第11話
翌朝、気分よく目覚めた私を震撼させる出来事が起こっていた。
テレビのニュースは、昨夜の事件で持ちきりだった。
あの、若作りの女性は、警察に言わなかったが、マスコミに話してしまったのだ。
(寝巻き姿の謎の男性、女性を助け、賊を退治)
なんて見出しだ。報道内容はざっとこんなところだ……。
( 昨夜九時ごろ、住居侵入の賊が入り、被害者の女性をベランダから突き落とした。
ところが空飛ぶ寝巻き姿の男性に助けられ、しかも賊まで退治した。
男性は警官の到着を待たず、その場から姿をくらませた。被害者の女性が言うには、
ベランダから飛び去ったとの事です。)
しかもキャスターは言いたい放題だった。何故、寝巻きなのか?本当に空を飛べるのか?
何故、警官の到着前に逃げ出したのか?
『逃げたとは失敬な……』
私は腹が立ったと同時に無様なヒーローだと、情けなくなった。
締めくくりは、夢でも見ていたのでしょう。と来たもんだ。
これでまともなコスチュームでもあれば、堂々と出来たはずだと思った。急ぐ必要がある。
今日もあの焼き鳥店に行かないと……。まずはその前に朝食だ。
今日こそ昨日の無駄を挽回をしなくては、仕事と住みか。それが最重要課題だ。
昨日と同じ喫茶店でモーニングを食べ、職安に向かった。
不景気なのは分かるが、求職者が多く所内は混雑していた。
いい仕事がないかと、皆躍起になって求職カードを見ていた。
新規のカードが配布されると、我先にとカードに群がった。
見ればまだまだまともな人間ばかりで、職探しに躍起なる様には見えなかった。
リストラの嵐が吹き荒れる中、その嵐に巻き込まれたのだろう。
女房子供のためにも、前職よりも待遇が悪いところへは転職できない。
給料が下がることを、女房族は認めてはくれない。大変な時代だ。その点私は独り者。
食うに困らない程度の収入があれば、文句はない。それよりも、大事な使命がある。
ここにいる求職者の中では気楽なものだ。と、思っていたが、大間違いだった。まずは年齢。
それから最終学歴に実務経験にいたるまで、私に当てはまりそうな仕事は見つからない。
言い換えれば、誰も私を必要としていないのである。
係りに尋ねても、難しいね、と首を傾けるだけ。
それでも、幾つかは紹介してくれたが、どれも遠くの工場勤務だった。
よく聞く、期間工員で、寮は完備されているが、夜勤もあり人助け所ではない。
いくら早く走れるからと言っても、毎日、都会まで来ることが出来る距離でもなかった。
唯一、都会で出来る仕事は、清掃員だった。しかも夜間のビル清掃で、ヒーローとの、
二束の草鞋には向かない。これならば、喫茶店のバイトのほうがましだった。
そこで、私が思いついたのは、レストランの皿洗い。食事も出来て一石二鳥だ。
私は昨日と同じコンビニで、求人誌を買った。月曜は多くの求人誌が発売される。
三冊ほど買い込んで、ホテルに戻った。どこかの公園でもとも思ったが、昨日のことがある。
ホテルでじっくりと読むことにした。部屋には電話もあるし、気になる求人情報があれば、
直ぐ連絡できる。
良さそうな情報が載っているページを折り曲げ、三冊とも目を通した。
折り曲げたページを更にじっくりと読み、応募資格を丹念に調べた。
結局、私でも雇ってくれそうなところは、五社ぐらいだったが、
片端から電話を掛けることにした。今まで転職ばかりの私には、造作もないことだ。
そのうち、二社と面接までこぎつけ、昼過ぎに訪問の約束を取り付けた。
一時と、二時だ。面接の二社は、多少距離は離れてはいるが、私には問題ない。
まだ時間はある。そろそろ昼食時間だ。
カレーは止めよう。もう失敗はしたくもないし、する余裕もない。
どちらか仕事が決まれば、その足で不動産屋を回ろうと考えていた。
さて困った。昼食は何にするか?昨日みたいな失敗は出来ない。
ラーメンとも思ったが、味噌や醤油が悪ければどうする?
簡単に牛丼とも考えたが、肉が悪ければどうする?定食屋の焼き魚。魚が悪ければどうする?
結局は、昼食抜きと結論を出した。食べなければ、問題ないはずだ。
その間、私は本屋に向かった。今日はコミックのコーナーに向かい、
それとなくヒーローのコスチュームを比較しようと考えた。
レジの女の子が心配だったが、今日はいない。髪がちりちりでは無理からぬことだが……。
立ち読みしながら比較して、私なりに気づいたことがある。
アメリカンコミックのヒーローのほうが、日本版ヒーローより現実的だ。
日本のヒーローは突飛過ぎた。改造的で合体ものが多い。
チームが多く、単体はあまりいなかった。ウル○ラマンは家族勢ぞろいだ。
しかし、日米どのコスチュームも、身体にぴったりしたものが殆どだった。
中年腹の私には、とても着られるはずがない。
何か身体前面を隠すようなものが必要に思えた。
野球のキャッチャーのプロテクターなど良さそうだ。
勿論あのままだとヒーローとは呼ばれない。見出しも
(野球帰りのおっさん、女性を助ける)
になりそうだ。ヒーローらしく飾る必要がある。一緒にマスクはどうだろうか?駄目だ。
(十三日の金曜日)
的になる。スー○ーマンみたいに顔丸出しにするか、スパ○ダーマンみたいにすべて隠すか、
あるいは、バッ○マンみたいに半分隠すか。丸出しは無理そうだ。そんな自慢の顔ではない。
今ではありふれたおっさん顔だ。
(いかれたおっさん、いかれた衣装で女性を助ける)
になる。いかれた衣装でなくとも、寝巻き姿でさえテレビで馬鹿にされる。
どんなネーミングにされるやら、である。そんなことを考えていると、
無性に今朝のニュースキャスターがムカついて来た。人権損害で文句を言おうか……。
無理だ。私は人ではない。はっきり言えばエイリアンだ。
エイリアンに人権尊重は当てはまらないだろう。
中年太りのエイリアン。聞いたこともない。そろそろ時間だ。
面接に遅れるわけにはいかない。
本屋を出て、人通りの少ない裏道に向かい、全速力で走り出した。が、早くない。
またかよ。今日は何が悪い?答えは簡単だった。食べてない。ゆえにパワーが出ない。
急いで牛丼屋に駆け込んだ。ビールだけを注文し、一気に飲み干し店を出た。
これでパワーアップするはずだ。アルコールがパワーをアップすることは、経験済みだった。案の定、あっという間に一社目の会社に着いた。
約束の五分前だ。胸を撫で下ろし堂々と会社に入っていった。
食堂からレストラン、居酒屋からバーまで、飲食事業全般に展開する会社だった。
事務の女性に訪問の用件と、面接官との約束を伝えた。しかし、女性は白い目で見ていた。
何故だ。服装に可笑しなところはない。どこか、汚れているわけでもない。
きっとそんな目つきなのだろうと、勝手に納得した。
ところが、面接官も、露骨に不快感を表した。
「わざわざ来てもらったけど、不謹慎だね」
「はあ?」
私は訳が分からず聞き返した。
「何がいけないのです」
「面接はしてあげるから、その前に顔を洗ってきなさい」
面接官はそう言うと、洗面所を指差した。不思議な思いで洗面所にいくと、
鏡に映った自分の顔に驚いた。顔は真っ赤で目はトロン、完全な酔っ払いだ。
たった一本のビールでも、走ったお陰で酔いが回ったらしい。
何度か水で顔を洗い、面接は受けたものの、結果は散々……。お分かりだと思う。
しかし、落ち込んでいる暇はない。二社目の面接まではまだ時間がある。
なるべく走らず、移動することにした。電車でもふた駅だ。
駅のトイレで鏡を覗くと、酔いは醒めているようだった。
人助けで急いでも、酒は飲めないと思った。酒の力を借りてしまえば、
(赤ら顔の酔っ払い、女性を助ける)
になってしまう。赤鬼マンか?やはり顔は全部隠さないといけないみたいだ。




