第3話
「パ、パパぁぁああ!?」
なんとこの少女は、俺のことを親と勘違いしているらしい。
つぶらな紫陽花色をした瞳が、俺のことを興味深そうに映している。
「悪い。俺はきみのパパじゃないんだ」
「パパじゃない? じゃあ、誰?」
「う~ん。きみがダンジョンで倒れていたのは、覚えてるかな?」
「わかんない……。リュラはパパとママに会いたい。うぅ~~」
リュラと名乗った少女は、つぶらな瞳に涙を蓄え、それは今にも決壊してしまいそうだった。
「待った! 泣くのは待ってくれ!」
「うぅ~~。んん~~。リュラのパパとママはどこ?」
「リュラのパパとママは俺が探すよ。だから、泣くのは我慢できるか?」
「う……うん。ぐすっ」
鼻を啜ると、懸命に泣くのを我慢している。
俺はリュラの頭に手を乗せると、「えらいな」と言いながら、リュラの頭を撫でた。
リュラは目を細めて、くすぐったそうにしているが、嫌がってはいなかった。
「リュラのパパとママ、見つかる?」
「ああ。必ず見つけてやるからな。俺に任せとけ」
「お兄ちゃん、名前は?」
「おっと。まだ名乗ってなかったな。俺の名前はアスクだよ」
「アスクぅ? アスク……アスク……アスク!」
何回か噛み締めるように発音してから、嬉しそうに俺の名前を呼んでいる。
まだ子供らしい、無邪気な反応だった。
「今日はもう遅いし、寝ようか。明日リュラのパパとママを探してやるからな」
「うん! アスク一緒に寝る!」
「お、おい!」
リュラに手を引かれた俺は、そのままリュラの寝ているベッドにダイブする。
リュラはぬくもりを求めるように、俺の腕へと抱き付いてきた。
「分かったよ。一緒に寝よう。電気消すぞ?」
「うん!」
カチッと電気を消すと、室内は一気に暗くなる。
少しすると、リュラの穏やかな寝息が横から聞こえてきた。
「こんな小さいのに、しっかりしてるよな。俺がガキの頃なんか、もっとガキっぽかった気がするけどな」
「ふわぁ~~。さすがに疲れたな。俺も寝るか。リュラ、おやすみ」
微睡む意識の中、リュラが返事をした気がした。
* * *
翌日。
目が覚めると、隣にいるはずのリュラの姿がなかった。
「ん?」
ベランダの窓が開いている。
そこから運ばれてくる朝の風が心地よく頬を撫でる。
「リュラ~?」
「アスクぅ?」
可愛らしい返事が返ってきた。
リュラは年齢不詳な所があるが、舌ったらずなことから、まだ幼いだろうと勝手に思っている。
「リュラ。どうしたんだ?」
「アスクぅ~。ちょっと来て」
リュラに呼ばれてベランダまでいくと、リュラは嬉しそうに笑いながら指差した。
「見て見て! ここから見える景色が綺麗なの!」
リュラの言う通り、朝陽が昇り、【ボリビア】の街並を神々しく照らしている。
「すごいな。今まで住んでて全然気づかなかったよ。この街は、こんなにも綺麗だったんだ」
普段は屈強な男達で行き交う街も、今は静かだった。
「アスクはこの街が好き? リュラは好き!」
「そうだな。俺も好きだよ」
リュラの頭をそっと撫でてやる。
リュラはくすぐったそうに身を捩ったが、嫌がる素振りは見せなかった。
「おやおや。本当の親子みたいだね~」
「んなっ!?」
いつの間に現れたのか、マミラさんが背後に立ち、微笑ましいものを見るような眼差しを向けていた。
「俺はまだ18歳なんだけどな。さすがにこの歳で子持ちはないだろ」
「何言ってんだい。18歳なら子供がいても、おかしくない歳だよ」
ご飯の用意ができたことを知らせに来たマミラさんと一緒に、俺とリュラは食堂に降りて行った。
* * *
「うわ~! アスクぅ、見て見て!!」
リュラは目の前の料理に大喜びしている。
「おいおい。また随分と気合入ってるな、マミラさん」
「当たり前じゃないかい。リュラちゃんは育ち盛りなんだから、いっぱい食べないとダメだよ」
「そういや、リュラって歳いくつなんだ?」
「うん?」
リュラは生返事をしながら、不思議そうにこちらを見ている。
その口の周りには、ケチャップがべったりとくっ付いていた。
「落ち着いて食べろよ。ほら」
リュラの口を綺麗に掃除してやると、リュラはまた嬉しそうにパスタを頬張り始めた。
「聞いちゃいないな」
俺は嘆息すると、リュラが食べ終わるまで、しばらく待っていることにした。
「ごちそうさまでした!」
リュラは行儀よく挨拶をすると、満足気な顔で俺のことを見てきた。
「アスクぅ。ご飯おいしかった!」
「そうか。よかったな。マミラさんにもお礼しないとダメだぞ」
「うん! マミラおばさん、ごちそうさまでした!」
「お粗末様。おいしかったかい?」
「すごく! マミラおばさんは料理上手なの!」
「おや。嬉しいこと言ってくれるね~。アスクなんかは、お礼なんて言ってくれたことないのに」
「俺だっていつも上手いって思ってるよ」
「それならリュラちゃんみたいに、おいしかったって言えばいいじゃないかい」
「恥ずかしいんだよ」
「まったく。これだから男って生き物はめんどくさいね~」
はぁ~っと大きなため息をつくと、食べ終わった食器を片づけに奥に引っ込んでしまった。
「リュラ。お腹いっぱいになったか?」
「うん! もう動けないかも」
「それじゃあ、一休みしたらリュラの親を探しに行くか」
「本当に!? アスクは優しい!」
リュラは俺の腕に抱き付くと、目をトロンとさせ、ついには穏やかな寝息を立て始めた。
「ったく。しょうがないな」
俺はリュラをおんぶすると、また部屋のベッドまで戻るのだった。
* * *
「う……ん……。アスクぅ~?」
「なんだ? 俺はここにいるぞ」
リュラに呼ばれたのでベランダから戻ると、リュラは目をゴシゴシこすりながら起きた所だった。
「ふわぁ~~。リュラ、ねちゃった。アスク、暇じゃなかった?」
「平気だよ。それより、顔を洗ってリュラの親を探しに行くぞ」
「わかった。ちょっと待ってて~」
てくてくと洗面所まで行くと、さっぱりした顔をして戻って来た。
「準備よし! アスク、いこ!」
「わかったから、引っ張るなって」
リュラに手を引かれながら、いよいよリュラの親を探しに出かけるのだった。
お久しぶりです。期間が空いてしまい申し訳ありません。
これからもゆっくりペースの連載になってしまいますが、どうぞよろしくお願いします。