第6話
宿泊先ホテルのある町まで辿り着き、一軒の不動産屋を探し当てた。
「いらっしゃい」
小さい店だが気立ての良さそうな親父が出てきた。
「アパートを探しているのですが」
「どのあたりで?」
親父は聞いたが、直ぐに答えは出せなかった。仕事も決まっていないからだった。
「うーん、安ければどこでもいいけど……」
そんな答えしか出来なかったが、気の良い親父は嫌な顔を見せずに聞き返した。
普通はこのあたりで冷やかしかを、見抜くところだろうが、
私の場合は必至に見えたらしい。事実、急いでいたのだ。
「予算はどのくらい?」
「月に五万ぐらいで、出来れば礼金一、敷金一。そんな物件ありますか?」
「古くてもよければありますよ。場所は……、この近くだね」
親父はチラシの束から、一枚抜き取った。
チラシには、賃貸料月四万九千円、礼金一、敷金一。
と書かれていたが、トイレはあるものの、風呂は付いていなかった。
まさか人助けで汗をかいた後、銭湯に通ってもいられない。
風呂上りのビールもお預けになりそうだ。
「風呂付はありませんか?」
私は尋ねた。
「ちょっと遠くなるけど、それでもよければありますよ」
二、三枚のチラシを抜き出した。その一枚を持って親父は言った。
「これは、お得ですよ。バス、トイレ別、月四万五千円。一DKで、敷金、礼金一つずつ」
私は目を輝かし、チラシを受け取った。えーと、住所は……。おっ、千住か。
まあ下町とは言え都会だな。
築……昭和45年?かなり古そうだ……。しかし、贅沢は言ってはいられない。
「見ることは出来ますか?」
私は半信半疑で尋ねた。
「ちょっと待ってね」
親父は電話を引き寄せ、とあるところに掛け始めた。
「お宅の千住の物件……。そう四万五千円の……。そうそう……。見られます?
うん、お客さんが来て……。はい、はい、……。よろしく」
親父は受話器を持ったまま私に尋ねた。
「見れるそうですけど、今から行きます?ここからだと、一時間位かかるけど」
「い、行きます」
私は速攻で答えた。少しでも早く部屋を見つけたい一心だった。
「じゃあ、駅に着いたら、この携帯に電話して。相手も一時間後に駅に行くから」
親父はそう言って、相手の電話番号を渡してくれた。
それから二言ほど話してから、親父は電話を切った。
「一応、決まったらここにも電話して」
そう言って気の良さそうな親父は名刺をくれた。電車で一時間ならば、走れば十分だ。
私は近くの喫茶店に入った。アイスコーヒーでのどの渇きを潤し、
早めの昼食としてカレーライスを注文した。
ところが食べる人がいるのか、と思ったほど辛かったが、異性人の特性かとも思った。
思い出せば、元々、辛いものは苦手だった。
我慢して食べ終わると、丁度いい時間になっていた。
よし、じゃあ行くか!喫茶店を出て、掛け声一つで走り出したが、
いっこうにスピードが上がらない。
『あれれ、何で?』
集中したが無駄な努力に終わった。『待ち合わせに間に合わないじゃないか!』
気持ちは焦るが速度は上がらない。『カレーか?』私ははっと気が付いた。
何度も思考は繰り返えされたが、それしか考えられなかった。辛いものは能力を鈍らせる。
そう、頭にメモを残した。仕方ない、電話で謝ろう。
「すいません。電車を乗り間違えました。あと一時間待ってくれますか?」
自分の下手な嘘に幻滅した。相手も嘘と分かっただろうが、待ってくれるとの事だった。
急ぎ電車の飛び乗り、千住に向かった。一時間ほどした時に、電車は千住にたどり着いた。
しかし、待っているはずの相手の返答は、私の期待を大きく裏切るものだった。




