第10話
手摺土台のコンクリートに腰を下ろし、空を見上げると、多くの星が輝いていた。
故郷はまだあるのだろうか……。そんな想いで見ていると、一際輝きを放つ星が見えた。
もちろんそれが故郷とは解らない。ただ、懐かしさだけは感じずには居られなかった。
気分が落ち着き、私はゆっくりと立ち上がった。夜風が私の髪を優しく撫ぜ回した。
そして周囲を見渡すと、この建物よりも若干低い建物が隣に並んでいた。
飛び移れない距離では無さそうだ。
狭い路地を挟んでいるだけだ。いつまでもここで長居するわけには行かない。
賊の進入経路の確認で、屋上に来る恐れも残っていたからだ。
しかし、ジャンプもあまり得意ではない。だから思い切り助走を付けてジャンプした。
私の身体は、鳥になったように夜空に浮かんが。楽勝だ。と思ったが、飛びすぎた。
隣の建物を余裕で飛び越えてしまったのだ。その先には……。何もない。
これでは五十センチの飛行術も役には立たない。落ちるに任せるしかなかった。
なるべく身体を丸めて……。
幸い落ちたところは土の露出したところで、怪我はない……。
様に見えたが、左足に鉄筋が刺さっていた。脹脛のところだ。
「なんだー、痛てー」
私は思わず叫んでしまった。しかし、引き抜くしかなかった。
勢い欲引き抜くと、辺りに血が飛び散った。
しかし引き抜いた後は、見る見る傷が回復するのが分かった。
痛みは感じるが、回復は早いようだ。ところが、完全に回復しても、痛みは残った。
神経過敏だな。
足を引きずり表に出ると、マンションの建設予定地だと気が付いた。
完成予想図画が壁に張られていた。
どうりで鉄筋があるわけだ。もっと早く造れよ。と怒鳴りたかった。
振り返るとまだ、マンションの前にはパトカーは止まっていた。
目を凝らすとさらによく見えた。そう、私の汚物がべっとりと付いた様子がよく見えた。
耳を澄ますと「誰だ」と怒鳴る警官の声も聞こえた。
私は助けた女性が気になって仕方がなかった。
変なことを話してなければ良いと、野次馬を装い近くまで近づいた。
耳を澄ますと、女性と警官の話す声が聞こえてきた。
一度聞いた声だから、探し出すのは容易だ。
「電話で話していらした男性は?」
「気が付いたら消えていました」
「犯人を縛ったのは?」
「男性です」
「我々が到着したとき、鍵は掛けられたままでしたね。
その男性はどこから帰ったのでしょう」
しばらく間があってから、女性は答えた。
「さあ、電話中だったので、見ていません」
どうやら女性は口を閉ざしてくれたらしい。まあ、真実を話しても、
誰も信じはしないだろう。私は安心して、ホテルに戻ろうとした。
ところが、やけに他の野次馬が私を見る。そして笑うのだ。
それもそのはず、私はホテルの寝巻き姿だった。
鉄筋を引き抜くときにも、焦っていたせいで気が付かなかった。
馬鹿だ。顔から火が出そうだ。おっと、気をつけないと本当に火を吐く恐れがある。
私は照れ笑いを浮かべながら、その場を離れた。
そして、人目のない裏路地で全力疾走の体勢に入った。
もう痛みはない。と、何か視線を感じた。見ると、あの中学生がじっと見ていた。
「やあ」
その時私は既に走り出していた。夜遅くに不良少年と思ったが、
「うあー」
と逃げ出しているだろうと考えると、つい笑ってしまった。
走る姿は早すぎて人には見えない。
地続きならば、かなり多くの人助けが出来そうだと、私は確信した。
ともかく急いで帰らなければ、寝巻き姿ではどうしようもない。
戻る間も、助けを求める声は聞こえた。
差し迫っているようには聞こえない。自分の中でもこれである程度の基準は出来たと思う。
聞こえる叫び全部をまわることなど、所詮は出来ないのだから。




