真夜中のコンビニ
日本には沢山のコンビニがありまして、きっとこんな目的の男も…
最近、その男は深夜のコンビニ通いが習慣になっていた。
もちろん、夜食のカップ麺や缶コーヒー、週刊誌が欲しい為でも
あるのだが、一番の目的は、深夜のレジに立つバイトのカワイコち
ゃんに会う為だった。
会う為と言っても、彼女にしてみたら男はただのお客さん。普通
に接客をしているだけ。
しかし、男にとってはお会計の間、ほんの僅かなその時間が幸福
な時間なのだ。
「はい、合計、六百二十八円になります。千円お預かりします。お
釣りは三百七十二円になります。ありがとうございました」
彼女はお釣りを彼の手にしっかりと握らせてくれる。
中にはお客の手に触るのは汚らわしいとでも言いたげに、お釣り
の小銭を放り投げるように渡す店員もいる。
そんな時、俺はそんなに汚くねーから! と叫びたくなるものだ。
しかし彼女は違う。両手で包み込むように、そっと渡してくれる。
バカな男はこれだけで
「あのコ、もしかしたらこの俺に気があるんじゃ?」
と、都合の良い妄想を抱いてしまうのだ。
最近は深夜ながら、やけに男の客が多い。それも例の彼女が深夜
のシフトに入ってる日に限って。もちろん彼女目当ての男達が多い
のだ。
男達はお会計の時、彼女と二言三言の会話をするのが恒例となっ
ていた。
自分の番以外の時も、男達は彼女の言葉を聞き漏らさないように、
たとえ雑誌を立ち読みしていようとも、その耳はダンボの耳のよう
になって、彼女の情報を集めようと必死だ。
これまでそうして集めた男の情報によると、彼女はこのコンビニ
の親戚の娘で、急遽田舎に帰ったバイトの子に変わり、その子が戻
るまでの応援としてバイトに来ているらしい。年は18歳。学生で高
校3年生だが、進学先も無事決まり、時間に余裕が出来たので、ここ
に来るようになったとの由。
肝心な質問、彼氏はいるの? というその質問をした奴はまだい
ない。本当はそれが一番気になるのだが、僅かな時間に、それもよ
く知りもしない男が、そんな質問をするタイミングも滅多にあるも
のじゃない。
いきなり「彼氏いるんですか?」
と聞けば、セクハラになるだろうし、第一、彼女に嫌われてしまう
かも。男達はそれを何より恐れていたし、またそれを知らない事で
夢がみられる、というのも頭のどこかでは分っていたのだ。
ある深夜、一人の酔っ払いがやってきた。携帯片手に大声で話し
ながら店の中を歩き回り、商品を手荒に扱っている。
いつものように店に集っていた男達も『迷惑な奴だな』と思って
はいたが、相手は酔っ払い。下手に絡まれてもいい迷惑なので、そ
こは触らぬ神に祟り無しの見。
ところがその酔っ払い、こともあろうにレジのカワイコちゃんに
近寄ると、
「おい! なんだ、その不満そうな顔は? お客様だぞ? にっこ
りと笑っていらっしゃいませと言ってみろ!」
そう絡みだした。彼女はちょっと困惑しながらも
「いらっしゃいませ」
と、大人の対応を見せた。
これに調子に乗った酔っ払いは更に調子に乗り、
「よし。いい子だ。じゃ、おじさんからの質問で-す! 彼氏はい
るのかな?」
そう、ニヤニヤ笑いながら言った。
「え?」
彼女は鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔。
それを見た男達はあたかも示し合わせたかの様にレジ前に集まる
と、その酔っ払いをみんなで囲んで店の外に引っ張り出した。
酔っ払いはそのあまりの剣幕に、あわてて逃げるようにして行っ
てしまった。
店の中に戻ると、彼女は言った。
「みなさん、ありがとうございました。お騒がせして申し訳ありま
せん」
「いえいえ、そんなことは。酔っ払いはいやだよね」
「そうそう、迷惑な客には来ないで欲しいよ」
「何にもされなくて良かったね」
男達もほっとして、場は和んだ雰囲気になった。そして店はいつ
ものようにいつものあの感じへと。
男もいつものように買い物を済ますと、夜道を自分のアパートへ。
「しかし、彼女のあの答えも聞きたかったかな。いやいや、でも、
聞けなかったから俺達のオアシスは守られたのかも。そうだよな、
うん…」
男は妙な納得と共に、ひとつ大きなクシャミをした。
願うならば、そのオアシスの水が そんなにすぐには涸れません
ように。
寂しい男達の、希望のオアシス。日本の中には、そんな場所が結
構な数、あるのです。
遅かれ早かれ、オアシスは涸れる運命なのですが、淋しい男達の為にも、一日でも長くそのオアシスが続きますように。