一騎討ち
「なぁカイル、なにがどうしてこうなったのだ?」
「そんなの僕だって聞きたいよ……」
村から少し離れたコヴァターたちが使う訓練所で、二年経っても幼女の姿のままであるテナは隣に立つカイルに少し呆れた風にこの状況の説明を求める。しかし、聞かれたカイル自身も現状に納得ができておらず、回答することができないでいた。
この状況と言うのは二人の前に立ちはだかるように対峙するメグとギュウタス、それを見守るように立っているジダバル。そう、宛ら一騎討ちのようだ。
(こうなったのもメグが……)
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それは先程までいたジダバル邸でのこと。
「勝負よ! 勝負!」
「だから、なんで僕とメグが勝負するってことになるんだよ」
突如立ち上がったメグの暴走にカイルも部屋の主であるジダバルも唖然となる。
「外の世界に行くぐらいなんだから私なんて簡単に倒せるでしょ!」
「いや、だからそうじゃなくて……」
「だって、だって……」
(カイルがこのまま外に行くなんていや……)
感情が高ぶったせいか今にも涙が溢れそうで思わず顔を両手で覆う。
「二人ともそこまでにせんか。確かにメグが言うことも一理ある。カイルの実力を図るにはいい機会じゃ、本来ならば儂が直々に相手をしてやる所じゃが、今の儂にはその力がない。その役目をメグに任せるとしよう」
「そんなジダバルさんまで……」
長く白い髭を片手で撫でながら、ジダバルは更に続ける。
「もしお主がメグに勝つことができたなら村を出る許可を出そう」
「本当ですか!?」
「但しじゃ、もしお主が負けた時はまだ村を出るのは早かったと諦めてもらう。二人ともそれでよいな?」
これがジダバルが出した最大の譲歩であった。待ちに待ったチャンスを逃すまいとカイルもその提案に応じたのであった。
「それでは二人とも準備をし、村外れの訓練所まで来るように」
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「両者ともによいか? もう一度ルールを確認するぞ。
勝敗はどちらかが戦闘不能になった場合もしくは敗けを認めた場合じゃ。
武器、スキルカード、魔法は使用可能、マジックカードは使用不可よいな?」
ジダバルの説明に二人とも相づちを持って返答する。
「カイル! 手加減はなしだからね!」
「わかってるよ!」
(少しは手加減してほしいけど……)
少し離れた所から手を大きく上げてアピールするメグに強がって言葉を返すが、内心弱気なカイル。
それもそのはず、いくらこの二年間努力を続けてきたとは言え、向かいに立つは学舎でも一、二を争う実力者。そう易々と勝たせてくれそうもない。
「カイル、やるからには勝ちに行くぞ」
「あぁ、もちろん!」
そんな不安を取り除いてくれたのは隣にいるテナの言葉であった。これまでの頑張りを見せ付けてやろう。そう言わんばかりの気迫をテナから感じたのである。
「では試合開始!」
ジダバルの合図と共に二人の戦いの火蓋は切って落とされた。
(さてどうするかな……)
カイルは半身になり、腰に巻き付けた短刀を抜き下方向に構えを取る。この二年間、短刀を用いた近接戦闘術を父親から習っていた。それは基本前衛で戦うテナが思う存分目の前の敵に集中できるようにと自分の身を守るためだ。
そのため、ギュウタスにこの短刀で勝負を挑むつもりはないが、一種の習慣付けのように構えを取ったのである。
そんなカイルの隣でリゴーナ洞窟で具現化することに成功した自前の銀槍を手に取り、いつでも攻撃を仕掛けれるように体制を整えるテナ。
カイルはテナにだけ聞こえるぐらいの声量で語りかける。
「いいかいテナ、僕たちがメグたちより上回ってるのはスピードだ。スピードで撹乱しスキルカードで一気に決めるよ」
「うぬ、了解した!」
カイルの立てた作戦に素直に頷く。カイルにはもう一つ勝負を早く着けないといけない理由があった。それは魔力量の差。例え力が均衡したとしても、勝負が長引く分だけ魔力量の少ないカイルにとっては勝機が薄れていくのは必至であった。
カイルの作戦通り対象をギュウタスに絞り駆け出し、一瞬にしてギュウタスとの距離を積める。足元に来たテナを凪ぎ払おうと、手に持つ大きな斧を振り回すが、テナの素早い動きに斧は空を切るのであった。
「やっぱりそう来たわね。だったら……、ファーストカード、大地の怒り!」
ギュウタスはメグの言葉に応えるように斧を振り上げ、勢い良く地面に叩きつける。その衝撃は以前に体験したものよりも遥かに強くなっており、動き回っていたテナの足が止まってしまう程である。
そして、亀裂より噴き上げる火柱がテナを襲う。だが、亀裂さえ注意していれば火柱を避けるのは容易く、遂にテナはギュウタスの背後を取ることに成功し、高く飛び上がり、目でギュウタスの首筋を捉えることができた。
「よし! テナ、ファースト……」
「ギュウタス今よ!」
「グオォオォオ!!!!」
チャンスとばかりにスキルの使用を試みるカイルよりも一足先にメグの声がギュウタスに届いた。すると、大きく息を吸ったギュウタスが猛々しい咆哮を出す。
その全身を揺さぶる予期せぬ大声にカイルもテナも体が強張り一瞬動きを止めてしまう。その隙を見逃す筈もなく、ギュウタスは体を回転させた反動を使い、斧でテナ吹き飛ばし、近くにある丘の地層に叩き付けた。
「テナ!」
心配するカイルの言葉も届かず、ギュウタスの強烈な一撃を受けたテナはズルズルと落ち、地面に倒れ込む。
「ギュウタス止めよ」
メグの命令に従い、止めを刺すためゆっくりとテナの方へと足を進めるギュウタス。
「テナ! テナ! やっぱり僕には無理なのか……でもまだ!」
返答のない絶望的な状況、これはさすがのカイルも諦めただろうと高を括るメグであったが、予想だにしなかったカイルの行動に声を荒らげる。
「あんたバカじゃないの!? 生身の人間がギュウタスに勝てるわけないでしょ!」
そう、事もあろうにカイルは短刀を構え、ギュウタスの進行方向に立ちはだかったのである。
「そんなことはわかってる! でも、今はこれしかないんだ!」
今ギュウタスに止めを指されてしまうと、カイルたちの敗北が決定してしまう。ならば、テナが立ち上がるまでの時間を自身が稼ぐしかない、そう判断したのである。
「全くあんたってやつは……。ギュウタス! 懲らしめてやりなさい!」
その声に斧を持たない手でカイルに平手打ちを決める。咄嗟に短刀で防御してみせたが、力の差は明らかで吹き飛ばされ、地面を転がるのであった。
(イタイ……)
カイルの中を痛みの感情が駆け巡る。圧倒的な力の差、思い上がっていた自身の力に残っていた希望も失いかけていたそんな時──。
「カカカ、やはりカイルはカッコいいな」
さっきまでいくら呼んでも返答のなかった人物が辛うじて立ち上がり、弱々しい声を放つ。
「テナ……」
「もう二人とも諦めなさい! これでわかったでしょ? 現実は厳しいの、今のあんたたちじゃ村の外なんて行けないわよ」
いくら村を出ることを阻止するためだとしても、これ以上二人を傷付けることはメグの本意ではない。
素直に負けを認め、今まで通りカイルとこの村で穏やかな生活を続けたい。彼女の願いはただそれだけなのだから。
「カカカ、コヴァターであるカイルがここまで体を張ったと言うのに私が諦めるわけにはいかんだろ」
体はボロボロであるが、その目には未だ勝機を捨てていない、強い闘志が宿っていた。
「もう! この分からず屋!」
この声と共に再度テナの方へと進行を進めるギュウタス。その距離はとうとう斧を振り下ろせば当たる距離となった。
「これで最後よ、ギュウタス!」
振り上げられたギュウタスの斧は真っ直ぐにテナの方へと向かう。
「テナ! チェンジ、シールド!」
地面に寝転がっているカイルは顔を上げ、テナに指示を出す。すると、テナが持っていた銀槍は光の玉へと姿を変え、みるみるうちにその形は盾の姿へと変貌する。
その銀の盾の中心には女性の顔が描かれており、周囲には何匹もの蛇のような模様が見て取れる。
テナは少し後ろへと引きずられたものの、その盾は振り下ろされたギュウタスの斧を見事止めて見せた。その光景にはさすがのメグも戸惑いを見せる。
「今だ! ファーストカード、閃光の矢!」
「しまった!!」
盾をギュウタスの斧から身を守るため、少し斜め上方向に傾けていたテナは、盾を構えたまま全身が光に包まれ、地面を強く蹴り飛ばし、一本の矢のようにギュウタスの顎を目掛けて飛び出す。
さすがの力自慢のギュウタスも斧を押し戻されてしまい、盾は見事顎へと届いた。その凄まじい威力にほんの少しギュウタスの体は宙に浮き、そのまま後ろに倒れ込んだ。
無事に着地を決めたテナは後ろを振り返り、ギュウタスの様子を伺う。
「ギュウタス!」
顎を打ち抜かれたギュウタスは主の声も聞こえないまま気を失ってしまった。それは事実上、戦闘不能と言わざる得ない状況である。
「うむ、勝者、カイル、テナ!」
ジダバルの勝利宣言により二人の一騎討ちは幕を閉じたのである。
「勝った……? 僕たち勝ったの?」
「勝ったぞ! やったなカイル!」
勝利の実感が沸いてきた二人は手を取り合い喜びを分かち合うのであった。そんな二人とは対照的に地面にへたり混み、涙を溢れ出させるメグ。
「メグ……」
「わっわかってるわよ、約束は約束だもん。もう何処へと好きに行ったらいいじゃない!」
その表情をカイルに見られまいと、背を向けたままそう言い放つと、振り返ることなく村の方へと走り出してしまった。
「メグも決してお主の邪魔立てをしようとしているわけじゃないのじゃ。ただ、お主のことが心配で仕方ないんじゃよ……」
「はい……」
そのメグの気持ちはカイルにも痛いほど伝わっていた。メグがいつもカイルのことを考えて言っていてくれたこと、この勝負だって本当はしたくなかったこと。全部カイルにも理解できていたのである。
(メグありがとう……)
「とは言え、あの子も言っておった通り約束は約束じゃ。カイル、よく頑張ったの」
この二年間の成果が初めて目に見えて実感できた瞬間であった。がむしゃらに頑張ってきた努力を認めてもらえたことはやはり嬉しいもので、緊張の糸が切れたカイルは少し目尻から涙が溢れそうになるのであった。
「それでいつ村を立つんじゃ?」
「そうですね。いろいろ準備もしたいので、三日後ぐらいには」
「そうか、淋しくなるの……」
「必ず、シンを連れて戻ってきます!」
こうしてカイルは村を出る準備を進めた。