不穏を呼ぶ者
ユウナを見送った後、一人控え室に戻るためカイルは歩みを進める。
(えっと、あれは許してもらえたってことなのかな? いや、でもまた改めてとも言ってたし……。ダメだ、今は大会に集中しよう!)
廊下で突如頭を左右に振るカイルの姿は、周囲の者には異様な光景であったが、考え事に集中しているカイルは周囲を気にする余裕などなかった。
(次会った時にちゃんと謝ろう……)
考えをまとめたカイルは小走りで控え室へと戻った。
控え室に着く頃には、Cブロックの予選がすでに開始されており、メグの予想通りこの予選も終盤を向かえていた。
(メグの言ってた通りだ。これは本選は相当な手練れと戦うことになるな……)
そんなことを考えていると、また会場内に響くマイクの声が聞こえた。
「ここでCブロックの予選終了! Cブロックの選手の皆さんお疲れ様でした! 続いてDブロックの予選を開始しますので、参加者の方はお集まりください!」
マイクのアナウンスにより選手たちが移動を始める。カイルもそれに混ざりリングへと移動する。
「いやはや、ここまでの予選すべてあっという間に終わってしまいましたね。それだけ本選に残った選手の力が凄いと言うことでしょうか?」
「そうだな、見ている限り皆よい動きをしている。これは本選が楽しみだな」
余程本選を楽しみしているのか、ギルバの表情も心なしか緩やかになっている。
「おっと、次のDブロックは凄いですね。炎帝部隊のスグニア・スペーサー君、水帝部隊のアユーラ・シュエールさんが同じブロックにいますよ。これは他の選手がどう動くかが見所ですね」
「あぁ、明らかに強い者がいる戦場では、皆でその者を倒そうと考えるだろう。これは二人にも少々厳しい戦いになるやもしれんな」
とギルバとマイクの会話が流れるよりも早くDブロック予選に参加する選手たちは スグニアとアユーラを囲うように陣取っていた。
「全く、ギルバ隊長が変に煽るから……。でも、ここまで注目してもらったからには良いとこ見せないとね」
「何バカなこと言ってるの。私たちはいつも通り襲い来る敵を排除すればいいのよ」
やる気に満ちているスグニアに対し、アユーラは冷静そのものである。この二人の性格は真反対のようだ。
「カイル、カイル!」
自身の立回り方を必死に考えているカイルのポケットから慌てる少女の声が主人を呼ぶ。
「なんだよテナ、試合までは姿を出せないって言っておいただろ?」
そう、試合会場に来る前にグルナが二人に言っていたことだ。
「お前らの実力はこの数ヵ月で確かに向上した。それでもこの大会に出てくるような猛者どもに一人で勝つのは正直言って無理だろう」
訓練所でカイル、メグは座ったまま、立って力説するグルナの言葉に耳を貸していた。
「だが、お前らには頼りになるパートナーがいる! これはコヴァターであるお前らの力だ、存分に振るうといい。でも、試合が始まるまでは姿を見せるな! 姿を見せるだけでもある程度の対策は打ててしまうからな」
この言葉があり、メグは試合開始の合図があるまでギュウタスをカードから出さなかったのだ。
「それはわかっている。だか、物凄く嫌な感じがするのだ……」
その真剣な声からただ事ではないのだとカイルは理解する。
「それはあのスグニアさんとアユーラさんからなのか?」
「違う、もっと禍々しい気配だ。後ろの方から感じる」
テナの言葉を聞き、大きく振り返ることはせず、横目でチラリと後方に目をやるカイル。
そこには唯一スグニアとアユーラを取り囲まず、一人後方より眺める大柄の全身をフードで覆った選手がいた。
(なんだあの選手は? あんな体格のいい選手なんていたかな……)
「それでは最後の予選、Dブロック予選開始!」
カイルが考えるのを待つことなく、マイクにより予選開始の合図が下された。
「カイル! 屈むのだ! 早く! 低く!」
何が何だかわからないまま、有無を言わさぬテナの必死な言葉にカイルはその場に倒れ込むように地面に這いつくばる。
テナが叫ぶのと同じくして会場内には「避けろ!」とギルバの大きな声が響き渡る。
「絶空斬!」
次の瞬間、リングにいる数十名の選手たちの断末魔にも似た声がカイルの耳に届く。
恐る恐る顔を上げるカイルの視界に飛び込んできたのは、真っ赤な鮮血を胴体を失った下半身から噴水のように舞い上げる数十名の選手たち。
その支えをなくした胴体は無惨にもリングの上へと落下した。
先程まで盛り上がりを見せていた観客席からは悲鳴が木霊し、その場から立ち去ろうとする観客たちで混乱を招いていた。
「会場の皆さん落ち着いて下さい! 動き回ると危険です! その場で待機して下さい!」
恐怖に脅える観客たちを宥めようとマイクは何度もアナウンスを流す。
そんな中、カイルの後方に立つ人物は一人、低く下品な笑い声を上げていた。
「ガハハハ、これは愉快、愉快。俺様の絶空斬を避けた奴が三人もいやがるのか」
カイルを除いた二人とは、先程まで他の選手たちに囲まれていたスグニアとアユーラであった。
二人は咄嗟に高く跳躍し、男の攻撃を回避していたのだ。
「なんだ……、これ……」
この惨憺たる状況にカイルの思考は止まっていた。しかし、スグニアとアユーラは直ぐ様武器を構え戦闘体勢を整える。
「そこの君! 早く武器を取るんだ!」
両手にトンファーを持ち、身構えたままカイルに指示を出すスグニア。しかし、恐怖のあまりかカイルは依然行動を起こそうとはしない。
この事態を聞き付けた警護にあたっていた兵たちもリングに続々と集まってくる。
「おっと、これは大事な試合だ。下手なことはしない方がいいぜ。なぁ、国王さんよ?」
男は国王に向けて言葉を放つ。一部始終を見ていた国王であったが、その言葉の意図を汲むことができないでいた。
「あやつは一体何を言っている……」
だが、その意味に気が付くのにそう時間はかからなかった。
「大変です! ユウナ様が!」
先程までユウナの側で護衛していた者が、国王の元へと慌てた様子で姿を表す。
「一体何があったのだ?」
「わかりません、突如黒い影がユウナ様を包み込み、そのまま消えてしまわれました……」
「くっ、これもあやつの差金か!」
国王は必死に感情を抑えようとしている様であるが、その口調には怒気がこもる。
「ガハハハ、国王にも伝わったらしいな」
男はそう言うと、被っていたフードを脱ぎ捨てその身を露にする。その姿を見た者は一様に驚いたことだろう。
その皮膚は深緑の鱗に覆われており、剣の切っ先のような鋭い牙と爪、地面に着く程長い尻尾を生やしている。その背中にはキルホストル王国では見ない、何やら様々な部品の付いた容器を背負っている。
そう、この者は人間ではない。凶暴な性格を持つ魔物、リザードマンであった。
「さぁ、始めようじゃねぇか。楽しい、楽しい殺し合いを」
リザードマンの言う通り、先程まで賑やかで活気に溢れていた会場は、生と死が入り乱れる戦場になりつつあった。




