(9)
一瞬何かの間違いか気のせいかと思った。
――単語じゃない。
マツタケが、普通に喋っている。
その事実への驚きが大きくて、僕は肝心の内容の方への注意が疎かになる。
「さようなら、ケイ。君もこぼれた死を拾う手伝いをしてきてよ」
「え……え?」
きーーーーーーーーーーーーーん。
まだ耳鳴りはおさまらない。それどころかさっきよりも大きくなっていた。でも何故か鬱陶しさは感じなかった。なんだかずっと前から自分の中で鳴っていた音のような気がして、その音が鳴っている事が当たり前に思えて、耳鳴りに僕は身を任せた。
僕はゆらりとブランコから立ち上がった。そしてそのまま公園の出口まですたすたと歩いた。
――死ななきゃ。
「あれ?」
――今、僕は何を考えた?
出口のすぐ傍は道路に面している。決して車通りが多い所ではないが、少し待っていれば車の1台や2台ぐらいすぐに通ってくれる。そうすれば、僕の体を轢いてもらえる。
「!?」
――ちょっと待てよ。轢いてもらえるだと?
おかしい。僕は今完全におかしくなっている。
――これが、これが、罰?
皆こうだったのか。千佳も、コスモも、自殺していった皆も。
その時になって僕はいろいろと思い出した。
「ああ、今日すげえ耳の調子悪いわ。耳クソ溜まりすぎたかな」
村本っちゃん。
「耳の中に鈴虫がいらっしゃる」
コスモ。
「耳鳴りは終わりの合図だよ」
マツタケの言葉。
ああ、あれが合図だったんだ。自殺が始まる合図。
僕の耳で今鳴り響いている合図。
『昨日から諸外国で急増している若者の自殺ですが、その勢いは留まる事を知らず――』
何気なく流れていたニュース。あれもそうだったんだ。多分これは僕達だけじゃない。この国だけじゃないんだ。
そんな事を思いながら突っ立っていると、曲がり角から車がやって来た。
――来た。
車が真っ直ぐ坂を昇ってくる。どんどんと速度が増していく。
――いいぞ、いいぞ。
そのスピードで。そのスピードでいい。
視界に映る車の姿が徐々に大きくなっていく。
――よし、死ねる。
気付けばもう、僕は死ぬ事への躊躇いや疑問は消えていた。
目の前に死ぬ手段がある。だからそうする。
喉が渇いたから水を飲むぐらいの当たり前の感覚。
僕は、死への一歩を勢いよく踏み出した。