第17話
アパートに戻ると、客人?が増えていた。中には外人まで混ざっていた。
「もう、私は箸も持てないのよ」
夕子は私たちの顔を見るなり怒り出した。
「任せる、と言って二人とも居なくなるから……。仕方なく応援を呼んだわよ」
「ごめんね、夕子。実は、私もヒーローしちゃった」
夕子も弘子の話を聞いて嬉しそうだった。
「赤ちゃん良かったわね」
その場にいた幽霊全員が喜んだ。何故ならばと赤ちゃんの霊が一番可哀相なのだと、
弘子は説明してくれた。赤ちゃんが死ぬと、必ず幽霊になるそうだ。
成仏するために迎えに来たとき、何も選ぶことが出来ないためだ。
結局はここに留まり、人間界のように世間を勉強してから、旅立てるようになるらしい。
しかし、人間の歳で言えば七歳までしか成長できず、その時成仏を選ばなければ、
ずっとこの世界に留まることになるそうだ。
これからは、赤ちゃんの危機を最優先にと、私は心に決めた。
「そうそう、この人有名だったのよ」
そう言って夕子は一人の外人を私の前に連れ出した。
「待って、私、英語は苦手で……」
私の言葉は夕子に笑われた。いや、その場の全員に笑われた。
「実体がないと言ったでしょう。だから声もないのよ。会話と思っているけど、
実際はテレパシーみたいなものよ。だから、英語も日本語も存在しないの」
弘子が分かり易く説明してくれた。笑いが収まると夕子は気を取り直して紹介した。
「この人ハリウッドで活躍していたのよ。映画の衣装関係で有名だったの。ジョンよ」
「はじめまして、ジョン」
ジョンは私の手を見て、更にくまなく舐めるように全身を見た。
「うーん、まったく分からん、見分けもつかない。本当にエイリアンか?」
私が困っていると、弘子が助けてくれた。
「私が保証するわ。今も一緒だったけど、走る速さは音速並みよ」
「生きている間は、色々な衣装を手がけてきた。もちろん、ヒーロー物やエイリアンまでね。しかし、実在するとは驚いた」
「いや、幽霊だって驚きますよ」
「確かに、私も死ぬまで信じなかったよ」
ジョンは大笑いした。そしてジョンに、なにか能力を見せてくれと言われた。
ジョンだけではない、そこの全員が見たがった。私は中でも自信のある口火術?を見せた。
私の命名だが、口から火の吐くあれである。
今ではかなり上達し、自在に操ることが出来る様になっていた。
「おー、それは幽霊にも出来ないな」
ジョンは笑った。みんな笑った。幽霊は陽気なのだなと思ったが、
喜怒哀楽が激しいだけだった。制御する肉体が無いためだろう。
その証拠に初めて弘子を見たときは、背筋が凍りつくような形相だった。
全ては怒りからくるもので、怒りが収まれば、温和な顔だ。
続いて見せた五十センチ飛行術は、みんなの興味を誘った。
何故、ぴたりと五十センチなのか、疑問に思ったようだ。
重力のせいではとの説もあったが、建物の側面を登ることが出来るとなれば、
重力説は覆される。飛び回るのは、幽霊の専売特許だ。意見の交換にも熱がこもっていた。
私が高く飛べるようにならないか、皆必死に考えてくれた。
ところがいくら幽霊とは言え、私はエイリアンである。知らないことばかりだ。
地球の尺度で測ることは出来ない。
そこで私は、皆に情報カプセルを見てもらう事にした。私自身見るのは久しぶりだった。
部屋はちょっとした映画鑑賞会に変貌した。
中盤に差し掛かった頃、ジョンが一つの疑問を投げかけた。
消滅したとして、君たちには魂が残るの?である。
言われてみれば、今まで考えたことはなかった。
私自身、寿命かなにかで死んだ場合、弘子の言うように、迎えが来るのか?
幽霊になれるのか?私も疑問に思った。そこで私は皆に聞いてみた。
「死後の世界はあるの?あるのならばどこに?」
これにはジョンが答えてくれた。
「今、居る所は人間界。分かるよね。そして我らが居るのはその狭間だ。
人間界と霊界との隙間と考えてもらえれば結構だ。地球を人間界とすれば、
その外周にあるのが霊界だ。人間界を取り巻くように存在している。
だから、国境も無ければ、言語の隔たりも無い。分かるかね」
「分かります。要は地球を取り巻いている訳ですね」
私は手で二重の輪を作った。
「そう思って差し支えないだろう」
「では、その外側はどうなっていますか?」
「へっ」
私の質問にジョンは面食らった。
「私の故郷、他の星ですが、それはあなた方の世界のほうが近いのではないですか」
「うーん」
ジョンはうなった。全員が考え込んだのだ。ジョンの説明からすれば、人間界より、
霊界のほうが、外宇宙と明らかに近い。
それならば、人間界よりも情報は早く届くのではないかと思ったのだ。
その時一人の男が話し始めた。ラテックス工作の熟練者だと紹介された男だった。
「貴方の言うとおりですが、霊界の目は宇宙には向けられていません。
輪廻は理解できますか?その輪廻、次代の誕生に向けて地球を見ているだけです」
「では、見ようとすれば見られるのですか?宇宙を……」
「接触は許されていません。本当は人間界との接触も許されてないのです。
ただ、我々は狭間に居るから接触できるのです」
「何故、宇宙に目を向けないのですか?」
「種族の保護です。仮に、宇宙とつながりを持ち、同時に霊界同士がつながりを持ったら、
地球あるいは、接触を持った星に異星の魂が誕生する恐れが出てきます。
火星に生命体がいたとすれば、火星人の魂を持つ地球人が生まれてしまう恐れが
出るからです。種族の保護のためにも、霊界のつながりは決して出来ないのです。
人間界が接触する分には問題ありません。その肉体は朽ち果てる運命だからです」
「私が死んだら、誰が迎えに来て、どこにいくのでしょう」
単純な質問だが、私には重要なことだった。
「おそらく貴方の星から使者が来るはずです。しかし、星そのものが消滅した場合、
残念ですが、誰も来ません。霊界とは、それぞれの星に個別に存在するものなのです。
星が無くなれば、霊界もなくなります。そして、輪廻もそこで断ち切られるのです」
私にはショックが大きすぎた。いつまで生きられるか分からないにしろ、
私の死は、全ての終わりを意味していた。しかし、同時に小さな期待も胸に沸いてきた。
星さえ消滅していなければ、故郷に帰れる可能性があるのだ。
故郷の母の消滅の意味がはっきりと分からない以上、その望みに賭けるしかなかった。
弘子は優しく私に寄り添った。実体はないが、暖かさは感じられた。
「ありがとう」
その言葉が精いっぱいだった。でもそうなれば、生きているうちに、
出来る限りのことをしてやろうと思った。もう迷ってはいられない。そう心に誓った。
それからの作業は、急ピッチで進められた。出来上がり品もデッサン通りの出来栄えで、
弘子も喜んでいた。一番喜んだのは、もちろんこの私だ。
晴れてヒーローになれると確信したのだ。
制作に参加してくれた客人は一人また一人と、本来いるべき所へ旅立っていった。
だが弘子一人は、私の生涯が閉じるまで、一緒にいると言ってくれた。
そのときが人生で一番幸せな時期だった。




