厄災の始まり
後ろから魔物の群れが迫りくる気配がする中、少年と村人の硬直状態は続いていた。村長のジダバルは突如現れた少年の禍々しい魔力に困惑の表情を浮かべる。
(なんじゃこの魔力は……。それにあの姿はテナと同種族なのか……)
そんな思考を巡らすジダバルは未だ状況判断ができていないでいた。少年の言葉にフードを被った男は「好きにしろ」と言わんばかりに無言を通す。痺れを切らした村人の一人が我慢しきれずにパートナーに少年を攻撃をするように命じた。
「早まるでない!」
ジダバルの声も虚しく、少年に攻撃を加えようとしたパートナーは少年に傷をつけることなく、少年の前で胴体と下半身が分断され肉片と化し地面に転がる。
「キャハハ、なにコイツ弱すぎでしょ」
どこからともなく生み出したパートナーを真っ二つにしたであろう右手に持たれた氷の剣に付いた返り血を拭いながら高らかに笑い声をあげる。
「コイツ!!」
その仲間をバカにするような発言と仲間を殺られたことに感情が抑えきれなくなった村人たちは、次々と少年に向かって攻撃を仕掛ける。しかし、少年はまるで子供と遊ぶかの如く不敵な笑みを浮かべながら迫りくる敵の攻撃を交わし、手に持つ氷の剣を鮮血で染めて行く。
「皆の者下がれ! ファイナルカード、隕石衝突」
ロクダムは巨大な右腕を真上に挙げて拳に全魔力を一点集中し、真っ直ぐに少年に叩きつける。その衝撃は周囲に突風を巻き起こし、地面に亀裂を入れていく。これ程の衝撃を受ければ流石の少年も一溜まりもないだろうと期待を膨らませ砂煙が晴れるのを待つ村人であったが、その期待は儚くも破れさってしまった。
少年に叩き付けられるはずであったロクダムの右拳はロキに直撃する直前に真上に挙げられたロキの手のひらにより途中で止めらてしまっていた。少年にぶつけるはずであったその衝撃は行き場を無くし、ロクダム自身へと戻りその強固な岩石の腕を砕いた。
(これ程の力の差があるとは……)
「キャハハ、元土帝のファイナルカードがこの程度とは期待外れだな」
予想だにしていなかった力の差に面を食らったジダバル。年を取ったと言えど、その実力はホールズでは勿論キルホストル王国でも指折りに入る程である。そんな彼のファイナルカードを楽々と受け止めた少年は甲高い声をあげ、まるで絶望を告げるかの如く周囲の者たちの希望をかっさらっていった。
「スキルってのはこう使うんだよ」
ロクダムに手のひらを見せるようにして立ち、薄ら笑みを浮かべ挑発的な発言をするロキに応えるようにフードを被った男はスキルカードを手に取る。
「ファーストカード、絶対凍結」
言い放った瞬間、ロクダムの足元が凍り始め、その巨大な全身を包み込むように氷漬けにされてしまったロクダムは身動き一つ取れなくなり、大きな氷塊へと姿を変えた。
「なっなんてことを……」
今まさにいたずらをしようとする無邪気な子供のような笑みで目の前で取り乱す老人を見るロキは左腕を天高く上げる。
「まっ待っておく……」
パチン!!
ロキが上げた左手で指を鳴らすと同時に氷塊は音を立てて崩れ去ってしまった。その光景にジダバルは両手を地面に着き下を向いてしまった。
コヴァターと契約したパートナーにも死は存在する。それは肉体の死、核となる魔石の破壊によるものだ。魔石とは魔物の魔力の源であり、人間で言う心臓に近い存在である。
その事を理解しているジダバルは長年連れ添ったパートナーの揺るぎない死に落胆し、絶望したのである。
「あぁーあ、飽きたしもういいかな、バイバイ」
ロキは背中を向けるジダバルの前に立ちニヤニヤとし笑みを浮かべ、氷剣を掲げ振り下ろすその瞬間。
「待て!」
少年の声がその場にいた全員の耳に届いた。その声に振り下ろそうとしていた剣が止まり、ロキも声の主へと顔を向ける。そこに立っていたのは一匹のライガーを連れたシンであった。
「なんだお前?」
「俺はシン、この村のコヴァターだ!」
自身の行動を邪魔されたロキは鬱陶しいと言わんばかりに冷たい表情を向ける。チッと舌打ちしたロキは攻撃対象を足元の老人から目の前にいる少年へと変え、一歩ずつ近づいていく。
「シンだと……。馬鹿者! 早く逃げんか!」
シンと言う言葉を聞き、俯いていたジダバルもシンに目をやり、逃げるように働き掛ける。しかし、シンの意思は固く、迫りくる敵に一枚のスキルカードを持ち迎え撃とうと試みる。
「待て、ロキ」
それは先程までロキの行動に対して口を挟むことのなかったフードの男から発せられた言葉であった。コヴァターである男を無視するわけにもいかず、ロキは足取りを止める。
「なんだ、レイド。今いい所なんだ邪魔するなよ」
「そいつを連れていく」
「はぁ!? ターゲットは人型のパートナーだろ? こいつはただのライガーだ」
フードの中から覗かせる鋭い真紅の瞳がロキのこれ以上の口答えを許さなかった。
「わかった、わかった。アンタの言う通りにするよ」
(人型のパートナー……。まさか、こやつらの狙いは……)
二人の会話から推測するに彼らの目的はテナにあることはジダバルにも容易に想像することができた。なぜテナを狙うかまでは汲み取ることはできなかったが、そこまで考える時間を費やすこともできない状況である。
「おい、聞いてただろ? 着いてこい」
「うるせえ! 誰がお前らなんかに!」
コヴァターであるレイドの言うことに渋々従うロキはやる気のなさそうな声でシンを呼ぶ。制止をするように求めるジダバルの言葉を無視したシンは反抗的な態度をとり、持っていたスキルカードを唱えた。
「待つのじゃ、シン! 早まってはいかん!」
「ファーストカード、雷の牙!」
ロキ目掛けて勢い良く走り出したキバは体中に充電されていた電気を二本の牙に集中させる。しかし、そんな攻撃させも鬱陶しそうに見るロキはいとも簡単に受け止めた。
「ジタバタするんじゃねぇよ」
受け止めたキバの頭部を掴み地面に押し付け動きを封じる。それは赤子の手をひねるかの如く息一つ乱すことなく成し遂げた。
(かっ敵わねえ……)
力の差を痛感するには十分過ぎる光景であった。だが、諦めるわけにはいかないシンは我武者羅にロキに攻撃を仕掛ける。人間ができる攻撃など圧倒的な力を持つロキに通じるわけがなかった。攻撃をしてきたシンの腹部に拳を入れシンの意識を奪う。そのままシンを担ぎ上げたロキはレイドに視線を向ける。
「シン!!」
「行くぞ」
シンの名を叫ぶジダバルを無視し、村とは反対方向を向くレイドにロキが村人を見下しながら尋ねる。
「コイツらはどうすんの?」
「放っておけ、時期に来る魔物に任せる」
ホールズに背を向けるレイドが言う通りに、もう肉眼でもはっきりと目で捉えることができる程の距離まで第二陣の魔物の群れが来ている。その言葉に舌打ちで返すロキであったが、それ以上レイドに口答えすることはなかった。
「スキルカード、帰還」
レイドがスキルカードを使用すると、シンを含めた三人と一匹が光の繭に覆われ眩い光を放った後そこには誰の姿も無くなっていた。
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シンが連れていかれた数時間後、カイルたちはホールズにたどり着いた。
戻ってきたカイルたちが目にしたのは朝出発した時に見た穏やかな風景ではなく、魔物の襲撃を受け倒壊した家や怪我をした村人、何体もの返り討ちにあった魔物の姿であった。
メグはその予想だにしなかった光景にキョロキョロと周囲を見渡す。すると、突如両親のことが脳裏をよぎり、慌てて自身の家へと走り出す。
「ママ! パパ!」
置いていかれたカイルは一人で更に村を見回る。どうやらもう戦いは終わっているようであった。そこに、見知った老人が座り込んでいる姿を発見した。カイルはその老人の側に駆け寄り声を掛ける。
「ジダバルさん!」
「おぉ、カイルか。お主は無事だったのじゃな……」
掛けられた声に力なく答えるジダバルであったが、カイルの姿を見るとホッとしたように安堵の溜息を洩らす。
「いったい何があったんですか?」
「儂にもわからん。突如魔物の群が村を襲い、奴らが……」
「奴ら?」
カイルはジダバルからカイルたちが帰ってくるまでに起こっていた出来事を聞いた。魔物の襲撃、レイドと呼ばれたフードの男とロキと言う異常なまでの強さを持つパートナー、そして、シンが彼らに連れていかれたことを……。
話を聞き終えたカイルは即座に立ち上がり、村の出口へと体を向ける。
「待て、カイル! どうするつもりじゃ!」
「シンを、シンを助けないと!」
どんなに皮肉を言われていた人物であっても同じ村で育ち、共に成長しようと努力してきた仲間ある。その仲間が危険な人物に連れていかれたとなってはカイルの心情も穏やかではいられない。
「何の手掛かりもなく、どこに行くと言うのじゃ! それに今のお主が行った所でシンの二の舞になるだけじゃ!」
感情だけが先走り、深く考えていなかったカイルは現実を突き付けるジダバルの言葉にふと我に返る。
「クソ!」
どうしようもないことを理解してしまったカイルは自身の無力さといたたまれない感情を吐き出すように大声をあげる。
このホールズを襲った魔物の襲撃を始まりとして、その後魔物の狂暴化は増え続け、その被害はキルホストル王国だけに留まらず、大陸全土へと広がった。