リミアが険しい顔で聞く。
「とりあえず、その顔はやめとけ。今後・・・教会のことを調べるつもりなら、なおさらな」
そう言うと、随分と厳めしい顔をしていたのが真面目な顔・・・っつーか真顔になる。その表情がいいとは言えねぇが、さっきまでの敵愾心丸出しの顔よりゃマシか。
「アレは枢機卿つって、前教皇だ。お前らが知らねぇのも無理はねぇ」
枢機卿は教皇の次に権威を持つ役職だが、それに就く条件は前任の教皇であることだ。つまり、枢機卿ってのは教皇を追い落とされたやつのことを言う。特に、今回の場合はな。
そして、前教皇が枢機卿になったのは15年程前。俺が協力してグレアムの爺さんを教皇にした時だ。生まれたばっかか、生まれてすらなかったこいつらが顔を知らねぇのは当然だ。俺ですらぼんやりと見覚えがある、ぐらいだからな。
「枢機卿様。本日は私の試験にご協力頂きありがとうございます」
「いやいや、現教皇の関係者が試験を受けるというのだから、前任とはいえ私のような立場のあるものが監督しなければならないだろう。事が公になった時に、贔屓だ。などと言われては、教会の威信にかかわるからね」
「私からもお礼のほどを・・・」
「今は君が教皇だ。そこまでかしこまらなくてもいい」
「しかし、これ程の人手・・・」
「なに。私達が協力するのは当然ではないか」
などと、聞こえる分には和やかな、お互いを気遣ったやり取りだが・・・雰囲気的には険悪、とまではいかねぇにしても、70を過ぎた枢機卿の執着っつーか、圧力を感じる。
周りにいる司教か大司教か、ズラリと並んだ10人も気になるが、そんなやり取りを長々見てぇわけでもねぇ。さっさと聞くべきことだけ聞いて、始めてしまおう。
「聖女認定試験の内容について教えてくれ」
「おぉ、そうだな。そうしよう。では・・・まず、これを」
グレアムの爺さんがなにかを取り出してユノに手渡す。
「これは・・・?」
「見ての通り十字架だ。首にかけることは出来んから、試験中はずっと手に持っておかなければならん」
「手に・・・ですか?」
「それには記録装置の役割もあってな。試験中の映像を記録出来るんだ。その機能を使って、最奥の祈りの間にたどり着いたかどうかを確認するのだ。決して手放してはならんぞ?」
「はい!」
「よろしい。では試験内容だが・・・ここ、儀式の間と祈りの間を私達の魔法で繋げる。その道中には私達の魔法で作り出した試練があるが、聖女候補はこれに手を出してはならない。あくまで助言までが許された行為であり、そのすべては自らが選んだ護衛に任せ、自身は胸にその十字架のみを持ち、進むのだ。そうして、最奥の祈りの間にたどり着けたのなら、そこで祈りを捧げよ。それが出来れば、祈りの間から出た時には私達の魔法が消え、この場所に帰ってきているはずだ」
めちゃくちゃな内容だが、聖女という存在を考えれば妥当と言えるだろう。
聖女とは、その祈りだけで人々を救えるというのだから・・・。
まぁ、そんな事を信じてる奴がどれほどいるかは知らねぇが、宗教なんてのはどこもそんなもんなんだろう。
要は俺達が試練を突破すればいいだけで、死ぬ危険がそれほどねぇから、うちの駆け出しにうってつけだって事だけわかれば、それでいい。
「内容は・・・理解できたか?」
「はい!」
「では、準備はいいな?」
「はい! お願いします!」
その答えを受けて、各々が所定の位置に着く。
見れば、ジェイド達も、いつでもいいぞ。と言わんばかりの表情と恰好だ。
「それでは‼ 聖女認定試験を開始する‼」
10人・・・いや、正面にいるグレアムの爺さんと、その反対にいるだろう枢機卿の爺さんを合わせて、12人が囲む中央に門が生成される。
魔法によって生み出された門は、輝くでもなく、佇むでもなく、どこか揺れ誘うようにして、俺達を待つ。
一呼吸。覚悟を決めたユノが先陣を切り、俺達は門の内側へと足を踏み入れた。