真紅眼の男
「船が出ない!?」
王都パルクシアに向かうため船を探しに港町ヴェーネにある船の運航協会に足を運んだカイルたち。
「大変申し訳ございません。数日前より近海に魔物の大量発生の情報が入りまして、現在運航を停止しております」
「そんなぁー」
運航協会の受付をしている女性は丁寧な口調で事情を説明する。思わぬアクシデントに二人は頭を悩ませる。
「どうする? 船が使えないんじゃ陸路から行くしかないかな?」
「そうね、ここで立ち止まってるのもなんだし、少し時間はかかるけど……」
とパルクシアまでの道のりを再度検討する二人の隣で大きな話し声が聞こえる。何か揉めているようだ。
「お客さん、船はでないんだよ!」
「わかんねぇーやつだな! その海に出るって言う魔物さえ退治すりゃあいいんだろ!」
受付の男性と口論する男の顔を見て、メグの表情は一変した。まるで血で染めたような真紅の髪と瞳。この国にもそうそう見る瞳の色ではない。体格のいい男性はカウンターに腕を乗せもたれ掛かるようにして話をしている。
「カイル、カイル、あれ!」
回りには聞こえない程の声でカイルに耳打ちをする。小さな声で話すメグに合わせるようにカイルも声量を抑えて話す。
「なんだよ、メグ」
「隣のあの男の眼、ジダバルさんが言ってた……」
そこまで言われてカイルもハッとする。シンを連れ去ったフードを被った男の瞳の色も真紅であるとジダバルから聞いていた二人は男に対する警戒を強める。
「魔物を退治ってお客さんにそんなことが出来るのかい?」
「あぁ、任せろ。きっちり退治してやるよ」
「わかりました。それじゃあ、明日の朝一隻船を用意させて頂きます」
観念した受付の男が折れる形で、二人の話が纏まりを見せていた。そこにメグが手を上げ、割り込むように口を挟む。
「はい! 私たちも魔物退治に協力します!」
その咄嗟の行動に驚いたのは話をしていた二人だけではなく、メグの隣にいたカイルもであった。
「メグ、何言ってるんだよ!」
「今は少しでも情報を集めるしかないでしょ」
ひそひそと話すカイルたちにかったるそうに二人を見ながら男は話す。
「何をこそこそ話してやがる。それにお嬢ちゃんこれは遊びじゃないんだ、諦めな」
「わかってます。私たちはホールズ出身のコヴァターです! 戦えます!」
その言葉に男の表情が一変したことに二人は気が付いた。「ほぉー」と言葉を吐きながら先程までの面倒そうな表情から面白そうな玩具でも見つけた子供のように少し頬を上げ、不敵な笑みを浮かべる。その特徴的な真紅の眼が二人をじっくりと観察するかのように動く。
「そうか、お前らコヴァターか。良いだろう、一緒に連れていってやる。明日の朝ここに集合だ、いいな」
それだけ言うと男は運航協会を出ていった。残された二人も外に出て今日の宿を探す。
「はい、一人一泊百コルドね」
港町であったため、宿を探すにはさほど手間取らなかった。いくつかある宿のうちの一件に入ると宿屋の女将さんが笑顔で接客をしてくれた。
「あっはい……、ちょっとカイルあんたいくら持ってるの?」
少し女将さんと距離を取り、自分たちの旅費について確認する。この三日間は持ってきた物だけでなんとかなったが、これからはそうも行かない。どれ程の長旅になるかわからないため、お金の節約は必須と言える。
「え? えっと、千コルドぐらいかな?」
「千コルド!? あんたよくそれで旅に出ようだなんて思ったわね!」
この大陸全土で使われているそれぞれの材質で作られた丸い形の通貨コルド。鉄貨一枚で一コルド、銅貨一枚で十コルド、銀貨一枚で百コルド、金貨一枚で千コルドで取引されている。一般男性の平均年収は十万コルド程度だと言われている。そこから換算してもカイルの所持金千コルドは些か旅をするには不安な金額である。
「そう言うメグはいくら持っているんだよ?」
「私? 私は急なことだったから六千コルドぐらいしかないわよ……」
二人の所持金を合わせて七千コルド。二人で一週間程度の旅であれば問題のない金額ではあるが、先を見通せない現状では余裕があるとは言いにくくい金額であることは間違いなかった。
(どうしよう……、三日振りの暖かい布団とシャワーは魅力的だけど、ここで二百コルドも使うのは……)
現状についてなんとも思っていないカイルと苦悩を滲ませるメグ、そんな二人のやり取りが聞こえていたのか女将さんが心配そうに尋ねる。
「なんだい、あんたたちお金に困ってるのかい?」
「いっいいえ、大丈夫です……」
メグは必死に体裁を守ろうと否定するが、先ほどまでのやり取りを見ていてはその行動は逆効果でしかなかった。
「なら、こういうのはどうだい? 今晩泊める代わりに店を手伝ってはくれないかい?」
「え?」
「今朝旦那が腰を痛めちゃってね、今晩店をどうするか悩んでいたんだ。あんたたちがよかったらだけどね」
この宿屋は二階に泊めれる部屋があり、一階は居酒屋として経営しているようだ。どうやらここは夫婦で切り盛りしているようで、他の従業員の姿がない。そんな中旦那さんの負傷はこのお店にとってかなりの痛手となるっている。
「いいんですか?」
メグは再度確認するように尋ねる。いくらお店の手伝いをした所で短時間で二百コルドもの金額を稼ぐのはかなり難しい。ほとんど女将さんのご厚意によるものであろう。
「若いもんが遠慮なんかするもんじゃにないよ。それに実際私も助かるからね」
「ありがとうございます!」
そうして二人は無事今夜の宿を決めることができた。だが、夜の居酒屋と言うものは二人が想像していたよりも遥かに世話しない所であった。
「こっちに酒持ってきてくれ!」
「ここの料理まだ?」
「はーい、ただいま!」
たった数十個のテーブルしかない店内であったが、そのお客さんの数はとてもじゃないが、女将さんと素人二人で賄いきれる量を凌駕していた。付け加えて、元々は旦那さんがキッチン、女将さんがフロアで仕事していたようで、旦那さんの代わりにキッチンに立つ女将さんは慣れない仕事で手間取っているようだ。
(このままじゃヤバいな……)
必死にフロアを駆け巡る二人もこの状況が危険な状態であることは容易に理解できた。そんな時動きを見せたのはメグであった。フロアから女将さんのいるキッチンへと近付いていく。
「もしよかったらキッチン代わらせてもらえませんか?」
「え? あんた大丈夫なのかい?」
てんてこ舞いであった女将さんからすれば有り難い申し出ではあるが、店の印象すらも左右する料理の味を今日会ったばかりの少女に託すのは不安が残る。
「はい、もしダメだと判断されたらすぐに戻りますので」
「そうかい? それじゃあ任せてみようかね」
女将さんとキッチンを入れ代わったメグはピンク色の長い髪を後ろで纏めながら、改めて店のメニューを眺める。
(よし! これならなんとかなりそうね)
入れ代わってからの業務効率は素晴らしいものであった。キッチン、フロア共さほどお客様を待たせることなく、料理を提供していく。
村の集会等で大勢で食卓を囲む際、婦人たちよりも群を抜いて手早く料理を提供していたメグにとっては造作もないことである。
「旨い!」
「これ美味しいな」
「女将さん、これおかわり!」
料理の手が早くなったかと思うと次はその料理の旨さに注文が殺到する。
「こりゃあ驚いた」
予想だにしていたなかった現状に汗をかきながらも嬉しそうに女将さんは声を漏らす。
「いやー、本当に助かったよ。あんたの料理はどれも大好評だったよ! 特にバムルイカの料理は漁師たちにも評判良かったよ」
そんな注文の波も一段落着いた頃、にこやかな笑顔浮かべる女将さんはめぐに賛辞の言葉を投げかける。
バムルイカとはここヴェーネでよく捕れるイカの一種であり、その体は透明度が高く、肉厚も良く、刺身、煮物、焼き物なんでも使えるこの町の名産物である。
「ありがとうございます。元々料理は好きだったので」
ホールズ村以外の人物に料理を称賛されたことがなかったメグは少し照れながらも嬉しそうであった。
そんな談笑をしていると、お店に来ていたお客の話が耳に入った。
「くそー! 本当に商売上がったりだ!」
「例の魔物のせいで船も出せないからな……」
それはこの町の漁師たちであった。「例の魔物」という言葉に反応し、メグは慌ててそのテーブルへと近付く。
「そっその話もう少し詳しく聞かせてください!」
「うん? 詳しくったって例の魔物のせいで俺達が船を出せずに困ってんだよ」
「その魔物って?」
「俺も直接見た訳じゃないからはっきりしたことは言えんが、青白い体のそれはそれは大きな魔物らしい。そいつが何隻もの船を沈めたって話だ。」
「そうそう、それで俺たち漁師は危なくて船が出せねぇのさ」
(青白い肌に、海に出る大きな魔物……)
漁師たちの話を聞き終え、店も一段落するとカイルたちは用意された寝床へ二階へと移動する。
明日の作戦を練るためカイルの部屋に集まることにした。用意された部屋は一人部屋ため、そのまで広くはなく、カイルは角におられた椅子に、メグはベッドの上に座る。
「どう思う?」
「どうとは?」
「さっきの漁師さんの話よ!」
そのやる気のなさそうなカイルの反応に少し大きな声を出すメグ。
「どうってわかったことと言えば大きな魔物ってだけだろ?」
「まぁそれはそうなんだけど、青白い肌の魔物ってなんかピンとこなくて…… 」
魔物の正体についてはホールズ村にある魔物の書物は一通り眼を通したカイルでさえも見当がつかなかった。
「謎の巨大魔物に、謎の赤眼の男…… 謎だらけね」
メグは両手を膝に付け掌に顎を乗せて、深い溜め息を吐く。
「つまりは出たとこ勝負ってことだね」
「それもそうね。今考えても仕方がないし、三日振りのお風呂を満喫してくるわ」
考えるのをやめたメグは大きく背伸びをし、自身の用意された部屋へと向かっていた。
そうして、魔物討伐の朝を迎えるのであった。