5・だって女の子だもん!(※性別の話です)
魔女との対決。
誤字報告ありがとうございました。
――――『言霊の巫女』。
それは遥か昔からこの世界の裏で暗躍してきた者達。
私はその唯一の末裔。
一族の血を引く女性のみに引き継がれる、言葉に力を乗せることが出来る稀有な能力。
その驚異的な力を、その強大さ故に、母も祖母も隠して生きていた。
そして、私もそう。
只の町娘だった私。今は只の男爵令嬢な私。
そんな私には『言霊の巫女』なんて立場はいらない。
優しい母と、可愛い弟。私は二人にとって平凡な『娘』であり、『姉』でありたい。
だからこそ、私は戦う。
『言霊の巫女』の力はいらない。必要ない。
私に必要なのは『立ち向かう勇気』だけ。
受け継がれてきた能力じゃない。――――これまで生きてきた己の力だけを信じて………!
「ソルト・スプラッシュ!」
「それいつもの物理攻撃ぃぃぃぃぃ!!」
今日も下っ端が煩い。
★ ★ ★ ★ ★
「ぎゃああああああああ!?」
目に痛い魔女(※男)が体をくねらせて、苦痛に悶えている。
「目がぁ、目がぁぁぁぁぁぁ!?」
その横で、王子殿下が目を抑えて蹲っていた。
「って、おいぃぃぃぃ!? 何で殿下ごと塩ぶつけてるんだよ!?」
「殿下を巻き込むことに躊躇なさ過ぎだろ!?」
仕方がなかった。魔女の近くにいたから仕方がなかったのだ。
「大丈夫。今のは様子見だから一握りだけだった。所謂『峰打ち』よ」
「いや、塩だからちょっとでも目に入ったら致命傷じゃねーか!? 殿下、ご無事ですか…!?」
下っ端が煩く騒ぐので、安心させようとわざわざ説明してあげたのにこの言い草。全く、パンの100や200じゃ割に合わない。
殿下は目を抑えながら、よろよろと立ち上がった。
「ク…ッ…だ、大丈夫だ…」
こちらを向いて、赤くなった目で笑う。
「彼女に痛みを与えられる事には慣れている……!」
「殿下、表現! 表現に気を付けて! 今、遠巻きにしている奴らがザワッとしましたからね!?」
大声で言いながらも、下っ端たちは魔女が悶えている間に素早く殿下をこちら側へと引き寄せた。
魔女が苦しみながらも、どさくさに紛れて下っ端たちのお尻を触ったり、揉んだりしていたが、特に何もせずに見守る。
「おい、アイツ本当に目が見えていないのか!? 的確にケツを触って来たんだが!?」
「オレなんか掴まれた! 一瞬だけど、的確に掴まれた! 何あれ怖い!」
「うう、ぼ、僕なんか形を確かめる様に両手で…もう、お婿に行けない…!」
ちょっと可哀想だったので、メソメソと泣く下っ端達のお尻に清めの塩を掛けてやった。
王子が羨ましそうな顔をしているがスルーして、魔女と対峙する。
「ううう…なんって野蛮なの!? いきなり塩をぶつけてくるなんて信じられないわ! 常識ってものが無いの!?」
「いや、振られる度に呪いをかけ、どさくさに紛れて人のお尻触る人に常識を語られたくないです」
「本能よ! 目の前にそこの可愛い男の子達のお尻がある! はい! 貴女ならどうするの!?」
「蹴ります」
「何で!? この子怖い! そこは触るでしょ!?」
魔女がよく分からない理論で喚いている。
「いや、普通は触らないと思うぞ」
「蹴りもしないよな」
「何でその二択なの? 怖すぎるわ」
「お前ら、目くそ鼻くそって言葉知ってるか?」
外野が煩い。
「えーっと、とりあえず、退場して頂けませんか? 早くしないとお昼休み終わっちゃうんで」
「何、休憩中に終わらせようとしてるの!?」
「ちゃんと授業を受けないと授業料が勿体ないじゃないですか」
「真面目! でも、御断りよ! せっかくここまで来たんだもの! 可愛い男の子の一人でも捕まえなきゃ帰るに帰れないわ!」
「よし、下っ端! ゴー!」
「この悪魔―――!!」
手っ取り早くこの場を収めようとしているのに、悪魔呼ばわりかよ。
でも、本人が嫌がってるなら仕方がない。
「じゃあ、後は当人同士で話し合って決めて貰うという事でいいですか?」
「オッケー! それでいいわ!」
「いや、良くないぞ!?」
「王子の必死の抵抗見てただろーが!」
「オレらが泣いてるところも見てたよな!?」
「いや、本当に助けて下さい! おねがいじまずぅぅ…っ!!」
泣きが入ってしまった。これではまるで私が極悪人のようではないか。
じゃあ、仕方がない。
「嫌がっているようなので…」
「嫌よ嫌よも好きの内じゃない?」
「いや、好きだったら呪い掛けられるまで拒否しないって、今、思い出したので」
「今まで忘れてたの!?」
王子が何故か驚いているが、私の記憶メモリは基本的に義母と義弟にしか使われないので仕方がないのだ。
あれも仕方がない。これも仕方がない。―――だから、仕方がない。
「魔女さんには強制的に退場いただきましょうか」
「やれるもんならやってみなさい!」
魔女が面白そうに笑って手を振りかざす。
多分、呪いとかそう言ったものを掛けるつもりだったんだろう。
けれど、呑気にそんなものに掛かるほど馬鹿じゃない。
私はポケットに手を入れながら、全力で魔女に突っ込んだ。
距離を取ると思われた私が突っ込んでくるので、魔女は大きく目を見開いている。―――勝機!
私は、力一杯地面を踏みしめて、魔女に向かって両手を突き出しながら跳ぶ。
「スペシャル・ソルト・クラッシュ!!」
「ほぎゃああああああああ!?」
「結局いつもの塩――――!!」
私は下っ端の突っ込みを聞きながら、塩を握り込んだ両手を魔女の両目に押し付けた。
魔女の体勢が崩れたので、すかさず拳で魔女の逞しいお腹を強打する。
「ソルト・ブロー!」
「グハァッ!?」
「ソルト・バレット!」
「ブフゥッ!?」
「サマー・ソルト・キィィィーック!!」
「ぎゃあああああああああ!?」
「最早ただの暴力ぅぅぅぅ――――!!」
下っ端の雑な突っ込みに内心でダメ出ししながら、お腹、頬、顎と順番に一撃ずつ入れると、魔女は悲鳴を上げながらズッシャァァァァアと地面へと崩れ落ちた。
筋肉は見掛け倒しだったのか、か弱い女子の拳でピクピクしている。
「いや、か弱くないだろ!? 今現在、お前が王国ナンバー1の拳闘士だよ!」
「私の力じゃない…これのお陰よ」
私は拳を開いた。
そこには戦いが終わり、キラキラと輝く光へと変わった塩の結晶が瞬いている。
「これが私を守ってくれた…」
「嘘つけ! 握り込まれ過ぎて塩が融けてるじゃねーか!」
「単純に物理で魔女を倒したんだろ!? 何か弱い令嬢気取ってるんだ、図々しいな!?」
「技名に『ソルト』つけてても騙されねーからな!?」
「そ、そんな…やはり、彼女の持つ白い粉は私を幸福へと導いてくれる魔法の粉だったのか…!」
「騙されないで殿下! 目潰しの時以外、塩は関係ない!」
「この人、直ぐに騙されるんですけど!?」
「だから呪いに掛かるんだよ、もう!」
目を輝かせる王子と、ギャアギャア騒ぐ下っ端に、とりあえずニコリと笑っておいた。
何故か、全員が頬を染めて黙り込む。…さてはこいつ等、何だかんだ言いながら女子に免疫ねぇな? こんなにチョロかったら私みたいな平凡な女子でも簡単に騙せるぞ、おい。
呆れながら、私は魔女をテキパキと縛り上げる。
「じゃあ、後は警備の人に任せましょう」
「手際が良すぎて引く…」
「今すぐ、魔女さんを解放しましょうか?」
「やめて下さい、お願いします」
やれやれと息を吐いて、今度こそ私はその場を離れた。
何故か、遠巻きに見ていた生徒たちが青い顔で道を開ける。
………明日から、変装して通おう。そうしよう。
私はパクリ、とパンを頬張った。
「………アイツ、あのパン、23個目だぞ…」
おい、周り。ザワッとするな。
運動するとお腹が減るんだよ。だって、女の子だもん!