第15話
アパートでは、弘子とその連れが、デッサンに見入っていた。
「お帰りなさい」
弘子の元気な声が聞こえた。
「ただいま」
ほんとに新婚みたいだ。
「もう、嫌だ」
弘子は私の心を読んだ。しかし、笑顔は絶やさない。
「そちらは?」
「ごめん、紹介するわ。こちら夕子さん、私同様に彼氏に裏切られた口なの」
「始めまして」
私が手を出すと、夕子と呼ばれる幽霊は、それこそ幽霊を見たような驚きの顔で
私の顔をまじまじとを覗き込んだ。
「この人がエイリアン?」
夕子は弘子に尋ねた。
「そうよ、人間そっくりでしょ」
「見た目じゃ分からないわ」
ふざけた会話である。幽霊二人がエイリアンを分析しているのだ。
「あっ、ごめんなさい」
そう言って、我に返った夕子は気を取り直して私の手を握った。……ように感じた。
実体がないから仕方ない。その後も夕子は何度も感心していた。
「幽霊でよかった。そうでなければ会えなかったもの。へー、エイリアンか、居たのね」
「夕子さんはね、裁縫の達人なの」
その説明で、何故に弘子が連れてきたのかが理解できた。
コスチューム作りを手伝わせるつもりだ。
「そうですか。それで協力してもらえますか?」
私は夕子に尋ねた。
「勿論手伝うわ。弘子さんを殺すような人間は一杯いるの。少しでも捕まえ、救ってほしい。それが唯一の条件よ」
夕子の答えは至極まともな意見だと思った。
「分かりました」
私ははっきりと答えた。
「では決まり。ただ、私は物を動かしたり出来ないの。幽霊になったときサボったせいね。
やり方を教えるだけよ。それでもいい?」
「もちろん」
私は即答したが、正直不安だった。その心を見透かしたのか、
「大丈夫、私も手伝うわ、女ですもの」
と、弘子が助け舟を出してくれた。幸せだ!本心からそう思った。
まずは、夕子の言うように、制作に当たっての準備に取り掛かった。
生地の選択、道具の調達。中でも、胸当て部分の材質が問題だった。
しかし、何をするにしても、お金がかかりそうだ、貯金も多くは残っていない。
アパートの経費が安かったのが救いだ。待てよ?
面接会社から連絡来たか?そろそろ一週間が過ぎようとしていた。
店舗リストを思い出し、本社の担当に電話しようと受話器を持ち上げた時、弘子が止めた。
「止めて」
「なぜ?」
「無駄な時間を過ごしてほしくないの」
弘子のその目には悲しみが宿っていた。
「無駄な時間?」
「……そう。ヒーローになるには大変よ。仕事なんか忘れて」
「しかし、食うに困っては……」
私の言葉を遮るように弘子は、かなり多くの紙幣を私に差し出した。
「これは?」
「私の全財産。仲間のもあるわ。死んで分からなくなったお金は、随分とあるの。
隠したお金と言ったら分かる?」
「へそくりみたいな?」
「そうね。もっと大きな例えもあるわ。隠し金とか、犯罪がらみだけど持ち主が死んで、
そのままになっているお金は、すごい額よ。貴方一人ならば、ほんの一握りで賄える。
幽霊仲間の希望なの」
悲願にも似た表情に、私は戸惑った。死んでしまったとは言え、人の金である。
はいそうですかと貰う訳には行かない。
「採用の電話は私が断っときました」
弘子はおどけて見せたが、の気持ちが嬉しかった。ただ後ろめたさは私の心に残った。
「気にしないで、持ち主には了解を得ているし、死んでは使えない。
そのうち誰かに発見され、寄付されるか、ネコババされるかしかないの。
貴方ならば、皆、喜んで出すわ」
確かに財産は死んでは意味を成さない。天国には持っていけないのだ。
薄情な家族に残したくもないのに、法律によって分けられてしまう。
死んだあとに、財産をめぐるトラブルを見せられたとしたら、
それこそ成仏できなくなるだろう。私は弘子たち幽霊の行為に甘えることにした。
御礼を言いたくても、こちらからコンタクトは取れない。
せめてもと、心の中でお礼を言うしかなかった。
その日の午後、私たち?は買い物に出た。やはりミシンは必要らしい。
しかも厚手も縫える、業務用のミシンだ。それから、ベースの生地。
実際に手で触り、伸縮性を調べる必要があった。
夕子の案内で、生地の問屋街へと足を運んだ。夕子もなかなかの美人だ。
両手に花の気分で、私の心は浮き立った。
だが、道行く人には、変なおっさんがニタニタ笑っているようにしか見えない。
残念だ。自慢出来たのに……。
「余計なこと考えない」
弘子につねられた。夕子には読心術もないらしく、きょとんとした目で見ていた。
「ここよ」
夕子は問屋街の中の一軒の店に入って行った。
おっと、気をつけないと、私はドアを通り抜けられない。
夕子の話では、かなり特殊な生地まで揃い、映画関係者も仕入れに来るそうだ。
夕子のお勧めはメリヤス生地だ。伸縮性に秀でて身体にフィットするそうだ。
確かに引っ張るとよく伸びる。問題はその他のパーツ部分だ。
胸当てや目の周り、そして黄色のライン。
夕子の話では、フォームラテックスと言う素材が良いらしい。
これは、実際にスパイ○ーマンにも使用されているそうだ。あの、網目部分だ。
ただ、素人が簡単に加工できるものではない。
しかも、映画と違って秘密にするとなれば、なおさら困難だった。
製作会社に持ち込めないのだから、いた仕方ない。
その解決策は、弘子が考えることになった。衣装三着分のメリヤスを買い込み、店を出た。
もちろん色は黒である。この店の特徴は、色の豊富さでもあったが、迷うことはなかった。
何故、三着分かといえば、制作には失敗もあるからとの夕子の返答だった。
そのあとミシンも買ったが、もちろん配達だ。とても持ち帰れる代物ではなかった。
本当は軽々持てたのが、通行人にどんな目で見られるか、想像しなくても理解出来た。
アパートに戻ると、直ぐに私の採寸が始まった。身体を五つのパーツに分けて作り、
最終的に縫い合わせるのが最良だと、夕子は言った。
そして型紙が作られ、ヒーロー衣装は少しずつ全体像がわかるようになってきた。




