決意を胸に
これまでの平和な日常を一変させたあの事件からもう二年あまりの日々が経過しようとしていた。
人間とは本当に粘り強い生物であるとこう言う機会があると実感する。この二年の間に魔物により壊された家はほぼ元通りになっており、また以前と変わらない穏やかな日常を過ごしていた。
ただそこにはシンの姿はないまま……。
そんな村の中を日課のように目的地へと向かう男の姿がある。
「おっ、カイル。今日も図書館で勉強かい? 精がでるね」
畑を耕す近所のおじさんがカイルに声を掛ける。カイルは軽く会釈をするとそのまま図書館へと足を進める。
この二年カイルはコヴァターとしての修業はもちろん、勉学にも励んだ。元々魔物についての書物を読むことは苦ではなく、むしろ一度読み始めると日が暮れるのも忘れる程の読書家である。
だが、この二年の取り組む姿勢はこれまでのものとは一線を画すものだ。
魔物についての書物はもちろん、世界情勢、コヴァターについてなどホールズの図書館にある書物の殆んどに目を通す勢いであった。
そんな中彼が驚いたのはコヴァターとパートナーの関係性である。
幼かった当時、魔物に名前を付けることで、コヴァターとパートナーの間に魔力供給する道を作る程度の認識であったが、実際はそんな単純なものではなかった。
契約とは名前を付けることを指すのではなく、名前をつけることにより、魔物の体内に存在する魔石をコヴァターとパートナーに分断すると言うものであった。
そうすることにより、本来人間が持ち得ない魔力を宿すことができ、魔法を使うことができると言うのだ。
この村、ホールズにコヴァターが多いのはコヴァターが子どもを産む際、体内に残っている魔石の欠片が受け継がれることが関係している。それはそもそも魔力が存在しないと魔物を呼び出すことができないからだ。ただ、欠片と言ってもほんのわずかであるため、自身が契約した時には影響がでないレベルらしい。
では魔物側には魔石を分ける程のメリットが存在するのだろうか? 当然のように浮かぶその疑問にカイルは明確な答えを得ることはできなかったが、彼自身が導きだした答えは『共生』である。
体内に魔石を保有する魔物たちは自身で魔力を増やすことができない。つまり、魔石に含まれる魔力が底をつくことは死を意味する。
しかし、人間には取り込んだ魔力を循環させ、元通りの、もしくはそれ以上の魔力に昇華させることが可能であった。
そのため、契約することにより魔力を共有する魔物は安定した魔力供給を実現することができる。
カイルはそう理解したのであった。
「ねぇカイル、カイルったら!」
一心不乱に書物を読み続けるカイルを呼ぶが一向に反応がないことに腹をたてるメグはカイルの肩を持ち、全身を揺さぶるように腕を伸び縮みさせる。
「メッメグ! どうしたんだよ?」
「どうしたじゃないわよ! 人が何度も呼んでるのに何の返事もないんだもん!」
「ゴッホン!」
荒らげるメグの声は天井の高い二階建てのこの図書館の中で木霊する。その声を不愉快に感じた図書館の管理人が二人を睨みを利かせながら大きな咳払いをする。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
慌てて四方八方に頭を下げたメグは少しムスッとし、頬を膨らせながらさっきとは違い、小声で話しかける。
「カイルのせいで怒られちゃったじゃない……」
「そんな……、メグが勝手に……。で、何か用があったんじゃないの?」
「そうだったわ。ジダバルさんが呼んでたわよ」
図書館を後にした二人は村長であるジダバルの自宅へと訪れる。
「ジダバルさん、カイルです。失礼します」
カイルに続きメグも挨拶をし、ジダバルが待つ部屋へと足を踏み入れる。襖を開けると、少し広目な部屋の奥で座布団に座るジダバルの姿があった。
「よう来たな。ほれ、立っとらんと座りなさい」
目の前にある畳に敷かれた二枚の座布団を指し、二人を促す。言われるがまま腰を下ろす。
「あれからもう二年か……」
部屋に運ばれたお茶を啜りながら沁々と呟く。この二年で確かに村は以前のような生活を取り戻してはいるが、しかし、そうはいかない者も存在する。
彼ジダバルもその一人だ。先の戦いにてパートナーであるロクダムを失い、パートナーなしのシングルとなった。
シングルになったコヴァターの体内には依然として魔石の欠片が残ったままであるため、多少の魔法を使用することはできるが、パートナーがいた頃と比べると半分以下の力であり、とてもではないが以前のように村を守るだけの力はもうない。
「やはり村を出る決意はかわらぬか?」
「はい、この村を出てシンを探しに行きます」
躊躇することなく、真っ直ぐに返すカイルの目に強い意思を感じる。そんな二人のやり取りを隣でみていたメグは複雑そうな表情をしている。
この会話をするのはこれが初めてと言うわけではなかった。最初にこの話が出たのはあの事件が起きてから二週間ぐらいが経った頃であった。
──────
────
──
「村を出るですって!?」
突如発せられた幼馴染みの言葉に激しく動揺したメグは幼馴染みの前に置かれた机を手のひらで強く叩き付けた。
「村を出てどうするのよ!?」
「シンを探すよ」
「探すって言ったって、何の手掛かりもなしに探せるわけないでしょ! それにあのジダバルさんでも敵わなかった相手にカイルが敵うわけないでしょ!」
「だからってこのまま何にもしないのは嫌なんだ!」
メグの言っていることはもっともであった。手掛かりも力もない今のカイルには無謀と言うしかないだろう。だが、カイルが一度言い出したら聞かないことはこれまで一緒に過ごして来たメグももちろん理解している。
「それにシンはカイルに酷いことばかりしてたじゃない!」
「そうかもしれない……。けど、シンは一度も僕を見放すようなことはしなかった!」
激しい剣幕で声をあげるメグとそれに臆すことなく立ち向かうカイル。どちらも一歩に引かない二人のやりとりを固唾を呑んでいた学友たちの間を抜けて一人の少女が二人の間に入り込んできた。
「二人ともそのへんにしときなよ。他の子たちが怖がって仕方がない」
ホールズは子供の数が多くない。そのため、学舎には年の違う子供たちが一つの部屋で勉学に勤しむのである。二人が言い争いを繰り広げている間も幼い子たちは怯えて部屋の隅で集まっている。
「だってカイルが……」
「はいはい、一先ずこの話はおしまい。カイル、どうしても村を出るつもりならジダバルさんの許可はもらっとくんだね」
カイルたちと同級生である少女シルスが仲裁したことにより、話は一度終わりを向かえたが、そんなことで諦めるカイルではなかったため、授業が終わるとシルスの言う通りにジダバルに自身の意思を告げに向かった。
その後、ジダバルにもメグと同じように説得をしたが、意見を変えようとしないカイルにジダバルが一つの妥協案を出した。
「二年じゃ、二年の間にこの村を出てもやっていけるだけの実力を身に付けよ」
──────
────
──
「確かにこの二年、お主の成長は大したものだ。だがしかし……」
村人を自身の家族同然に思っているジダバルはカイルの願いを聞き入れるのに躊躇していた。自身が土帝だった頃国のために、幾度となく戦いを繰り返した。そこはまさに生と死がすぐ傍に感じられる場所。そんな外の世界を知るジダバルだからこそ苦悩するのであった。
答えを出し切らないジダバルと意思の固いカイルの硬直状態は暫くの間続く。
痺れを切らしたメグが突如立ち上がり、カイルに向かい強い口調で言い放った。
「カイル、私と勝負しなさい!」
「え?」