8・ともだちができました(※学園にきて一番嬉しかった事です)
気がつけば新時代直前。大変遅くなりました。
新キャラ登場です。お楽しみ頂ければ幸いです。
「そこの貴女。少しいいかしら?」
「ふんふふーん」
「貴女よ、貴女。聞いているの?」
「ふふふんふんふんふーん」
「ちょっと、待っ…」
「ふんふんふんふんふふーん」
「お待ちなさいな、そこの鼻歌の貴女!」
「ぎゅおおおおぉぉぉん! ズダダダダ! ダッダァァァ―――ンッ!」
「怖い怖い! 何!? 今、何が起こったの!?」
「…ん?」
何故か悲鳴の様な声が聞こえてきたので足を止めて、振り返る。
こちらに手を伸ばし、涙目の女性が立っていた。
「もしかして、私に何か御用ですか?」
「そうよ! ようやく振り返ったわ! 無視しないで!」
何故か責められたし。解せぬ。
+ + +
「貴女、最近王太子殿下を篭絡しようとしているという噂の男爵令嬢の事を何かご存知?」
「いえ、初耳です」
私を涙目で引き留めた女性は他国から留学中の王女様だった。
つい最近、こちらへやって来たばかりだという王女様は何故かずっとこの学園にいる私よりも情報通のようだ。
全く聞いた事もない寝耳に水な話を聞いて、私は首を振る。
「本当に? 噂では随分と可愛らしい女性で、王太子殿下だけでは飽き足らず、恥知らずにもその麗しい側近の方々まで篭絡しようとしていて、常に殿下と側近の方々を侍らせていると聞いたのだけれど」
「聞いた事もありません。そんなに噂になっているんですか?」
「この学園の者なら誰でも知っているという話だったわ」
王女様は私の怪訝そうな顔を見て、キョトンとしていた。
王太子殿下といえば恐ろしい程の霊媒体質で、今でも度々憑りつかれては私に塩をくれと泣きついてくるお人の筈だ。
その側近と言えば、そんな王子を私に丸投げしてくる下っ端達の事の筈。
何て事だ。アイツらのせいで私はいまだに友達もおらず、こんな学園中の皆が知っている噂すら知らない。アイツらのせいで友達が出来なかったから。
更に、最近ではクラスメイトも余所余所しく、たまに話しかけてくるのは何故かやたらと髪を掻き上げる男子生徒ばかりで、女子生徒は私を見て悲鳴を上げるか、失神するかで会話になった事がない。
初めてかもしれない。この学園でこんなに女子生徒と話したのは。
しかし、その喜び以上に王子たちが青春を謳歌していた事実が腹立たしかった。
困り事はすべて私に丸投げで、自分たちは見目麗しい男爵令嬢とやらとキャッキャうふふの楽しい日々を過ごしていたとは許しがたい。私はアイツらのせいで、理不尽にも遠巻きに見られ、友達すら出来ていないというのに!
「許せませんね…」
「そうよね! 貴女、分かっているじゃない! 身の程知らずにも程があってよ!」
「王子諸共木っ端みじんにしてやりましょう!」
「何で!? 王太子殿下たちは木っ端みじんにしては駄目よ!?」
意気揚々と私に賛同してくれた王女様は、何故か慌てて止めに入った。
「王太子殿下たちはきっと騙されているだけだと思うわ」
「成程…では、王子殿下は八つ裂きにしましょう! そのオマケ共は細切れでいいですよね?」
「良くないわよ!? 完全に王太子殿下達を始末しようとしてない!? 何でそんな執拗に王太子殿下たちの命を狙うの!? 何か恨みでもあるの!?」
「あるかと言われれば…まぁ、山盛りとしか答えられませんけれども」
「怖い怖い怖い! 誰に聞いても具体的な話になると青い顔で目を逸らすからって、聞く相手を完全に間違えてしまったわ! 今の話は一旦忘れて頂戴!」
「今こそ、討ち取るべき時…!」
「落ち着いて! とりあえず落ち着きましょう! はい、深呼吸して!」
王女様は必死で話しかけてきている。
この学園に来てから、こんなに長い時間話した女子生徒は初めてだ。
何だか、初めて女友達が出来そうな予感……
「では、王女様に免じて一旦刃を収めましょう」
「そうして頂戴…何でこんなヤバい子に話しかけてしまったのかしら…」
「私、友達は大切にする方なんです」
「そう、それは素晴らしいわね。何で今このタイミングでその話題が出てきたのかには触れないようにするわ」
「私、友達は大切にする方なんです」
「何で二度押ししてきたの!? やめて! そんなキラキラした目で見ないで頂戴! 怖い! 目を合わせた瞬間、何かを失う気がするわ!」
王女殿下は何故か青い顔で目を逸らしながら、思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだった! 私、お茶会の為のお菓子を取りに行かなければいけなかったのよ。じゃあ、もう行くわね!」
「お供します」
「何で!? 今完全に別れる流れだったわよね!?」
「荷物はこれですか?」
「そうだけど、お菓子だけじゃなく茶器もあるし、女の子に持てる重さじゃ…」
「どこまで運びましょうか?」
「軽々と!? 貴女何者なの!? いいえ、やっぱり聞きたくないわ!」
私が荷物を持ち上げると、王女様はオロオロとしながら周りを見回し、誰とも目が合わなかったせいか、やがて肩を落とす。
女友達ゲットのチャンスを逃してなるものか。私からこの荷物を取り上げるというのならば、その命を懸けるがよい…! と、いう気持ちで周りを見ていたから、その願いが通じたのだろう。
「…お茶会には王太子殿下もお誘いしているのに、こんな危険人物を連れて行ってもいいのかしら…? …いいえ、落ち着くのよ、私。大丈夫。まだ約束の時間ではないし、荷物だけ置いて行って貰えばいいのだから…」
王女殿下は何かを小声で言った後、私に笑顔を向けた。
「じゃ、じゃあ、お願いするわ」
「イエス、サー!」
「…それは何か違わない?」
「イエス、マム!」
「そこじゃない!」
私は神妙な顔で頷きながら、溜息も麗しい王女様の後について行ったのだった。
+ + +
「何で取り寄せたクッキーが一枚も無いの!?」
お茶会の場所として借りていたサンルームに着いた途端、荷物を確認していた王女殿下が悲鳴を上げた。
「あ、美味しかったです」
「食べられてた! そんな馬鹿な事って…! 念の為に百枚用意していたのだけど!?」
「丁度お腹が減っていた時に箱からいい匂いがしてきたので。お陰で小腹が膨れました。ありがとうございます。お優しいんですね」
「悪びれもない!? 何でちょっと照れてるの!? お腹が空いたからって普通勝手に食べる!? 貴女に上げた覚えはないし、全部食べた事にもドン引きしていてよ!?」
そう言った後、王女様はガックリと肩を落とす。
「…もうお茶会まで時間もない…でも、お菓子もないお茶会なんて…」
「そんなに大切なものを私に下さったのですか」
「いや、だから上げた覚えは…いいえ、きっと貴女に荷物を預けた私が悪かったのよね…常識外の子だと先ほど分かっていたのに…折角、王太子殿下に興味を持って頂こうと用意したものだったのに…」
嘆く王女様を見て、私は使命感に駆られた。
「ご安心ください」
「え」
「私が代わりのものを用意してきます」
「え、いいの…? いえ、元々貴女のせいではあるけれど」
「私、友達は大切にする方なんです」
「…これ、突っ込んだら負けの奴よね? でも、もうこうなったら何でもいいわ。お願いするわ!」
「はい!」
友達の為なら、多少面倒でも頑張る。
私は全速力で代わりのものを手に入れる為、走り出した。
―――十分後。
「何でパンを買ってきちゃったのぉぉぉぉぉぉ!? お茶会って言ったでしょぉぉぉぉ!!」
私が買ってきたものを見た王女殿下が床に手をついて嘆いている。
「お菓子が必要なのよ! お菓子が!」
「お菓子がないなら、パンを食べればいいじゃない」
「どこのフードファイター!? 欠食児童なの!? 聞いた事がないわ! 逆ならあるけど!」
「王女様、世の中には菓子パンというものがあるのですよ」
「ドヤ顔してるけど、貴女が買ってきたの只のコッペパンンンン!!」
「パンはパンでも食べられるパンはパンですか?」
「何を言いたいのかも、何を聞きたいのかも、何が正解なのかも、まるで一欠けらも分からないぃぃぃぃぃ!! まるでここはラビリンスゥゥゥゥゥゥ!!」
王女殿下は地上に出てしまったアシカの様におうおうと悲しんでいる。
ハッ! これはきっと私が何とかしなくてはいけない場面では?
そう、全ては初めての友達の為に――――!!
「安心して下さい。お茶会は中止になりますから。――――今から、王子殿下を仕留めてきます!」
「それ何一つ安心できない奴ぅぅぅぅぅぅ!!! 待って待って! ちょっと待ってぇぇぇぇぇ!! 友達になるから! 友達になるから止めてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
こうして、私に初めての女友達が出来た。
「これから、よろしくお願いしますね」
「え…貴女、笑えたの? その笑った顔、凄くかわい…何それ反則…え…ええ?」
今日は記念日だ。




