第7話
「アスクぅ。リュラ、疲れちゃったー。リュラもお馬さんのりたいよ~」
そばを通りかかった行商人をみて、リュラがダダをこねる。
行商人は二頭の馬を引き連れ、ゆっくりと行進している。
「もう少しで着くから我慢してくれるか?」
「ええ~。ねえ、どうして町を出たの?」
「リュラの両親を探すためだよ。もうあの町に居ても、情報は入ってこないから。だから見つかるまでは、俺がリュラのパパ代わりな!」
「アスクがパパ? リュラはアスクがパパでもいいよ?」
「そっか。ありがと」
リュラのさらさらな髪を梳き頭をなでる。
リュラは「えへへ」と笑って、俺の手に頭を押し付けた。
それから半刻の時間が過ぎ、ようやく到着したのは。
「うわぁ~。アスク、みてみて! いろんな動物がいる~!」
動物遊技団体で有名な町【ネスタ】だった。
「走ると危ないぞ~。って、聞いてないな」
「アスクぅ~。この町すごいね!」
「ああ。この町には動物遊技団体があるからな。ここからいろいろ情報が集まりそうだよ」
「アスクぅ! はやくはやく!」
「本当に転ぶぞ──リュラ!?」
つんのめったリュラは、そのままコンクリートへとダイブ。
赤くすりむいた頬で振り返ると。
「アスグぅ~~。いたいよ~~」
目に涙を浮かべわんわんと泣き始めてしまった。
「だから言っただろ。大丈夫かリュラ?」
「大丈夫じゃない~。アスク、たすけて~~」
「ほら立って。ちょっとそこのベンチに座ろう」
リュラをベンチに座らせると、傷口に応急処置を施す。
「これでよし。今日はもう遅いし、とりあえず宿屋に行くか」
「うん……。でも、リュラ足痛くて歩けないかも」
「しょうがないな。ほら」
「わーい! アスクぅ、ありがとう!」
リュラをおんぶして宿屋へと向かう。
背中のリュラは楽しげに足をパタパタと揺らしていた。
「宿屋までは遠いの?」
「たぶんそんなに遠くないと思う。ここを曲がればすぐだよ」
曲がり角を曲がったそのとき。
アスクは衝突する。
思わぬ衝撃にたたらを踏むと、倒れないように踏ん張る。
しかし少女は衝撃に耐えられなかったのか、尻餅をついてしまった。
「大丈夫ですか!?」
「あっ、はい。すいませんでした。急いでたので」
そう言って謝る少女。ゴージャスな金髪ロングに、スカイブルーのような碧眼。
鈴の音のような声を紡ぐ小ぶりで桜色をした唇。
どことなく品のある顔立ちをしていた。
服も小奇麗でどこか育ちのよさを思わせる。
顔立ちからそうアスクと変わらぬ年齢だと見て取れた。
「本当にすいませんでした。失礼します」
そう言って少女は慌しく去っていった。
「アスクぅ、大丈夫?」
「大丈夫だよ。それより宿屋へ急ごう」
俺はリュラを背負いなおすと、宿屋へ向かって歩を進めた。
* * *
ガヤガヤと煩い店内に入ると、受付の女性に声をかける。
「二名なんですけど、部屋ありますか?」
「空いてるわよ。あら、かわいい娘ね。娘さん?」
「はい。かわいいでしょ?」
「あらあら。ふふ。親ばかねぇ~」
部屋の鍵を受け取ると、背中にコツンと柔らかい重み。
「アスクがパパだって。えへへ」
機嫌のいいリュラを連れて宿屋で一晩夜を明かした。
翌日。目覚めた俺は、町がざわついているのに気づいた。
宿屋の人に話を聞くと、動物遊技団体の花形アーティストが失踪したらしい。
町は総力をあげてその人を探しているということだった。
「そんなにすごい人なんですか?」
「ええ。この町のスターだもん。もし見つけたら教えてね」
「俺、どんな人かわからないんですけど」
「大丈夫よ。すっごく綺麗な子だから、見たらすぐわかるわよ」
まあ、町で見かけたら声をかけてみよう。その時はその程度の認識だった。
部屋に戻り寝ているリュラを起こすと、さっそく町に繰り出す。
「アスクぅ。今日はどこに行くの?」
「う~ん。動物遊技団体に行ってみるか? リュラも見てみたいだろ?」
「うん! リュラ、動物すきー!」
はしゃぐリュラの手をとり、一緒に動物遊技団体へ向かった。
動物遊技団体は不穏な空気に包まれており、人がせわしなく動いている。
俺は近くにいた男を捕まえて事情を聞いた。
「やっぱりまだ見つかってないんですか?」
「誰だきみは? そんなことより、今ここは立ち入り禁止だよ」
「あっ、すいません。たまたま宿屋で花形スターが失踪したと聞きまして」
「はぁ~~。本当にリエラのやつ、どこいったんだよ~」
花形スターの名前はリエラというらしい。
俺はもう少し聞いてみることにした。
「そのリエラって人は、いつから失踪したんですか?」
「昨日だよ。稽古中に突然いなくなったんだ。朝になってもいないから、今みんなで探してるんだよ」
「そうですか。その人の特徴とか教えてもらえますか?」
「あ~、長い金髪で碧眼、すごく綺麗な子だよ」
「そうですか……」
もしやと思った俺は、感謝の言葉を告げその場を後にした。
「アスクぅ。動物遊技団体みれないの?」
「ごめんな。今はダメだってさ」
「なんだ~。つまんない」
リュラは路傍の小石を蹴っ飛ばし、頬を膨らませいじけていた。
「今度絶対連れて行ってあげるから、今日は帰ろうか」
「約束だよ? 絶対だからね!」
「わかった、わかった」
服の袖を引っ張るリュラと約束を交わし、帰っている途中。
裏路地においてある樽から見える、綺麗な金色の髪。
もしや──
「あんたリエラか?」
「ひゃっ!?」
少女は素っ頓狂な声をあげ、こちらを見ると。
「い、いえ。人違いです」
「じゃあ、何でそんなところに隠れていたんだ?」
「別に隠れていたわけではなく。なんと言いますか……」
その時。表でリエラを探す声が聞こえてくる。
少女はビクッと身体を縮めると意を決したように顔を上げ。
「すいません。ちょっと匿ってくれませんか?」
こうしてまた一人、厄介な拾われっ子が増えるのだった。
* * *
あの場所に居ることも出来ず、一先ず宿屋まで来てもらった。
少女をベッドに座らせ事情を聞く。
「それで、リエラでいいんだよな?」
「ええ。先ほどはすいませんでした。嘘をついてしまって」
「それはいいよ。それよりどうして動物遊技団体から逃げ出したんだ?」
「今の動物遊技団体はダメなんです。昔と変わってしまったから」
「どうして?」
「昔は皆で楽しくやっていたんです。それが今じゃお金のことばかり。私はもう耐えられないんです」
「それで逃げ出したと」
「はい……」
沈黙がおりる中、リュラが口を開いた。
「お姉ちゃん、やめればいいんじゃないの~?」
「えっ?」
「だってイヤなんでしょ? リュラは、イヤなことしたくないもん」
「そ、それは。でも、そんな簡単にはいかないのよ」
「どうして? リュラにはよくわかんない」
リュラは喋りたいことを喋ると、また一人でベッドにゴロンと横になる。
確かにリュラの言う通りだが、リエラの気持ちもわかる。
とりあえず俺は軽い調子で言った。
「また明日考えるってことで、今日は飯食って寝ようぜ」
「そうですね」
「リュラ、ご飯食べるー! アスク、はやくはやく!」
「わかったから。引っ張るなって!」
「仲いいんですね。娘さんですか?」
「まあ、そんな所だ。かわいいだろ?」
「ええ、とっても。羨ましいです」
リエラはふふっと微笑むと、下を向いて何事か考え込んでいる様子。
俺はチラとリエラを流し見して、リュラと一緒に先に部屋を出た。
しかし翌日。
朝起きると、リエラの姿が忽然と消えていた。
* * *
「アスクぅ。お姉ちゃんどこいったの?」
「さあ。もしかしたら動物遊技団体に帰ったんじゃないか?」
「じゃあお姉ちゃんに会いに行こう! リュラ、会いたい!」
「よし。行ってみるか」
動物遊技団体に着くと、喧嘩している声が聞こえてきた。
リエラと恰幅のよい、ひげを生やした男性が言い合いをしている。
「何度言えばわかるんだ! お前はうちの花形だぞ。それがいきなり辞めたいなどと、許されるわけがないだろう!」
「でも私にはもうできません。今の動物遊技団体は変わってしまいました。今はお金のことばかりで、楽しくないんです」
「それは仕方ないだろう。お客が来ないと商売にならないんだ。リエラだって、それぐらいはわかるだろ?」
「でも……。私はやっぱり昔みたいに楽しく仕事がしたいんです!」
「勝手なことを言うな! ほら、こっちにこい!」
「いやっ、はなして!」
リエラの腕を強引に掴む男。俺はその手を掴んだ。
男が何だお前はと言わんばかりに、こちらをねめつけてきた。
「話は聞いてたけど、リエラの好きにさせてあげたらいいじゃないか? 何でそんなにリエラにこだわるんだ?」
「誰だお前は!? 関係ないやつはひっこんでろ!」
「やめて! アスクさんも何で来たんですか!」
「俺はリエラが居なくなってて心配したんだぞ。リエラも嫌ならはっきり断れよ」
「お前には関係ないことだ! ひっこんでろ!」
男の振り回した腕が、俺の頬を強打する。
頬に鈍い痛み、俺はそれでも男を睨みつけて言った。
「リエラを辞めさせてやってくれ。頼む」
そして頭を下げた。
「どうしてアスクさんがそこまで……」
「リエラにはやりたいことをやってもらいたいんだよ」
「ならんぞ! リエラ、早くこっちにこい!」
男が制止の声をあげ、リエラの腕をもう一度掴もうとする。
しかし、リエラはスルリと腕を躱し毅然とした態度で言った。
「団長。今までお世話になりました。私はこれから旅に出たいと思います」
「何を言ってるんだ、リエラ! この動物遊技団体はどうする! どうなると思っているんだ!」
「今の私が公演を続けても、いい結果は生まれないと思います」
「そんな勝手が許されるわけないぞ! リエラ! 戻ってこい!」
「おっさんもしつこいな。ここは暖かく送り出してやる所だろ」
「うるさい! お前のせいで……お前のせいだ!」
男は拳を握りしめ突進してくる。
俺はひらりと躱し上着から短刀を取り出すと、男の鼻先に切っ先を突きつけた。
「もしこれ以上何か言うなら、お前を切るぞ?」
男はガクガクと震え、そのまま立ち去って行く。
踵を返すと改めてリエラに言った。
「よかったな。でもこれからどうするんだよ?」
「私も旅に出ようと思います。自分探しの旅です」
「そっか。いいんじゃないか。そういうのも」
「はい。それじゃあ、ありがとうございました」
そう言って歩き出そうとするリエラに声をかける。
「もしよかったらさ。俺達と一緒に行かないか?」
「えっ?」
「俺達も旅してるんだけど、リエラさえ良かったらどうかなって……」
「そ、そうですか。わ、私は別に、いい……ですよ」
「本当か!? じゃあ、その、これからもよろしくな」
「はいっ。これから、よろしくお願いします」
こうして一人、新しい仲間が増えるのだった。
「お姉ちゃんも一緒に旅するのぉ?」
「うん。リュラちゃん、よろしくね?」
「やったぁ! アスクぅ、よかったね!」
「そうだな。さて、これからどうするかな~」
沈む夕日を見ながら、三人は笑い合うのだった。