第16話
そんな時、私の耳は悲鳴をキャッチした。その声は危機感迫るものだった。
弘子には言わなくても直ぐ分かる。私の心を読むからだ。コスチュームはまだない。
しかし、行かなくてはならなかった。
制作は夕子に任せ、私と弘子は悲鳴に向かって移動した。
「へー、本当に走るのが早いのね」
弘子は私の心を読んで、ある程度の能力は理解していたが、実際に見るのは初めてだった。
「そうかい?弘子みたいに飛びたいけどね」
私の答えを弘子が笑った。
「当たり前でしょ。私は実体がないの。だから重力の影響も受けないわ。
飛んでいるように見えるけど、私自身は何もしてないのよ」
言われてみればその通りだった。弘子達幽霊は、魂のみの存在で、実体がない。
意志のみで行動できるのだ。弘子にしてみれば、私のように『さあ、飛べ』
と言わなくても、私についていくと考えただけで、行動できる。
これが、目的地がはっきりしている場合、瞬間移動となるのだ。
ただ、弘子には悲鳴は聞こえない。今は、私の後に続くしかないのだ。
それこそ従順な奥さんみたいに……。
また、変な発想をしてしまった。弘子をチラッと見たら、怒っていた。
でも、その目は優しく笑っていた。
そんな二人の高速デート?も、あっという間に終わった。悲鳴の現場に着いたのだ。
一軒の大きな屋敷だが、悲鳴はその中から聞こえていた。
軽くジャンプして塀を越え、悲鳴の聞こえる窓を見た。
部屋の中央に男が立ちはだかり、赤ん坊を抱きかかえ、さらにナイフを向けていた。
赤ん坊のお母さんだろうか、必死に返してと泣き崩れていた。
「あの男、別れた亭主で、子供は彼の子よ」
弘子はすでに男の心を読んでいた。
「急いで、二人とも殺し、自分も死ぬ気だわ」
私は窓を突き破り、体当たりを食らわそうと考えた。
「待って」
私の動きを止めるように弘子は叫んだ。なおも男の心を読んで要るようだ。
「躊躇しているわ。ちょっと見ていて」
そう言うと弘子は姿を消した。私は窓から中を窺う事しか出来なかった。
弘子は何をするのだろう。
心配しながら見ていると、急に男が泣き崩れ、床にナイフを落とした。
「今よ」
弘子の声が聞こえると同時に、私は窓ガラスを蹴破り、部屋に入った。
そして、ナイフを遠くに放り投げて、赤ん坊を取り上げた。
男は私に構うことなくただ泣き崩れていた。赤ん坊を母親に返すと必死に抱きしめ、声に出して泣き何度も名前を叫んだ。おそらく子供の名前だろう。
「もう大丈夫。行きましょう」
いつの間にか弘子が隣にいた。
「大丈夫って……」
私は弘子の言葉に戸惑った。
「あの男、ほっといて良いのかい?」
「もう邪悪な心はないわ、私にはそれが分かる」
弘子の言うことならば信用できる。しかし、何故?急に……。
「聞きたい?」
弘子の前で考え事は無理だった。こちらの考えは全てお見通しなのだ。
「実はね、ちょっと赤ちゃんに憑依したの。そこでね、パパって呼んだらご覧のとおり」
男は、パパと呼ばれ殺す決心が鈍るどころか、完全に失せたそうだ。
初めてパパと呼んでくれた自分の子供を、簡単に殺すことなど出来るものではない。
そして自分の過ちに気がつき、更生することを心に決めたらしい。
「きっと良いパパになるわ。奥さんは許しそうに無いけど」
弘子は笑った。私も笑った。しかし、どちらがヒーローだか分からない。
良いコンビは間違いがないのだが……。弘子と私は色々な話をしながら歩いた。
久しぶりのデート?に気分は高揚し、妙に心が浮き立つ。
私以外に見えないと思うと、残念な気持ちになった。
まあ、自分がよければそれで満足すれば良いだけだ。




