閑話・王子様の憂鬱(※またしても番外編です)
今回は王子視点となります。
次回から通常に戻ります。生温い目でお楽しみ頂ければ幸いです。
彼女が笑っている。
とても綺麗で、とても可愛らしい、その笑顔。
ずっと見ていたい。出来れば誰よりも傍で。
そう思いながら、その横顔を眺めた。
振り向かないかな。もう少しだけ、こちらを見てくれないかな。
ツンとすました顔も素敵だけど、花が綻ぶようなその笑顔が見たいんだ。
彼女が振り返る。
心臓が跳ねた。
彼女の真っ直ぐな視線に射抜かれる度に、胸が甘く締め付けられる。
ああ、こんな気持ちは生まれて初めてだ。
彼女に見つめられたい。
彼女に微笑みかけて貰いたい。
ああ私は、私はきっと―――。
★ ★ ★ ★ ★
「おはようございます、殿下」
パチリ、と目が覚める。
とてもいい夢を見ていたのに…と思いながら、体を起こした。
いつもと違う風景に内心首を傾げ、ふと思い当たる。
昨日の夜、久々に学園の寮から王宮へと戻って来ていたのだ。
「今日はとてもいいお天気ですぞ」
「ああ、本当だ。おはよう。今日はいい日になりそうだな」
「おわっふっ!?」
子供の頃から仕えてくれている侍従頭に挨拶を返して笑いかければ、にこやかだった彼は妙な声を上げて顔を強張らせ、手に持っていた水差しを床に落とす。
ガシャーン! という大きな音に、何事かと近くにいた者たちが駆け付けた。
「何事ですか!?」
「あばばばばばば!? で、でんばばばばば…!?」
「あばば? でんばば? 一体どうなされたのですか、侍従頭殿?」
駆けつけてくれた近衛騎士たちが困惑しながら侍従頭を起こす。
そうしてこちらを振り返った。
「殿下、一体何が…え」
「私にも分からないのだ。突然、このような状態になってしまって…どうしたのだろうか?」
問いかけながら近衛騎士たちを見れば、近衛騎士たちも持っていた槍を落とした。
「あ、あばばばばばば!?」
「で、でん、でんばばばばば…!?」
「お前たちまで一体どうしたのだ!?」
私が知らない間に何か可笑しな病でも流行ってしまったのだろうか。
不安になりながら別のものを呼ぶが、事態は混乱を極めるばかりだった。
駆けつけた侍従も近衛騎士も軒並み硬直しながら『あばば』か『でんばば』としか話さなくなる。侍女たちは悲鳴を上げたり、泣き出したり、気絶したりした。
オロオロとしていると、父である国王と母である王妃が駆けつけてくる。
「この騒ぎは一体何事だ?」
「皆、落ち着きなさい。何があったのですか?」
「父上、母上…」
途方にくれながら二人を見れば、二人とも目を見開いた。
「どうした、王子!?」
「え」
「あ、貴方、一体どうしたというのですか…!?」
「え、あの、何がでしょうか?」
目を瞬かせながら言えば、二人は声を揃えて言う。
「お前、私と目が合っているじゃないか!」
「貴方、私と目が合っているじゃないの!」
「………え?」
混乱の原因はどうやら私であったようだ。
★ ★ ★ ★ ★
「まぁ、そりゃ驚きますよ。憑りつかれていた時の殿下は、常に人の斜め後ろを見て会話していましたからね」
「自分には見えない後ろの誰かと話すから、侍女もメイドも怯えていましたし。殿下、完全に王宮で浮いてましたもんね」
「つい最近まで、オレ達も目が合いませんでしたから。王宮のものが怖がるから、なるべく帰って来るなって言われてたでしょう?」
「そ、そうだったのか…知らなかった…」
なるべく王宮に戻らずに学園の寮で過ごせとは言われていたが、勉学に励めとか、友情を育めとか、そういう意味で言われているのだと思っていた。
それがまさかの厄介払い。泣いてもいいだろうか。
「でも除霊係のお陰で、何とか日常生活に支障はなくなりましたし。除霊係様様ですね」
そう言われて、ドキリ、と心臓が跳ねる。
私に取り憑いていた悪霊を追い払ってくれた男爵令嬢。
心優しく、可憐な見た目に反した勇敢さと強さを持つ女性。
「除霊係は手放せませんよね!(いないと又、悪霊に取り憑かれるから!)」
「え、ああ、そうだな…!」
私は彼女に共にいて欲しいと願っている。
「彼女がいないと始まらないからな(日常生活的な意味で)」
「た、確かに…」
彼女がいなければ、行動に支障が出て困るのは確かだけれど。
「いっそ、召し上げますか?(側近として)」
「え、ええ!?」
そ、そんな、結婚だなんて!!
まだ告白もしていない! いや、彼女の名前すら知らないのに…!
ポポポッと顔を赤くしていると、側近の一人がピタリと立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「しっ! お静かに。噂をすれば…」
さっと物陰に隠れた側近の背後に寄れば、少し離れた所に彼女を見つける。その彼女の目の前には一人の男が立っていた。
あの男は見た事がある。私より年が二つ程上の伯爵令息だった筈だ。
「アイツは色男として有名な某伯爵子息…! 禿げろ!」
「泣かした女は数知れず! 学園でも指折りのナンパ師だという…! 爆ぜろ!」
「オレに堕とせない女はいないと豪語する男の敵…! もげろ!」
側近たちの言葉に思わず足を踏み出そうとして、直ぐに止められる。
「放してくれ! 彼女が汚される…!」
「大丈夫です! 怪我さ(せら)れるのは相手ですから!」
「手助けとか必要ありませんから!」
「寧ろ、邪魔になりますから!」
「だが、しかし…!」
不安で一杯になりながら彼女を見つめた。
相手の伯爵子息は、男の私から見ても美男子だ。自信に溢れ、まだ学生でありながら、年上の色気と包容力さえ伺える。まさか、彼女の好みだったら…と思うと気が気ではない。
ハラハラしていると、男の方が何かを言いながら恭しく手を差し出した。
彼女はいつものように凛とした顔のまま、優雅に礼を取る。
「悠久の彼方にお還り下さい、御不浄の方。来世ではご縁がありますように」
「え」
鈴が鳴るような声でそう言い、彼女は伯爵子息を置いてスタスタと歩き去った。
その場には、唖然とした後、ガックリと肩を落とした伯爵子息が残されている。
「…『いつの日か巡り会えることを願っています』。貴方に非はないけれど、縁がなかったのだと遠回しに伝えたのか。何と控えめで雅な断り文句だろう。ごふじょう…ああ、『ご富上の方』か。富める上位の者という意味だろうか?」
爵位が上の者に失礼がないように気遣った言い回しだったのだろう。
私が彼女の思慮深さに思わずため息を零せば、側近たちは揃って手と首を振った。
「違います」
「え」
「遠回しに品がいいような言い方してますけど、直訳すると『一昨日来やがれクソ野郎。二度と顔見せんな』って意味です」
「え」
「『土に還れウ●コ野郎』とも取れますね。慇懃無礼もここまで極めれば一種の才能です」
「…そ、そうか」
相変わらず、情け容赦が一切ない。
それでも、彼女らしい、と微笑ましく思ってしまうのは胸に宿った甘い想い故か。
しかし―――
「………お前たちばかり、彼女の事を分かっているのはズルくないか?」
「殿下、面倒くさい嫉妬は止めて下さい」
だって、ズルいんだもの。
私だって、彼女と仲良くしたいのに。
★ ★ ★ ★ ★
「こんにちは」
「………ちっ。どうも。ちっ」
「………」
舌打ちされた。しかも二回。
内心凹みながらも、めげずに話しかける。
「もし良ければ、一緒に帰らな…」
「あ、結構です。急いでますので」
「そ、そうか…」
食い気味に断られた。凹む。
一応、私は王子だった筈だが、彼女はまるで気にしない。
それが嬉しくもあり…悲しくもある。
何とか、会話を引き延ばそうと考えている内に彼女は学園の外に出てしまう。
咄嗟に追いかければ、彼女は小さな男の子と背の高い女性(何故か鼻血を出している。熱射病だろうか)の前で立ち止まった。
離れた所からそっと横顔を見つめれば、いつもとは違い、とても温かな目をしている。
思わずジッと見ていると、彼女がふわりと笑った。
時が止まる。
脳が沸騰したのかと思った。
グラグラと煮え滾る頭の中は、彼女の事で埋め尽くされる。
あの顔を向けられたものへの嫉妬で、心臓が焼き切られそうだった。
ああ、こんな気持ちは生まれて初めてだ。
彼女に見つめられたい。
彼女に微笑みかけて貰いたい。
ああ、私は―――私は彼女に愛されたい。
ようやく自覚した。本当はとっくに気付いていた。
暗く澱んでいた世界が、キラキラと輝いて見えたあの日から。
白い光に包まれていた美しい彼女を初めて目にしたあの日から。
ずっと二の足を踏んでいた。
彼女が余りにも振り向く気配がなさ過ぎて、勝率が余りにも低すぎて、踏み出す勇気がなかったけれど。
もう誤魔化せない。限りなく不可能だと分かっていても、私は奇跡に賭ける…!
ストン、何て可愛い音じゃない。
ドッスーンッ! と激しい音を立てて、深く深く、もう這い上がることが出来ない程に。
私は、あの難攻不落な彼女に、恋をしたのだ。
「…アイツ、本当に顔は可愛いですよね」
「本当に顔だけは可愛いんだよな。中身は残念どころじゃないが」
「中身がアレじゃなければ、極上なのにな。アレじゃなければなぁ」
顔を染めてそういう側近たちに私は笑いかける。
「悠久の彼方に還れ、不浄の者よ」
「殿下!?」
たとえ、信頼している側近であっても彼女は譲れない。
★ ★ ★ ★ ★
「あ、そう言えば、殿下聞きましたか?」
「何をだ?」
「魔女が逃げたんですって」
「そうなのか……………え?」
中々、恋だけに現を抜かすわけにはいかないようだ。
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