契約
「イル起き……、カイル! 起きるのだ! カイル!」
暖かい日差しが朝を告げる中、未だ布団を被る少年を起こそうとする声の主は大きな声を上げるが起きる気配が見えない。
「カイル、お主がそのような態度をとるなら私にも考えがあるぞ!」
声の主は相当苛ついているようで、声色を変え脅迫じみた台詞を吐く。
「わかったよ、テナ。もう起きたから」
観念した少年は声の主にわかりやすいよう、体を起こし、重たい瞼を擦りながら返答する。
「やっと起きたか。さぁ、早く準備しないとメグが来るぞ!」
まるで小姑のようにお説教をする声の主は部屋隅の机の上に置かれた一枚のカードであった。
カードの名はコヴナントカード。魔物と契約した者が手にすることが出来るカードである。
コヴナントカードにはパートナーカードとスキルカードの二種類が存在する。
パートナーカードとは契約した魔物をカードに封じ込めたもの。先程から小言を言っているテナはカイルと契約した魔物である。
「そうだった。急がないと」
もうすぐ来るであろう訪問者を待たせないために、カイルはベッドから飛び起き身支度を整える。
「カーイール! 準備出来てる?」
外から女性の声が聞こえる。予定通り訪問者がカイルの家を訪れたようだ。カイルは起床時間は少し遅れたものの、テナのおかげで準備は滞りなく済んでいる。
「おはよう、メグ」
階段をかけ下り、玄関を開けたカイルの目の前に立っている少女に朝の挨拶をする。すると、少女は桜のようなピンク色の長い髪を右手でかきあげ、髪と同じ色の瞳をカイルに向けたまま言葉を返す。
「おはよう、カイル。今日は晴れて良かったわね。絶好の契約日よ」
「そうだね、僕たちの時も晴れてたね」
「そうだったわね。そろそろ行きましょうか。契約が始まっちゃう」
契約の日。それはカイルたちの住むキルホストル王国にある村ホールズで決められている年に一度の儀式の日。十二歳になった者が契約し、コヴァターとなる日である。
契約は誰でも出来るわけではない。人間の中でも魔力を宿している者でないと契約はできない。しかし、ホールズは割と小さい村であるが、村の者の殆どがコヴァターであり、その血を継いでいる子供たちはその資格を受け継いでいる者が多いのである。
カイルたちは村の中央にある広場に辿り着いた。広場には村人の多くが集まっており、儀式の準備は整っているようだ。
「毎年ながらすごい活気ね。私たちも三年前はあんな感じだったのかな?」
儀式を受けるだろう少し不安そうな表情を浮かべた子供たちを見つめながらメグは尋ねる。
三年前、それはカイルたちがこの儀式を体験した日のことを指す。それはつまり、カイルとテナが初めて会った日のことだ。
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「よいか、子供たちよ。今日は契約の日じゃ。契約の日の意味はもう知っとるな? じゃあ、契約の仕方は知っておるか?」
ホールズの村長であるジダバルさんが契約する子供たちの前に立って説明をする。ジダバルさんはもうすぐ百歳になるお爺ちゃんであり、白くて長い髭と、歩くために必要な木の杖がトレードマークとなっている。ジダバルさんは若い頃はキルホストル王国を守護する五人の帝の一人、土帝として活躍していた。
「はい、自分の魔力で魔物を呼び出し、魔物に名前を付けることで、コヴァターとパートナーの間に魔力供給する道を作ることです」
当時からメグは物覚えがよく、学舎でも成績良い生徒であったため、彼女にとってこの程度の問題は雑作もないことだ。
「その通りじゃ。パートナーは人生で一体しか契約することが出来ん。じゃから心して挑むのじゃぞ」
ジダバルさんの話が終わると、いよいよ契約の時が迫ってくる。この年の契約者は五人だけであった。
子供たち次々と契約し自身のパートナーを見つける。最後はカイルの番となった。彼が固い表情のままゆっくりと地面に書かれている術式の真ん中に立った所で儀式が開始される。
「我と契約されし者。我の前に姿を現さん」
術式に手をかざし言葉を発した直後、術式からすごい風と光が発せられる。カイルの薄紫色の髪も風のせいで乱れてしまう。
光と風が収まると、彼の目の前には予想しない姿があった。
(女の子……?)
咄嗟に彼がそう思ったのも仕方ないだろう。目の前に座り込んでいるのは雪のように真っ白とはいかないが、少し灰色がかった髪と目を持つ彼とそう年齢が変わらないであろう女の子だったのだから。
「えっと……、名前は?」
本来名前はカイルが付けるべきところであるのだが、その人間と変わらない容姿がそう尋ねさせた。
「……テナ」
女の子は少し戸惑っている様で、少し間を空けてそう名乗った。これには周りにいた大人たちもこの光景驚きを隠せず、村人たちの視線が釘付けになる。
「テナ、えっと……、僕のパートナーになってくれる?」
座り込んでいるテナの側まで近づき、膝を着き、手を差し出す。テナはその手を掴み、本当の子供のような無邪気な笑顔で「うん」っと返事をする。
テナが返事をした瞬間、テナの体が一枚のカードとなった。カードの表にはテナの姿、裏面には茶色の下地にこの儀式で使用された術式と同じような模様が金色の線で描かれている。
これはカイルとテナの間に魔力供給の道が出来た事を示している。つまり、契約は成功したのである。
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そんな事を思い出しながら、カイルは儀式を受けるであろう子供たちを見ていた。
「カイル、私も見たいぞ!」
彼のポケットに入れていたコヴナントカードから声が聞こえた。もちろんその声の主はテナである。
「わかったよテナ。サモン、テナ」
コヴナントカードを取り出した手を前に伸ばし、召喚するための言葉を放つ。すると、カードになっていたテナは姿を変え、元の人間と同じような姿を現した。
戻ったテナの姿は三年前とは違い、少し身長は伸びたが未だカイルには及ばない。この成長はテナ自身が大きくなったものではなく、カイルの魔力量の増加によるものである。パートナーはコヴァターの魔力量によって能力値が変わると言う。
例えば、パートナーの元々の能力値を百だとすると、コヴァターの魔力量が五十しかない状態では、パートナーの能力値も半分になると言うことである。
元の姿に戻ったテナは食い入るように広場の中央を見つめる。
「何度見てもドキドキするな!」
テナは生き生きとした様子で話す。余程契約の日が好きなようだ。それはここに来ている皆そうなのかもしれないが。
カイルにはテナと契約した三年前から疑問に思っていることがある。それは──
(テナは一体何者なんだ?)