6・魔女が逃げたみたいです(※皆、知っている)
遅くなりました。お楽しみ頂ければ幸いです。
「すまなかった」
「廊下の真ん中で土下座止めろ、マジで」
私は、今日も真面目に勉学に励んでいた。
名もなき貧乏男爵令嬢は、他の令嬢たちの様にアハハうふふと楽しそうに笑ってばかりはいられないのだ。
私の様に地味で持参金もない令嬢が舐められない為には学力という力も必要なのである。
ノートが真っ黒になるまで書き込んだ後(私のノートをチラ見した隣の男子生徒が何故か固まっていたが、どうしたのだろう)、休み時間になったので用を足しに行こうと廊下へ出た途端、王子以下、下っ端勢揃いで土下座をされた。今ココ。
「一体何なんですか。通行の邪魔ですよ。そこに居座られるとお便所に行けないじゃありませんか」
「お、おべん…」
王子が何故か顔を赤くして絶句している。お便所…いや、おトイレを我慢しているのかな? 奇遇ですね。私もです。だから、はよ退け!
「お前、上品に言ったつもりで全然言えてないからな?」
「普通の令嬢はお花を摘みにとか言うからな?」
「いや、そもそも下の話題は出さないと思うぞ」
マジかよ。令嬢めんどくせぇ。
「じゃあ、それを毟りに行くので退いてください」
「せめて摘めよ。毟るな」
何か言っている下っ端Cを無視して、とりあえず用を足しに行った。
★ ★ ★ ★ ★
「君に謝らなければいけない事があるんだ」
「トイレの前で待つの止めろ、マジで」
ハンカチで手を拭きながら出てくると、王子以下、下っ端達が出迎える。
女子トイレの前で待つか? 普通。
「せめて場所は選びませんか? 常識を弁えて下さい」
「す、すまない! 慌てていたから…!」
「いや、確かに申し訳なかったが、君に常識を説かれると理不尽に感じるのは何故だろうな」
王子は素直に謝ったが、下っ端Bは何故か複雑そうな顔をしている。
理不尽なのはこちらの方だよ。トイレで出待ちされてから出直して欲しい。
「まぁ、今回は小さい方だったのでまだいいですが、流石に大きい方だと私も恥ずかしいですから、配慮してほしいです」
「お、大きい方…」
「いや、オレ達も悪かったが、お前も話す内容を配慮しろよ。というか、仮にも令嬢が男に対して下の話題を具体的にするな。殿下がトマトみたいになっちゃってるだろ」
殿下は何故か絶句して俯いてしまったが、下っ端Cは顔を赤くしながらも何故か呆れた様子で溜息を吐く。
え、何これ。私が悪いの? 女子トイレ前で出待ちされた私が被害者だよね?
そもそも何が恥ずかしいのか理解できない。
「何が恥ずかしいんですか。老いも若きも美男も美女も王様も貧乏人も、誰でも等しく便意は訪れるのです。人はそれを抱えたまま生きてはいけません。でも、同時に受け止めなければならない時もあり、手放さねばいけない時もある。時には抱え、時には放ち、そうやって生きてゆくのです。―――人とは悲しい生き物ですね。人とそれは表裏一体。なのに、普段はその存在に目を背ける。決して離れられない存在であるとどうして理解できないのでしょう」
「ふ、深い…! 人とは何と悲しき生き物なのだ………!」
「深くないです」
「殿下、感銘を受けて泣かないでください」
「真面目な顔で語ってるけど、よくよく聞くとひたすらウ●コについて語ってるだけだから。内容、男子幼児並みだからな」
静かに王子を見つめれば、王子は涙を流していたが、下っ端達はジト目を向けてきた。
…チッ。誤魔化されなかったか。
「こんな場所で待つとかどうなんですかね?」
「話を戻すな。いや、それに関しては悪かったと反省してるんだ。でもお前、ここで待ってなかったら面倒くさがって、ギリギリまで教室に戻らないつもりだっただろう?」
「はい」
「せめて否定しろよ!」
今日も下っ端が煩い。
「で? 今度は一体何ですか?」
「―――これは『極秘事項』なのだが…」
「久々に憑りつかれたんですか? 塩が無くなったんですか? お腹壊したんですか?」
「下の話題から離れろ」
「いや、そうではない。君に貰った白い粉のお陰で大丈夫だし、幸せになれる白い粉はまだある…お、お腹は大丈夫だ」
「本当に大丈夫なんですか? お腹が痛いときは例え授業中でも恥ずかしがらずにおトイレに行くべきです。我慢せず出した方がスッキリします」
「お前、それはセクハラだぞ」
「冤罪です。後、一応言っておきますが、白い粉は止めろ。せめて白い粒って言え」
下っ端が失礼なことを言うから、又、周りがザワッとしたではないか。
益々遠巻きにされたらどうするんだ。最近、先生たちまで私を見るとちょっとビクッとするのに。
私はごく普通の一般的などこにでもいる平凡な女の子なのに、全く何故こんな風になってしまったのだろう。
「普通でも一般的でも平凡でもないからだろ」
「貴方達のせいで普通の一般的な平凡令嬢から少し離れてしまった……?」
「人のせいにするな。最初から掠りもしてないから」
な、何だと…?
おかしいとは思っていたのだ。入学当初は別に普通だったクラスメイト達から、徐々に少し距離を置かれてる気はしていた。
『庶民臭』がしているからかと思っていたけれど、王子たちに付き合い過ぎて『言霊の巫女臭』が漏れているのかもしれない。
『言霊の巫女臭って何!?』
『わしは言霊の巫女臭も加齢臭も無縁じゃったよ!?』
『臭いって言わないで! 泣いちゃう!』
後ろが煩いが、これは早急に軌道修正が必要だろう。
まずは、適当に話を聞く振りをして、王子たちから距離を置こう。そうしよう。
「話を戻しましょう」
「自分で脱線させたのに…」
「時間は有限ですよ。で、他に何か問題があるんですか? 憑りつかれていない、塩の予備もある、魔女が逃げた、今日も天使が可愛かった。うーん、特に何も問題はない気はしますけど…」
「今、明らかに異常があったよな!?」
「え、義弟という名の天使の可愛さに限界がない事ですか?」
「そこじゃない! そこじゃない!」
「まさか、君は知っていたのか…!」
王子が何故か驚きに目を見開いている。
「魔女が、逃げてしまったという事を…!」
王子が悲痛な顔をしている。
勿論、私は知っていた。
「いや、皆知ってますよ。捕まった筈の魔女が翌日には脱獄したって」
「え…よ、翌日?」
「はい。当初は女性騎士が魔女を取り調べていて魔女も大人しくしていたけれど、その女性騎士の同期で彼女にコッソリ思いを寄せていたという優男風の騎士が取り調べを変わった瞬間、魔女が生き生きとセクハラを行い始め、余りの酷いセクハラに騎士が助けを求めようと魔女から目を離した瞬間、魔女が魔法で拘束を解き、騎士を襲った後、逃走。その後も多種多様な好みの男を襲撃しながら現在も逃亡中だと聞きましたけど」
「『極秘事項』詳細に漏れ過ぎじゃないか!?」
「秘密っていうのはどこからでも漏れるものですよ。『これは内緒なんだけど…』は、イコール『拡散希望』って意味ですからね」
「守秘義務とは!?」
本当に知らなかったのか、王子は呆然としている。
下っ端達もそこまで詳しくは知らなかったらしく、『え、逃げたとは聞いたけど、まだ捕まってなかったのか?』とか呟いていた。
この抜け作王子とポンコツ三人組が将来国を背負うのかと思うと、か弱い淑女の私は不安しかない。
私は呆れながらも首を傾げる。
「魔女は現在逃走しながら、好みの男の『尻型』を集めてるんですよね?」
「今、何て?」
聞き返されたので、もう一度答えてあげる私。優しい。今、私、めちゃくちゃ心優しい令嬢だわ。
「魔女は好みの男の『尻型』を集めているという話です」
「今、何て?」
「しり…え、何?」
「だから、『尻型』ですよ。お尻の『型』」
「おしりの………え!? お尻の型と書いて『尻型』!?」
「何で!?」
「そんなもの、どうするっていうんだ!?」
「勿論、それでお尻の模型をたーくさん作るのよ―――!!」
パニックを起こしかけた王子以下を横目に、そっと背後に下がろうとした時、おーほほほほほ! と高笑いが聞こえる。
振り返るつもりはなかったが、よりにもよって前方に現れたせいで視界に思い切り入ってしまっていた。
縞々の囚人服をムッキムキの体に纏わせた魔女は、高らかに宣言する。
「今までに99個の『お尻型』を手に入れたわ! 記念すべき100個目は貴方のものよ! 私の王子様ぁぁぁぁぁぁ!!」
逃げ損ねた―――――っっ!!
私が思わず膝をつく。
緊張感が漂う中、魔女が再び学園へと降り立った。
王子、割と毎回事後報告されます。