第6話
期間が空いてしまい、すいません。ネット小説大賞の締切日までには書き上げますので、今後共読んで頂けると嬉しく思います。
【忘れ去られた遺跡】
ボリビアの町からほど近い場所にそれはあった。
ダンジョンの入り口は苔むして、ほの暗い内部はまるで底なしのよう。
時折響く獣の唸り声が焦燥感を煽る。
意を決してダンジョンに入ると、そこはもう別世界だった。
剥き出しの岩肌に備え付けの蝋燭。
暗くて深い闇の中、光石の明かりだけが頼りだった。
てじかにある蝋燭に火を灯すと、うっすら全体を把握することができた。
入り口からなだらかにくだり奥まで続く通路。
その通路を慎重に歩く。気のせいか気温も少し下がった気がする。
行く先々で蝋燭に火を灯し周囲に警戒を配る。
右に左に曲がりながら到着した場所は行き止まりだった。
周囲をくまなく調べると、岩肌と同化したスイッチを発見する。
スイッチを押すとゴゴっと音をたて、隠れていた通路が姿を現した。
隠し通路を進んだ先にいたのは、とがった耳に大きな目、鉤鼻の下に犬歯ののぞく唇。
醜悪な面構えをしたゴブリンがまるで番人のように徘徊していた。
俺は通路に隠れながらゴブリン共をやり過ごすと先を急ぐ。
ついに辿り着いたダンジョンの奥地。
そこにはフードを目深にかぶった女とリュラが居た。
「あら、意外と早かったのね」
「やっと会えたな。探したよ」
「あら。うれしいわ。今日はなんのご用?」
「リュラを取り返しにきた」
「あら? 私がこの子の親に会わせるって言わなかったかしら?」
俺は女の言葉を無視すると、ぽかんとしているリュラに言う。
「リュラ、ごめんな。一緒に帰ろう?」
「アスク? どうしたの?」
つぶらな瞳が俺を見上げる。女はニヤリと口角をあげた。
「リュラちゃん? もうすぐお母さんとお父さんに会えるから、ちょっとだけ向こうで遊んでてくれる?」
「ほんとうに? リュラ、向こうで遊んでくる!」
疑うことを知らないリュラは、岩陰の向こうへ走り去っていく。
女は向かい合うと、拍手を打った。
するとどこにいたのか、数人の武装した男達が下卑た笑みを浮かべて登場した。
女と同じ白いコートを羽織り、湾曲した刀を持っている。
逃げ道をふさぐようにして四人の男達が俺を包囲した。
「最初からこのつもりだったのか?」
「ええ。邪魔者には消えてもらわないと困るのよ」
女は何の感情もなく吐き捨てるように言った。
「あの子に残す言葉はあるかしら? それぐらいは聞いてあげるわよ?」
「大丈夫だ。俺が直接伝えるからな」
「あらそう。それじゃあ死んでくれるかしら」
女の言葉を合図に男達の内の一人が襲い掛かってくる。
右側から突きこまれる曲刀を躱し、振り向きざまにカウンターの一撃をいれる。
上着の内側に隠していた短刀の柄で男の頸椎を殴打する。
男はなにごとかえづくと、そのまま倒れ伏した。
一人が倒れたことで男達の中にも緊張がはしった。
「へえ。まさかそんな武器を隠してるとはね。でも、三人相手にいつまでもつかしらね?」
余裕をみせる女に対して、俺は焦り始めた。
早く片を付けなければ、リュラが戻って来てしまう。
こんなバイオレンスシーンを、リュラに見せる訳には行かない。
俺は曲刀をくるくると弄ぶ男に狙いを定めた。
握った短刀を男の胸元めがけ突きこむ。それを男はひらりと躱し、こちらの隙をつくように背後から別の男が曲刀を振り下ろす。
俺は背後から迫る曲刀を横っ飛びで躱し、バックステップを踏むと後退する。
男達はねぶるのが楽しいのか、じりじりと距離を縮めてくる。
男達が動いた分だけ後ろに下がると、背中に冷たい岩肌の感触。
気が付けば追い詰められていた。
「ふふふ。さようなら」
女の顔が愉悦に染まる。
三本の凶刃が俺の胸を穿つその時──
「アスクぅーーー!」
幼いリュラの叫声が響いた。
いつの間に岩陰の向こうから出てきていたのか、リュラは涙目で俺のことを見ている。
俺はリュラの紫陽花色をした瞳を見つめながら『ごめんな』と、口を動かして伝える。
「アスク、しんじゃダメーー!」
一際大きく叫声をあげると、リュラの全身から淡い光が溢れ出した。
その光は俺を優しく包み込むと、俺の命を死から生へと塗り替えた。
目の前に迫る凶刃は光に阻まれ、俺の胸に到達することができないでいた。
「な、なにが起こっているの!?」
女は不可思議な現象に焦りを見せ、二の足を踏んでいる。
俺はこの好機を逃さなかった。立ちすくむ男三人を蹴散すと女に向かって疾走する。
目深に被ったローブの奥、チラと見えた女の瞳が恐怖に揺れる。
スピードはそのままに腰だめから短刀を切り上げる。
目深に被ったローブごと女の首を切り裂いた。
ドバっと大量の血を撒き散らしながら女は床に倒れる。
倒れた反動でローブが脱げると、隠れていたモノがあらわになる。
「お前……それ……」
リュラと同じ犬のような獣耳。血を浴びて朱く染まったソレは、力なく垂れ下がっていた。
虫の息でもなお女は嘲笑を浮かべる。
「びっくりしたかしら。私があの子と同じ……いや、違うわね。だってあの子は……」
女は最後まで言い終わることなく死んだ。
「おいっ! なんなんだ一体──って、リュラ!」
リュラは力なく横たわっていた。
倒れているリュラの元へ駆け寄ると、穏やかな寝息が聞こえた。
「心配させるなよ。リュラ……」
寝ているリュラの髪の毛をすくと、リュラがくすぐったそうに身を捩る。
リュラを背中に背負うとすっかり暗くなった道を引き返した。
* * *
カランと音を立て居酒屋兼宿屋の扉を開ける。
すぐにマミラさんが声をかけてきた。
「アスク遅かったじゃないか──リュラちゃんに何かあったのかい?」
「詳しいことは明日話すよ。悪いけど、部屋借りてもいい?」
「二階の空いてる部屋使いな。ご飯はどうする?」
「今日はいいや。悪いねマミラさん」
何も聞かずに気を使ってくれるマミラさんに感謝しつつ、寝ているリュラをベッドまで運ぶ。
スースーと寝息を立てるリュラの顔は、安心しきった穏やかな表情をしていた。
そっとリュラを横たえると、窓辺に腰掛ける。
満月が【ボリビア】の町を照らしていた。
俺は一人決意した。
この町を離れて、リュラと共に旅に出ようと。
そして翌日。
俺とリュラの旅が始まった。