4・魔女がやって来た(※誰も呼んでいない)
ここから新作です。
「あら、見つかっちゃった? でも、ごめんなさいね。ここで見つかる訳にはいかないのよ」
パチンとその人が指を鳴らした瞬間、体の力が抜ける。
「私を見た記憶だけ消させてもらうわ。悪く思わないでね。目的があるの。そう―――」
クタリとゆっくり倒れ込めば、その人は私の横を通り抜けながら、言った。
「私好みの男の子をゲットするまでは、見つかる訳にはいかないのよ…!!」
だから、ゴメンなさいと軽く言い残して、その人はルンタ、ルンタとスキップしながら去っていく。
その人が去った後、直ぐにパァンッと弾けるような音がして、私は目を覚ました。
『馬鹿ねぇ。言霊の巫女に術なんか効く訳ないのに』
「………今の何?」
バッチリとメイクされた顔にピンク色の髪。露出の多い服。
――――そして、騎士団が泣いて負けを認める程のムッキムキの肉体。
うん。見なかった事にしよう。
『あれ、いつも振られた男に呪いをかける事で有名な『魔女』よ』
うん。見なかった事にしよう。それがいい、そうしよう。
★ ★ ★ ★ ★
「大変だぞ、除霊係―――っ!」
「人違いです」
「その件はもういいから!」
今日も下っ端が元気だ。パンが美味い。
「飯食ってる場合か!」
「今、昼休みですけど」
「そうだけど、殿下が大変なんだ!」
「逆に聞きますけど、殿下が大変じゃなかった事ってありますか?」
「そうだけど! あーもう! ああ言えばこう言うぅぅ!」
「落ち着け! コイツのペースに飲まれたら終わりだ!」
「分かってるけどムカつくぅぅぅぅ!」
下っ端はガリガリと頭を掻き毟った。
私はパンをムシャムシャ食べながら、それを眺める。
「とにかく助けてくれ! 殿下が大変なんだ!」
「今度はどうしたんですか? 塩の追加なら、ロッカーにありますけど」
「それはいい! いや、良くない! 良くないが、それ所じゃないんだ!」
「殿下だけじゃなく、学校中が大騒ぎになってるんだ! 寧ろ、こんなに大騒ぎになってるのに、何でお前はムシャムシャ呑気に昼飯を食っている!?」
「お昼休みなので。え、もしかして殿下、遂に死んじゃいましたか?」
「縁起でもない事は言うな!」
「でも、もしかすると時間の問題かも…!」
「肉体的な意味ではなく、精神的な意味ではいつ死んでもおかしくないというか…!」
要領を得ないなぁとパックの牛乳を飲んでいると、真剣な顔で下っ端が言った。
「学園に魔女が現れたんだ……!」
私は直ぐに牛乳を飲み干し、残りのパンを咥え、カバンを持つ。
「だから一リットルの牛乳を飲んでる場合じゃ…いや、どこへ行くんだ!?」
「魔女が出たんですよね?」
「あ、ああ…!」
戸惑いながら頷くのを見て、私は頷き返した。
「じゃあ、帰ります!」
「ちょっと待てコラ―――!!」
下っ端が何故か止めてくる。
「邪魔しないでください! 急いでるんですから!」
「邪魔するわ! 逃げるな!」
「対抗できるのはお前くらいしかいないだろうが!」
「おい、お前ら不用意に近づくな! サスマタを使って追い込め!」
私は野生動物かよ。
「―――誤解しないで。私は別に殿下の事がどうでもいい訳じゃないの」
「なら…」
「ただひたすら面倒くさいだけよ!」
「おい、こいつ最悪だぞ!? 絶対逃がすなよ!」
サスマタで三方から追い詰められた私は、仕方がなく殿下の救出に向かう事になった。
「殿下は今、一人で魔女と対峙している。お前が渡した塩で何とか対抗できているが、塩の消費が激しく、いつ倒れてもおかしくない状況だ!」
「塩すげぇな」
「気を落ち着けて見ろよ。魔女は恐ろしい姿をしている」
「魔女って、完璧にメイクしてるピンクマッチョの事でしょ?」
「…何で知ってるんだ?」
「いや、今日の朝、学園の裏庭で天使のお土産にどんぐり拾ってたら、裏門よじ登って侵入してたから」
「………」
下っ端三人衆は押し黙る。
「…み」
「み?」
「見てたんなら、そこで止めろ―――!」
「か弱い女子に何て無茶ぶり。鬼かよ」
「真にか弱い女子に謝れ! 鬼はお前だ―――!」
全く失礼な。こんなか弱い淑女に向かって。モグモグ。
「か弱い淑女はサスマタで囲まれて、平気でパンを食ったりしない!」
「そう言えば、魔女が立ち去る時、『王子もいいけど、側近の子たちも結構タイプ! ちょっと味見しちゃお! うふ!』って言ってましたよ」
「え!?」
私の一言に下っ端たちは真っ青になった。
「し…」
「し?」
「白い粉をオレに売ってくれぇぇぇ!」
「白い粉言うな」
「ずるいぞ! オレの方が先だ! オレに白い粉を…どうか、白い粉をぉぉぉ!」
「金はいくらでも出す! だから、白い粉を売ってくれぇぇぇ! あれがないと、死んでしまうぅぅぅ!」
「風評被害止めろ。マジで」
ギャアギャア喚く下っ端に舌打ちしながら、やって来たのは大講堂。
そこでは王子が魔女と対峙していた。
「ああーん、王子様素敵ぃ! チュッチュッ!」
「く…っ…それ以上、近づかないでくれ…!」
「そろそろ限界でしょ? 私の愛を受け取ってー! んもう! この白いの邪魔ねぇ!」
これは酷い。
思わず同情するくらい魔女にドン引きした。
そして、本当に塩が殿下を守っている事にもドン引きだ。
トルネードのように渦を描きながら、魔女が近づくのを拒んでいる。
何であの塩はあんなに頑張ってるんだ。
只の特売の塩の筈なのに。
『貴女が特別な塩だって言ったから、塩がその気になったみたいね』
塩スゲェ。
「除霊係…後は頼む!」
「お前に任せた…!」
「信じてるぜ、お前の力を…!」
「丸投げかよ」
私の後ろに隠れながら口々に勝手な事を言う下っ端たち。まぁ、期待してなかったけど、ムカつくから後で殴ろう。
仕方がなく、私は一歩前に出た。
魔女が私に気が付く。
「あら、なぁに?」
「すみませーん。そこの殿下、うちの国のなんですよー。返してもらえませんかねー?」
「間違えて隣家で使われていたバケツみたいに、殿下の返却を頼むな!」
下っ端が煩い。こいつは拳骨追加だ。
「私から愛する人を奪う気? 愛し合う二人を引き裂こうだなんて…人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるわよ?」
「愛し合った覚えは一度たりともない! 信じてくれ!」
「いや、知ってますけど。愛し合ってたなら、呪いなんて掛けられないでしょ?」
何故か凄く必死な顔で言ってくる殿下にとりあえず返事をする。
魔女はピクリと顔を引き攣らせ、私を睨み付けた。
「貴女―――私から彼を奪うつもり?」
「いえ、別に。でも、一方通行のようですし、今回はこの辺でお開きにしませんかね?」
「ちょっと若くて可愛いからって調子に乗ってるわね!?」
「え、褒めて下さってありがとうございます?」
「キィーッ! 悔しいぃぃぃ! 絶対に許さないわ!」
とりあえず怒らせないように慎重に答えていたのに、何故か怒髪天だ。解せぬ。
王子が何故か感激したようにこちらを見ているのも訳が分からないよ。喜ぶ要素あったかな?
どうしたもんかと困っていたら、何故か魔女が自信満々に鼻を鳴らし、胸を張った。素晴らしい胸筋ですね。
「フンッ! 何だかんだ言っても、所詮小娘にどうこうされる私じゃないわよ」
「はぁ。そうですか」
「フフフ、私を倒したいというのなら、そうね…」
魔女は嘲る様な笑みを浮かべながら言い放った。
「『言霊の巫女』でも連れてくる事ね!」
「…な…っ…」
「………」(←※言霊の巫女)
王子が絶句し、私は白目を剥く。
立った―――! フラグが立った―――! わーいわーい!
………って、ふざけるなっ!!
「『言霊の巫女』だと…!」
白目を剥いている私を余所に、王子が険しい顔をした。
「『言霊の巫女』は初代王の妃でもあった伝説の女性! 妻とすれば繁栄が約束されるという、王家がずっと探している存在だ…! そんなに簡単に見つかる訳がないだろう!」
「………………………」(←※伝説の言霊の巫女)
王子が、フラグを、固定し始めた!
『言霊の巫女と魔女と王家は因縁が深いのよねぇ』
『さよう。昔から、切っても切れぬ間柄じゃからな』
『言霊の巫女は、本当に昔からダメ男が好きだったからのぉ』
いらん情報言うな。
気絶していいかな? 駄目? マジかよ。