第4話
ヒーローとは疲れるものだと思いながらも、充実感もあり、最高の気分だった。
しかし、やたらと通行人の声が響いてくる。耳元近くで話しているみたいだ。
振り向いたが、そこには誰も居ない。おかしいなと、思いながらも歩いていると、
突然、助けを求める声が響いた。
慌てて辺りを見回したが、それらしき人物も、犯罪らしき行いも発見出来なかった。
耳を澄ますと、はっきりと助けを呼ぶ声は聞こえた。女性の声である。
これも能力の一つだと気がついたが、どうすることも出来なかった。
病院帰りのため、パジャマや下着の入ったバッグを持ち、顔を隠して歩くような男に、
人助けなどする余裕は無かった。
ヒーローに時と場所は無関係だが、今の私には大いに関係があった。
それこそ犯罪は至る所で起き、時間の制約も無かった。
早朝割引の犯罪など、聞いた試しもないし、深夜割り増しの犯罪も皆無だ。
そこで私は考えた。
仮に人命危機の犯罪が同時に起こった場合、スー○ーマンみたいに早く移動出来ない理由で、
どちらかを選ばなくてはいけない。
しかも、その判断基準は、聞こえてくる声だけが頼りになる。
それが、三箇所、いや四箇所だったら……。私は考えるのを止めた。
答えが出ないことに悩んでも仕方ない。
よって、今聞こえる声も、無視するより仕方なかった。
それほど危機感に陥った悲鳴にも聞こえなかったのだ。
今はホテルを探すのが先決だと、私は足を速めた。
ちょっと早く歩いたつもりだったが、走っているようだった。
おおおお、と思ったが、カール・ルイスには負けると分かった。
耳には相変わらず声が聞こえた。
こちらの意志とは関係なく、あらゆる声が耳にこだました。
その中には、情事の声まで混ざり、思わず、にやけてしまった。変態的な情事だ。
止めようと思っても、つい、その手の声に集中してしまう。地球人でいる時間が長すぎた。
なんて人間的だろう。自己弁護でしかないのは、十分理解している。
その内、一軒のホテルを見つけ、急いで飛び込んだ。幸い部屋は空いていた。
しかし休日前夜で、料金は馬鹿高だった。幾らかの謝礼は銀行からもらったが、
こんな生活をしていたら、直ぐに底を尽きそうだった。
部屋に入って湯船に湯を落とし、これからの生活について考えた。
第一に生活費の問題だ。人助けに費やす時間が多ければ、仕事も出来ない。
仕事が出来なければ、食うに困る。
やはり、人助けをする時間帯も、しっかりと決めなくてはいけないようだ。
昼の仕事をするとして、人助けの時間は、夜の七時から十一時。そんなところだろう。
夜更かしすれば、翌日の仕事に響きそうだ。それと、住む所。
今のアパートはもう住めそうには無い。
しばらくは、マスコミが待ち構えていそうだし、隣近所にも迷惑がかかる。
銀行からの謝礼を使いきる前に、引っ越す必要がありそうだ。
明日にでも不動産屋を回ってみることにした。
そして重大な問題。これを怠ると、仕事も新居も失いかねない。それはヒーロー時の変装だ。
二度とばれないような変装をしないと、また引っ越す羽目になる。
ホテルのメモ帳にいろいろ書いてみたが、私には絵心が無い。
そんな能力は、実の母も言っていなかった。
仮にいい案が浮かんでも、誰が作る?困った。正直困った。裁縫の能力もないのだ。
何か市販のマスクでも被るか……。『おっと、風呂がいっぱいになった。また後で考えよう』
風呂上りに、廊下の自販機で買ったビールを飲んだ。うまい。
この感覚も地球人での生活が長すぎたためだと思った。そこでふと気がついた。
故郷の星にもビールはあるのかな、と。私は大きく首を振った。
待てよ、消滅の危機が迫っていると言っていたな。もう消滅したのか?
はるか宇宙の出来事など、私に分かるはずも無かった。私どころか、新聞にも載りはしない。
母とは言え魅力的な良い女だった。
既に消滅してしまっているのならば、もったいないな、とも思った。
画面の女性は、自分よりも年下で美形だったからだ。どうしても母とは思えなかった。
そこでまた疑問に突き当たった。寿命は?人間と同じくらいなのか?
今のところ心配はなさそうだが、ぱたりと死んでしまう可能性もあった。
この”死ぬ“というのも、当てはまるのかさえ疑問だった。
例の情報カプセルには肝心なことが収められていなかった。またまた疑問が湧いてきた。
子供は?地球人とのハーフでも、能力は継承されるのか?
別れた妻との間には2人の子供がいた。
もしも継承されるなら、一番上の子供はもうそろそろ二十歳だ。
「遅い!気がつくのが遅い!」
おっと、大きな声を出してしまった。酔ったかな?
風呂上りのビールは吸収がはやいから……。
二十歳ならば自分よりは有利だろうが、どこに住んでいるのか知らなかった。
このまま、地球人として生活してもらうしかなさそうだと、無理やり結論付けた。
相変わらず耳には様々な声が聞こえてくるが、集中しなければ、
それほど気にはならなくなってきた。
また助けを呼ぶ声が聞こえた。
しかし、今日は酔ってしまったし、マスクもまだ用意していない。諦めてもらうしかない。
「さあ、寝るか!」
私は布団を頭からかぶった。幸いにして酔いも手伝い、私はすぐに眠りについた。




