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遅い目覚め  作者: 勝目博
11/18

第11話

翌朝、気分よく目覚めた私を震撼させる出来事が起こっていた。

テレビのニュースは、昨夜の事件で持ちきりだった。

あの、若作りの女性は、警察に言わなかったが、マスコミに話してしまったのだ。


(寝巻き姿の謎の男性、女性を助け、賊を退治)

なんて見出しだ。報道内容はざっとこんなところだ……。

 ( 昨夜九時ごろ、住居侵入の賊が入り、被害者の女性をベランダから突き落とした。

   ところが空飛ぶ寝巻き姿の男性に助けられ、しかも賊まで退治した。

   男性は警官の到着を待たず、その場から姿をくらませた。被害者の女性が言うには、

   ベランダから飛び去ったとの事です。)

しかもキャスターは言いたい放題だった。何故、寝巻きなのか?本当に空を飛べるのか?

何故、警官の到着前に逃げ出したのか?

『逃げたとは失敬な……』

私は腹が立ったと同時に無様なヒーローだと、情けなくなった。

締めくくりは、夢でも見ていたのでしょう。と来たもんだ。

これでまともなコスチュームでもあれば、堂々と出来たはずだと思った。急ぐ必要がある。

今日もあの焼き鳥店に行かないと……。まずはその前に朝食だ。

今日こそ昨日の無駄を挽回をしなくては、仕事と住みか。それが最重要課題だ。

昨日と同じ喫茶店でモーニングを食べ、職安に向かった。

不景気なのは分かるが、求職者が多く所内は混雑していた。

いい仕事がないかと、皆躍起になって求職カードを見ていた。

新規のカードが配布されると、我先にとカードに群がった。

見ればまだまだまともな人間ばかりで、職探しに躍起なる様には見えなかった。

リストラの嵐が吹き荒れる中、その嵐に巻き込まれたのだろう。

女房子供のためにも、前職よりも待遇が悪いところへは転職できない。

給料が下がることを、女房族は認めてはくれない。大変な時代だ。その点私は独り者。

食うに困らない程度の収入があれば、文句はない。それよりも、大事な使命がある。

ここにいる求職者の中では気楽なものだ。と、思っていたが、大間違いだった。まずは年齢。

それから最終学歴に実務経験にいたるまで、私に当てはまりそうな仕事は見つからない。

言い換えれば、誰も私を必要としていないのである。

係りに尋ねても、難しいね、と首を傾けるだけ。

それでも、幾つかは紹介してくれたが、どれも遠くの工場勤務だった。

よく聞く、期間工員で、寮は完備されているが、夜勤もあり人助け所ではない。

いくら早く走れるからと言っても、毎日、都会まで来ることが出来る距離でもなかった。

唯一、都会で出来る仕事は、清掃員だった。しかも夜間のビル清掃で、ヒーローとの、

二束の草鞋には向かない。これならば、喫茶店のバイトのほうがましだった。

そこで、私が思いついたのは、レストランの皿洗い。食事も出来て一石二鳥だ。

私は昨日と同じコンビニで、求人誌を買った。月曜は多くの求人誌が発売される。

三冊ほど買い込んで、ホテルに戻った。どこかの公園でもとも思ったが、昨日のことがある。

ホテルでじっくりと読むことにした。部屋には電話もあるし、気になる求人情報があれば、

直ぐ連絡できる。

良さそうな情報が載っているページを折り曲げ、三冊とも目を通した。

折り曲げたページを更にじっくりと読み、応募資格を丹念に調べた。

結局、私でも雇ってくれそうなところは、五社ぐらいだったが、

片端から電話を掛けることにした。今まで転職ばかりの私には、造作もないことだ。

そのうち、二社と面接までこぎつけ、昼過ぎに訪問の約束を取り付けた。

一時と、二時だ。面接の二社は、多少距離は離れてはいるが、私には問題ない。

まだ時間はある。そろそろ昼食時間だ。

カレーは止めよう。もう失敗はしたくもないし、する余裕もない。

どちらか仕事が決まれば、その足で不動産屋を回ろうと考えていた。

さて困った。昼食は何にするか?昨日みたいな失敗は出来ない。

ラーメンとも思ったが、味噌や醤油が悪ければどうする?

簡単に牛丼とも考えたが、肉が悪ければどうする?定食屋の焼き魚。魚が悪ければどうする?

結局は、昼食抜きと結論を出した。食べなければ、問題ないはずだ。

その間、私は本屋に向かった。今日はコミックのコーナーに向かい、

それとなくヒーローのコスチュームを比較しようと考えた。

レジの女の子が心配だったが、今日はいない。髪がちりちりでは無理からぬことだが……。

立ち読みしながら比較して、私なりに気づいたことがある。

アメリカンコミックのヒーローのほうが、日本版ヒーローより現実的だ。

日本のヒーローは突飛過ぎた。改造的で合体ものが多い。

チームが多く、単体はあまりいなかった。ウル○ラマンは家族勢ぞろいだ。

しかし、日米どのコスチュームも、身体にぴったりしたものが殆どだった。

中年腹の私には、とても着られるはずがない。

何か身体前面を隠すようなものが必要に思えた。

野球のキャッチャーのプロテクターなど良さそうだ。

勿論あのままだとヒーローとは呼ばれない。見出しも

(野球帰りのおっさん、女性を助ける)

になりそうだ。ヒーローらしく飾る必要がある。一緒にマスクはどうだろうか?駄目だ。

(十三日の金曜日)

的になる。スー○ーマンみたいに顔丸出しにするか、スパ○ダーマンみたいにすべて隠すか、

あるいは、バッ○マンみたいに半分隠すか。丸出しは無理そうだ。そんな自慢の顔ではない。

今ではありふれたおっさん顔だ。

(いかれたおっさん、いかれた衣装で女性を助ける)

になる。いかれた衣装でなくとも、寝巻き姿でさえテレビで馬鹿にされる。

どんなネーミングにされるやら、である。そんなことを考えていると、

無性に今朝のニュースキャスターがムカついて来た。人権損害で文句を言おうか……。

無理だ。私は人ではない。はっきり言えばエイリアンだ。

エイリアンに人権尊重は当てはまらないだろう。

中年太りのエイリアン。聞いたこともない。そろそろ時間だ。

面接に遅れるわけにはいかない。

本屋を出て、人通りの少ない裏道に向かい、全速力で走り出した。が、早くない。

またかよ。今日は何が悪い?答えは簡単だった。食べてない。ゆえにパワーが出ない。

急いで牛丼屋に駆け込んだ。ビールだけを注文し、一気に飲み干し店を出た。

これでパワーアップするはずだ。アルコールがパワーをアップすることは、経験済みだった。案の定、あっという間に一社目の会社に着いた。

約束の五分前だ。胸を撫で下ろし堂々と会社に入っていった。

食堂からレストラン、居酒屋からバーまで、飲食事業全般に展開する会社だった。

事務の女性に訪問の用件と、面接官との約束を伝えた。しかし、女性は白い目で見ていた。

何故だ。服装に可笑しなところはない。どこか、汚れているわけでもない。

きっとそんな目つきなのだろうと、勝手に納得した。

ところが、面接官も、露骨に不快感を表した。

「わざわざ来てもらったけど、不謹慎だね」

「はあ?」

私は訳が分からず聞き返した。

「何がいけないのです」

「面接はしてあげるから、その前に顔を洗ってきなさい」

面接官はそう言うと、洗面所を指差した。不思議な思いで洗面所にいくと、

鏡に映った自分の顔に驚いた。顔は真っ赤で目はトロン、完全な酔っ払いだ。

たった一本のビールでも、走ったお陰で酔いが回ったらしい。

何度か水で顔を洗い、面接は受けたものの、結果は散々……。お分かりだと思う。

しかし、落ち込んでいる暇はない。二社目の面接まではまだ時間がある。

なるべく走らず、移動することにした。電車でもふた駅だ。

駅のトイレで鏡を覗くと、酔いは醒めているようだった。

人助けで急いでも、酒は飲めないと思った。酒の力を借りてしまえば、

(赤ら顔の酔っ払い、女性を助ける)

になってしまう。赤鬼マンか?やはり顔は全部隠さないといけないみたいだ。


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