PTSDトラウマン!!
むしゃくしゃしてやった。今は反省してる。
やぁ、おはよう諸君。私の名前はトラウマンだ。
さて、何を隠そう私は世界の平和を守るため、日夜、悪の組織と戦っているのだ。その憎むべき悪の組織の名前は『フゥ帝国』。奴らのせいで街の人々が眠れぬ夜に怯えているのだ。
「あぁ、あれね。ていうかあれ撮影じゃないんだ…」
「いつもいい大人たちが騒いで。もう少し落ち着いてほしいですよね」
「今このご時世でしょ?昔は許されてかも知れないけど、今は、ねぇ?」
などと、街の人たちの恐怖がヒシヒシと伝わってくるようではないか。
そういえば、先日もこのようなビラがポストに投函されていたのだ。
幹部候補募集!!!
我々『フゥ帝国』は常により良い人材を求めている。ブラック企業で泣いている君も、時間を持て余しているそこのあなたも!!
是非我々の大いなる意思の礎となって貰いたい。
無論我々の目的、世界征服を達成した暁には充分に見合う対価を支払うつもりだ。
さぁ、意思強き者どもよ。今こそ我らと共に立ち上がれ!!
待遇 契約社員(幹部候補から幹部に登用後、正社員となります)
勤務地 〇〇市
勤務体系 1週間ごとのシフト性(夜勤は原則ありません)
年間休日 115日以上(GW、お盆、正月休みあり)
給与 初任給160,000から (経験者は230,000から)
福利厚生 昇給 1回(4月)
賞与 2回(6月、11月)
交通費全額支給。社保完備。労働組合有。
アルバイト随時募集(時給900円から)
考えてみて欲しい。このような物が早朝家のポストに投函されているのだ。街の人達はきっと部屋の隅で怯えていた事だろう!!
これがその街の声だ!!!
「…意外とホワイトなんだ…」
「俺、行こうかな?」
「年間休日もう少し欲しいよね」
分かる、分かるぞ!!皆の嘆きが、苦しみが!!!こうしてはおれん。一刻も早く奴らを潰すためにパトロールに出かけなければ。では行くぞ!!とう!!
「田中(仮名)さん。居るんでしょ」
老婆がどんどんとドアを叩く。だが反応は無い。溜息を吐くと持っていた合鍵でドアを開け、中に入る。誰もいない。もぬけの殻だ。
「あの野郎!!いい加減家賃を払え!!!」
ハハハ。許せ、老婆よ。世界平和を守るためには犠牲は付き物なのだ。トラウマ号からチリンチリンとベルが鳴った。
街のとある公園。そこに怪人がいた。海老の様な安っぽい着ぐるみを着た二本足の怪人だ。
「ぎしゃああぁああ!!!」
うなる様に人を恐怖に陥れる雄たけびを上げる。くそ、もう奴らが活動を始めていたか。くっ、果たして私は間に合うか?
「…奥さん、あれ何?」
「あぁ、最近やってる何かの撮影じゃない?」
「随分安っぽいわね…」
公園の奥様方の視線に恐怖が宿っているのが分かる。急がねばならない。
「……もう嫌だぁ!!」
突然海老の怪人が叫んだ。おぉ、彼は正義に目覚めたのか。
着ぐるみを脱げば、中から青年が現れた。彼は正義による奇跡で人の姿を手に入れたのだ。
「社長!!俺もう辞めます!!」
「待て!怪人エビール!!いや広瀬君!!君が辞めたら誰がエビールになるのだ!?」
「知りませんよ!!ってうか名前で呼ぶな!!」
そう言い残し、広瀬君は去って行った。しかし何たる幸運か。ここにフゥ帝国総帥タケーメがいるとは!!
「そこまでだ!!タケーメ!!」
「その声は…!?」
公園の外、トラウマ号から私は降りて叫んだ。この公園は自転車進入禁止なのだ。
しっかりと施錠を確認。よし、行くぞ!!
「トラウマックル。セット!!変身!!」
説明しよう!!私トラウマンは腰に装着したベルト『トラウマックル』の力により真の戦士PTSDトラウマンに変身するのだ。無論大きな力を得るには対価が必要。その対価とはまさに私のトラウマなのだ。
フフ。そんな心配な目で私を見ることは無い。世界平和のためには犠牲は付き物なのだ。その犠牲が私のトラウマであるということだけだ。
過去のトラウマが私を強くする。さぁ、そのトラウマとは。
「やーい、やーい。田中(仮名)の家貧乏」
これは私の幼少期の記憶か。
「へっへ。コイツの家貧乏だから肉も食べられないんだろ」
「そんなことないやい!!」
「いいだろー。今日の俺の夕ご飯ステーキだぜ」「俺もー」「俺唐揚げー」
そうだ。私は彼等に対抗するためにこう言ったのだ。
「俺ん家今日はソーセージチャーハンだ!!!」
そして先生が私の肩に手を置き、悲しげな表情で見つめたのだ。
「田中(仮名)君。ソーセージはね……」
―魚肉なのよ―。
イヤアアァアアァアアァア!!!!!
それは私の悲鳴か、ベルトの音か。ともかく私の心を揺さぶられるようなトラウマによって、私は変身が完了したのだ。
「くっ、来たな。トラウマン!!」
全身白のスーツに身を包み、白のマントをなびかせる。まさしく正義を執行する大いなる力、トラウマンだ!!!
「今日こそフゥ帝国に引導を渡してやる。来い、タケーメ!!」
「調子に乗るなよ。小童が!!出でよ戦闘員!!」
指をぱちんと鳴らしたかったのだろうか。しかし鳴らない。当然戦闘員も現れない。
これはチャンスだ!!
「おのれ!!もうよい!!」
指を鳴らすのを諦めたのか、今度は手を打ち鳴らした。戦闘員が来るのか!?
だが現れたのは一人だ。
「ええい。他の者はどうした!?」
「いや、広瀬君と皆帰りましたよ」
俺も帰るんで。失礼します。と最後の戦闘員も去って行った。これは…
皆が悪の虚しさに気付いたに違いない。ならば今こそこの技を放つ時だ!!
「喰らえ!!我が奥義。トラウマビッグバン!!」
渾身の力と思い(トラウマ)を拳に籠め、タケーメを打つ!!
「これで終わりだ……」
―父さん。
その呟きは果たして聞こえたのかだろうか。
「見事だ…」
ばたりと倒れた。それはフゥ帝国の最後を意味するのだ。私の胸に去来するこの思いは何なのか。
しかし安心はできない。また第二第三のフゥ帝国が現れないとも限らないのだ。だが今はひと時の平和を噛みしめよう。
夕日と共に去る私を街の人達は悲し気な視線を送る。
「これ片付けて欲しいわよね」
「っていうか何なのこれ?」
「ねぇママー」「これ、近づいちゃいけません」
こうしてトラウマンの戦いはひとまずの終焉を迎えたのだ。
だが―。
「くっくっくっ。そっちがその気ならこっちにも考えがあるよ」
薄暗い闇の中。老婆の口の端が持ち上がった。
―家賃。払ってもらうよ
それは新たな戦いの予兆だった。
―続かない―




