―7.新月(ネイアラ)たる所以ー
当時の白銀高等学校では入学してからすぐに魔法力の計測が行われていた
魔法を本格的に学習、訓練するのはまだ始まっていないのだが能力そのものはすでに使用することが可能である。生命の宝玉を移植した際に漠然なイメージとしてだが自分の能力の概要が自然と脳内で認識しているためである。つまり人間が息をする、ものを食べる、睡眠をとることを教わらなくても知っているように「自分の能力」を知っているのだ
そのため抜き打ち測定でも、いままでほとんど測定できなかったケースはない
その後、魔法力の能力値によってクラスが分けられるのである
能力が高いほうから、「満月」、「半月」、「三日月」となるのであるが…この瞬間から学校生活のほとんどが決まってしまうのである
―完全魔力主義―
それが白銀高等学校の現状であった。はっきりいって差別社会と化していた
例えば、それぞれが授業する教室はクラスによって快適さが異なる
「満月」では最新版の立体型電子タブレットを使用し「三日月」では21世紀前半で使用されていたノートパソコンを使用している。また魔法カリキュラムで使用されるそれぞれの特別教室の優先順位は使用申請者のクラス順で決定してしまう。さらには先までも例外ではないため、実際には自分の将来までもが何もせずにランク分けされてしまうのである
そのため、学校内では自然と、「満月」に所属しただけで、期待や尊敬などのまなざしを集め、将来はよりよく輝き、自由気ままに快適な学校生活が満喫できるのである
一方、「三日月」に所属してしまっただけで、無意味に罵倒や野次を投げられ、最後まで苦汁を飲まされ続けなければならない。まるで地獄である
この状況であるのにも関わらず学校側は学校環境の改善を行わなかったわけではないが、ことごとく効果がないのである
たとえどんなに改善を図ろうにも人間の醜く根付いてしまった体制を変えるのには容易ではなく、そもそもいくら校内の規則を変えてもそれらをことごとく覆されてしまうのだ
その原因はこの学校特有の事象が絡んでくる。それは年に2度行われる「魔法闘技会(通称コロセウム)」である
このコロセウムは生徒達が互いに切磋琢磨し能力の底上げを狙う目的のために開催されたイベントであり、今では最も盛り上がる学校行事である。この参加者を煽るために優勝者にはひとつの褒美があたえられる……それは「校内規則を自由に1つ追加できる」ことである
内容は「人間を殺めていい」や「好きに卒業先を選べる」など明らかに法律に触れる事象でなければほとんど受理されてしまう。優勝者は必然的にほぼ「満月」のクラスの誰かになるため、この褒美の所為で「クラスわけ」や「施設の優先順位」などが制定し今の格差社会に拍車をかけてしまっているのだ
一度はコロセウムを廃止しようという案もあったがすでにマスコミが入ってくるほどに人気が出てしまったことともあり却下されてしまった
さらに恐ろしいことに白銀高等学校にはよほどの理由がない限り自主退学は認められていない。
そんな逃げ場のない状況で「三日月」に決まってしまった人は泣き出し、神を恨み、呆然と立ち尽くしたりと絶望の淵に立たされていたのだが、弓野翔は決まった際には特に変化もなく平然としていた。クラス分けの結果に何も興味がなかったのだ。そしてすぐに翔は
「俺は弓野翔っていうんだ。みんなで楽しくやっていこうぜ!」
「満月よりも半月よりも三日月のがいいだろう?だってなんか…形とかかっこいいだろ!」
「大丈夫。魔法力なんかで俺達の価値は決まらないって!」
などと落ち込んでいるクラスの一人ひとりに励ましの声をかけ、時には冗談や時には真剣に話をしてみんなの気持ちを落ち着かせていた。しばらくは翔の言葉になにも反応を示さなかったが、何度も「俺が学校生活を楽しくするから」などと全員と約束をしていた。そんな風に話しているうちに自然と雰囲気が翔を中心に明るくなっていった…その後クラスのリーダーが翔になったのは自然のことである
そして前例がないほどに「三日月」は笑顔が絶えない明るいクラスとなっていった
そんな状態を快く思わないのは当然「満月」である。例年ならこちらの一挙手一投足にビクビクしながらひっそりと生活している様子を馬鹿にして、優越感に浸っているのである
しかし、いつもとは違い、学校ではいつも楽しそうにしている姿はとても生意気に感じていた
当然中心にいる弓野翔は目をつけられた。「落第生のリーダー」であることに加え、「能力値が最低」、「施設育ち」、「三日月のくせに魔法以外はトップクラス」、「絶世の美少女、鶴田夕実となぜか仲良し」など、よくあるいじめの対象になる条件をこれでもかと持っていた。そのため常に学年問わず「満月」「半月」の大半から激しいいじめを絶えず受けていた
しかし当の本人は、その状況でも特に反論や反撃はせずに笑っていた。翔はそうして自分に矛先が向いていれば他の被害を最小限に抑えられると考えていた…わけではなく自分の周り以外には興味がないため何を言われても聞こえていなかったのではあるが…
そんな反応がないことにさらに腹を立てた連中は、今度は翔の周りを攻撃していった。クラスのみんなは「弓野と仲良ししてるから」という理由だけで腹を蹴られるなどの暴行をされることも少なくなかった
それは「満月」にいた夕実も例外ではなく、「三日月」のクラスほどではなかったが陰口や悪いうわさなどを意図的にされていた。しかし、クラスメイトや夕実はそのことを誰一人として翔に訴えなかった。今まで彼にどれだけ助けられたか…そんな彼を悲しませることは誰もしたくなかったのである
そして夏が始まった頃、とうとう事件がおこった
偶然にも通学途中で夕実と鉢合わせた翔は驚愕した。なんと夕実の綺麗な髪がばっさり切られていたのだ
「夕実!?その髪…どうしたんだ!?」
「え、え~っと…気分転換だよ。似合うかな?」
「…」
夕実はそんな風に答えていたが幼馴染の目はごまかせなかった。その後も翔に執拗に問われ、ついには折れてそれが「満月」のクラスメイトの犯行であることを明かした
その話を聞くとすぐに翔は自分のクラス全員を召集した。となりに「満月」の夕実がいることで警戒していたが、翔との関係と今回起きた事件の話をいうとみんなは納得をし暖かく迎えてくれた。そしていったん説明を終えると、翔はみんなに向けて質問をした
「この中に、俺が原因でなにかされたやつ。いたら手を挙げてくれ。内容は問わない」
「…」
クラス中が静まり返り、隣の人と目を合わせたりしていたが当然、誰も手を挙げなかった。挙げられるわけなかった
「頼む。正直に教えてくれ。俺がこれを知らないままでいることを俺自身が許せない」
今度は翔が頭を下げた。この姿にみんなは動揺したが一向に頭をあげようとしない。すると恐る恐るではあるが一人勇気あるクラスメイトが手を挙げた。
それを見たみんなは一人、また一人と手を挙げ最終的にはなんと約7割に及んだ。その光景に翔は愕然とするかと思われたが
「ありがとう。こんなにも俺のことを思ってくれていたことを誇りに思う。そんなみんなにひとつ約束してほしい。それは―」
そう提案したとたんにクラス内は騒然となった。なぜその約束をお願いしたのか分から困惑していたが、その様子とは裏腹に翔は笑顔を浮かべていた
夏も終わりを迎え始めた頃、白銀高等学校に信じ難いニュースが舞い込んだ
「今、コロセウムにあの「三日月の落第生」が参加してるらしいぞ!」
そのニュースに「三日月」の耳に入ってくると、「なに考えてるの!」「信じられない」など騒然となり、それぞれがクラスメイト達を招集し開催されている闘技場へ足を運んだ
会場では地鳴りのような歓声があがっており、中から「まさか」「うそだろ」といった悲鳴もちらほら聞こえる
「決勝戦」と描かれた電光掲示板の文字が流れている。どうやら勝者が決まるところらしい
「手遅れだった」と、顔を青白くしたまま無事でいてほしいと願いつつみんなは闘技場内を探しはじめた。しかしすぐにお目当ての人物を見つけることができた。とんでもないところにいた
それは闘技場の中央に、悠然たる態度で立ち尽くしている少年
――弓野 翔である
周りには、様々な色の鎧を着た7~8人の月の使者が翔を取り囲んでいた。古今東西あらゆる武器に月装が施されている。対する翔は片手に小剣を持っているだけで他に装飾品がなく、まさかの制服姿であった。まるで下校途中に迷い込んでしまったかのように異質である
今回の内容は複数戦闘方式のため、ある程度弱いものを先に倒したり、人数が減るまで共謀して倒したりするのが定説である。そんな中、最も狙われやすいところに、格好の獲物がいるのだから囲まれても仕方がない。まさに絶体絶命である…本来ならば
「…………」
なのに攻撃をしてこない。それどころかまるで悪魔でも見るように震えて後ずさっている
決勝までいっているのだが「満月」のそれも相当エリートであるはずだ。そんな連中がたった一人の「三日月」のしかも「落第生」の異名を持つ少年に怯えているのだ
それも当然の反応である。この複数戦闘方式という彼には最悪の状況で、この軽装で、この貧相な武器で、この最低ランクの魔法力で、目には見えない速度で、彼は参加者のほとんどを床に叩き伏せた。その数は100人はくだらない
それでも息ひとつ乱れていない。そんな未知の生物に完全に萎縮してしまっているのだ
「うわあああぁぁ!!」
とうとう緊張に耐え切れずに一人が電撃のような魔法を翔に向けて放つと、それを合図とし残り全ての月の使者が魔法を展開する。高密度の熱量が一気に襲い掛かり凄まじい爆発音が鳴った。そんな攻撃では間違いなく死亡してしまう。慌てて回復の魔法を展開していた魔法看護士部隊の動きが止まる
(魔法が展開していない!?…つまり対象主は傷を負っていないだと!?!?)
その事実に会場が気づく前に、大きな歓声が上がる
中央の少年が経っていた円周上だけ爆発の痕跡がない。他の部分はリングが吹き飛んでいるというのに
。そこには小剣の刀身を燃やしながら火の粉を振り払う翔の姿があった。火の粉がなくなると
「さすが決勝戦。魔法力も威力も申し分ない…でも、俺には届きません」
そう言って小剣逆手に持つと彼の姿は観戦していた人たちから姿を消した
再び彼が姿を現したとき…そこには完全に破壊された武器、防具が散乱し横たわる人影が複数ある中立っているのは、制服姿の少年ただ一人であった
歴史上こんなにも予想外で、こんなにも圧倒的な優勝者はいなかった。こんな数を相手に勝利した者はいないし、なにより彼はそんな中自分の魔法を一度も使っていないのだ。その奇跡のような光景に誰もが信じられないと声を荒げていた
その後理事長や校長からのねぎらいの言葉をもらい、とうとう褒美である規則の追加である
ほとんどの「満月」と「半月」の人間はおそらく自分のクラスをあげることだろうと予想していた
すると彼は渡されたマイクを使わず、大声で告げた
「この戦いで気づいたはずだ。俺はこの学校で魔法力に関してはぶっちぎりの最下位だ。そのことは誰もが知っている。しかし、それでも屈強な月の使者相手に、魔法を使わずに勝利できるのことを」
なにせ実力を証明したのだ。それだけの価値はあると認めざるをえない。今までの境遇を考えれば間違いないだろうと先ほどの予想通りと安心していた
「しかし、そんなもんどうでもいい。俺が強かろうと弱かろうとそんなものは問題じゃない。俺が本当に証明したかったのは魔法力だけでその人の価値を決めることはできないということだ。よってそんな人の価値を閉ざしてしまうそんな状況を俺は許さない。人の価値をひとつだけで決めるんじゃねぇ!」
その怒りの叫びに会場の誰もが言葉を失い、彼の言葉に耳を傾けていた
その様子に翔は笑みを浮かべ高らかに宣言した
「喜べ。いままでくすぶっていたやつら。お前らを解放する。“クラスの全ての権利を平等化する”魔法施設の優先順位も仮配属の選別も全部だ。全員に同じチャンスを与えること。それが新しいルールだ!」
その衝撃の発言に、片方からは割れんばかりの悲鳴が、片方からは嵐のような歓声があがった
この発言により白銀高等学校の絶対魔法主義は崩壊したのだ
当然内外から強い反発があったが、マスコミにて生中継であったことと、マイクではなく肉声を使用されたため修正は不可能となりこの発言は全世界へと発信されてしまった。そのためこの改革を中止してしまうと白銀高等学校の伝統や風土などを犯してしまう恐れがあり、国として評価を落とすであろう。そのような社会的問題に発展してしまうため結局は認めざるをえなくなってしまった
その後、新しい改定に伴い全ての権利は平等化され、魔法力による選別も無意味となり来期から完全にランダムでクラスが決まるようになった(ちなみに現在では「満月」「半月」「三日月」はクラスの名称から学年を表す言葉として使用されている)
またこの改定から、差別は自然と消滅することとなり、クラスメイトや夕実が危険な目にあうことはなくなったのである。また、その後翔は片方では英雄と称えられ、片方では魔王と恐れられていたが年度末に開催されたコロセウムでも同様に圧勝した
その強さと誰でも物怖じしない胆力から翔は、新しい月の使者として「新月」という2つ名を襲名することとなった