(3)
恋人だった二ヶ月間。そう、改めて数えてみるとあまりに儚い時間だ。
それでも僕にとってそれはかけがえのない時間だった。胸を張って言える。たったの二ヶ月で何を分かったつもりで、なんて言う奴もいるかもしれないが、じゃあお前らはどうなんだ。1日でも千佳と恋人になった事があるのか。とキレてみる。
お前らは何も知らない。けど僕は知ってる。
メロンとスイカを実はずっと逆に覚えていて、違いが分かった今でも頭の中ではメロンを見てスイカ、スイカを見てメロンと言ってしまう事とか、実はipodの中に隠しミュージックが入っていて、アーティスト欄のキンキキッズの中に入っている「愛のかたまり」が実はキンキが歌っているものではなく、僕がカラオケで歌いあげたものだとか。
「ケイ君の歌声って、普段の声と違うんだね。その声も好きだよ」
ああ、駄目だ。また泣けてきた。っていうかもう泣いている。
そんな何気ない幸せな日々が僕にもあったのだ。それは全て千佳が与えてくれたものだった。
だから、別れの瞬間も悲しくて泣いた。千佳も泣いた。フってる側なのに泣くなよと思ったけど、千佳の中にある、僕には理解しきれない優しさと辛さを僕は分かってあげなければと思って彼女の想いを受け入れた。
「ケイ君との時間を、忘れるわけじゃないから」
僕と別れてわずか一カ月後に別の男と付き合ってると知った時も、僕はこの言葉と千佳の心で何も腹立たしく思う事はなかった。それどころか、千佳の幸せを心底願った。新しく現れた彼が、僕に果たせなかった彼女の心を満たす存在がである事を。
千佳と時間を共にした人間は皆そうだ。誰も千佳を恨んでいない。
むしろ、一緒に過ごせた事への感謝が圧倒的だった。普通ならそうならないだろう。
自分勝手に振り払われた時間達の事を憐れみ、もう戻らない時間達を渇望し、勝手に自分の時間だけを進もうとする事に怒りを覚えるものだろう。
そうならないのが千佳の何よりすごい所だ。
彼女との時間が戻らない事に何の寂しさもない。辛さもない。だが、もう二度と彼女の幸せを祈る時間すらも奪われたことが何より悲しく、何より辛い。
千佳が死んで、流し飽きたと思っていた涙がまた目元を圧迫した。
「もういいって」
この悲しみは、いつ止まるのだろうか。
*
「赤い」
「目だろ。もうパンパンのパンパパンだよ」
「不細工」
「るっせ」
「悲しい?」
「それを聞くのかよ。この鬼単語野郎」
「ごめん」
「分かってるなら聞くな」
屋上は誰に対しても公平に開放的で、全部が全部を包み込んでくれるような気がする。空にそんなつもりはないかもしれないが、まあかたい事言わずに包んでくださいなって僕はいつもここから見る青空に思う。
「理由」
「あ?」
「千佳」
「ああ」
相変わらずマツタケは単語ばかりで話してくる。今となっては慣れたもんだが、めんどくさい事は間違いない。ただ、マツタケがそうするようになった理由を僕は知っている。だから僕はマツタケにやめろとも何とも言わない。やりたいようにさせてやる。
「なんで、死んじゃったんだろうな」
千佳が自殺してから一週間経った今も、どうして千佳が死んでしまったかという理由は分からなかった。本人からもそんな兆候はなかったようだし、事実前日の千佳の姿を知るもの達は、何度思い返してもさっぱり、誰一人皆目見当がつかなかった。
「なんで、死んじゃったんだろうな」
もう何度口にしたかも分からない言葉。
疑問への返答はない。
「始まり」
「え?」
「……」
「始まり?」
「……」
それっきりマツタケは口を閉ざし、何も喋らなくなった。