―4.白銀高等学校―
白銀高等学校は3年制の単位制の学校で場所はオオシマの中心、ミハラ山の麓に位置しており生徒数は1年生約200人、2年生約250人、3年生約250人の全生徒数は約700人の魔法高校では最大の規模を有している。
翔の住む施設(ゆりかご)からは徒歩で約20分程かかる。一般に高校からこのくらいの距離離れているならば通学専用の電気バスを活用するのであるが、翔はあえて徒歩を選択している
爽やかな風の中、青々とした木々がゆっくりと揺れて太陽の光を浴びて輝いている…そんな風景をゆっくりと見ることが楽しみのひとつである
しかし今日はあまり感じている余裕がない。
登校を始めて約半分を過ぎたあたりで普通とは違った気配を感じていたためだ
(これは…誰かに見られている)
普段から何かと目立っているため人から視線を受けることは多い。その大部分は嫉妬や哀れみなどといった負の感情がほとんどであったが
今回の視線はそれとは何か違う。監視されているような…
「よっ。なに変な顔してんだ」
不意に背後から気さくな声とともに右肩をぽんと叩かれた。顔を向けると、そこには元気いっぱいの好青年というイメージがぴったりの親友―桐同響が立っていた
「変な顔は余計だな。おはよう響」
「わりぃ、変な顔はいつもだったな。おはよう翔」
失礼なことを言われているのだが、これがいつもの挨拶である。それを終えて一緒に登校し始めた
響と何気ない世間話をしているのだが、俺はその気配が気になってあまり内容が頭に入らなかった
「翔。なにかあったのか?」
急に真剣な声で響がたずねてきた。
「いや、ちょっと朝からなにか視線を感じるんだよ」
「そうか?俺は感じないけど気のせいなんじゃねぇの?」
「そうだといいだけど。なんか監視されているみたいな気がして」
素直に感じていることを伝えると響は「うっわ…」とつぶやいてから呆れた目で俺のほうを見た
「な、なんだよ。その残念そうな人をみる顔は」
「え~…あれですか。誰かが自分に恋してて横から熱い視線を受けてるとか…妄想オツです」
「んなこと微塵も考えてねぇから!」
「じゃあ、あれですか?自分はある犯罪組織から狙われているとか…厨二病オツです」
「それも考えたことねぇから!」
「え、ないの?マジで!?ウソ!?!?」
「ないって!…ん?というかその過剰な反応。お前まさか昔…」
「ナ、ナンノコトカナァ?ソンナコトアルワケナイジャナイカ」
「…わかった。なにもいうな」
思いがけず親友の|(痛い)過去を知ってしまった。まあ過去のことだ深く追求するのは止めようと自分の心の中に深く刻み込んだ
そうこうしてる間に正門に到着した。そこには立体映像で作られたゲートがある。そのゲートに腕輪をかざすと「認証OK」と表示されゲートが消滅し中へ入ることができるのだ
このゲートは生命の宝玉にある魔法力に反応して開閉がされる。魔法力を持たないものには白銀高等学校に入場する資格はないのだ
響と学校の中に入ると、感じていた気配が消えていた。内心緊張していたのかほっとため息をつくと
「深く考えても始まらないさ。気楽にいこうぜ」
と笑顔で言ってくれた。まったく、本当にいいやつだなおまえは
そんな親友のあとを追って「2-B」自分達の教室にはいった
「「おはよう」」
二人で教室に入るなり、挨拶をすると一度周りの空気がとまった
…しかしすぐに元通りになり「おはよう二人とも」、「弓野、宿題やってきたか」、「響、昨日のあれ見た」などとみんながそれぞれ話しかけてきてくれた…そんな当たり前のことを非常に嬉しく思っていた
一通り仲間と話し終え席に戻ると、隣の席の夕実が声をかけてくれた。
「2度目のおはよう翔。今日も徒歩で来たの?」
「2度目のおはよう夕実。歩くのは気持ちいいからな」
笑顔で本日2回目の挨拶をした。まわりでは「おあついねぇ」、「くそ、弓野ずるいぞ」、「2人は付き合っているのかな」なんて野次が聞こえていたけどいつものことなので気にしない
ただ、こんな風に普通に夕実と話ができることが俺は嬉しくて自然と笑みがこぼれた
それを見ていたのか夕実は魅力的な笑顔をこちらに向けていた。すこし見とれてしまったではないか
「な、なんだよ」
俺は照れ隠しに指で頬をかいていると、夕実はその手を奪って両手で包み込んだ
「ありがとう。こんな風に学校が楽しくなったのは翔のおかげだから」
「何度も言ってるけど、俺は自分のために喧嘩しただけだ。感謝されることはしてないって」
「またまたテレちゃって!」
「う、うっさいわ!」
そう言って空いている手で夕実の額に軽くデコピンしてやった。「いたっ」と小さく声を漏らして額を押さえている幼馴染を尻目に授業の準備を始めた。多分俺の顔は真っ赤なので照れているのをごまかせていないだろうけど
夕実が何か言おうとしていたが運よくチャイムが鳴ったので、しぶしぶあきらめたようだ
午前中の講義が終わり、響と夕実と俺の三人で昼食をとっていると教室に訪問者が現れた。身長は180センチはありそうな大柄の男で制服の襟には満月のマーク。そのマークは3年生を意味している
一般的に上級生が下級生のクラスを訪問することは非常に少ないため独特の緊張感が生まれるのだが、弓野のクラスのみんなには特に動揺した様子もない。さもそれが当然のように自然としている
「3年の角田健吾と申す。弓野翔はいるか」
(やっぱ俺のお客さんか…)
俺はすっと立ち上がると3年生の前まで移動した。近くで見ると一回り大きくまるで壁が立ちふさがっているような印象を受けた
「俺が弓野翔ですが、角田先輩用事はなんですか?」
何かの定型文を読んでいるかのように、感情もいれずに用件を尋ねると
「本日の午後の講義。ぜひお手合わせ願いたい」
「模擬聖戦ですね。お受けいたします」
「かたじけない。では第二戦闘会場で待っている。食事中、邪魔した」
丁寧にこちらに礼をすると、先輩は堂々とした足取りで教室を後にした
先輩がいなくなったのを見計らってクラス中がわっと騒がしくなる。特に「今回のメインイベントだ」「相手強そうだな」「みんなで見に行こうぜ」など主に男子が大きく盛り上がっていた
(相変わらずみんな好きだねぇ)
そんな状況に苦笑しつつとりあえず自分の席に戻って昼食を再開することにした
「とうとう大物が来たな!」
と鼻息も荒く、えらく興奮している様子で響は立ち上がっていた
「そうか?」
俺は適当に答えると信じられないといった様子で俺に詰め寄ってきた
「あれは学年4位の角田先輩だろ」
「そういえばそんな名前だったな。有名なのか?」
「そりゃもう!守護者期待の新人だぜ。俺は知らないほうが驚きだよ!」
「名前覚えるのが苦手なんだよ。つうか顔が近い!」
そう答えて両手で響を引き剥がした。その後、簡単な角田先輩の話を聞く限りではかなりの実力者であることは伝わってきた。その話の端々で響が少し心配している様子が垣間見えたが俺は感謝しつつも無視をして適当に「ああ」だの「なるほど」といった相槌をうっていた
時間が迫ってきたため、準備をするといって会場に向かおうとするとふと袖を引っ張られた。振り向くとうつむいた夕実の姿があった。顔から少し血の気が引いていたのが分かったので心の中でため息をついた
(まったく、響が変な話するから…後で覚えてろよ)
今は会場で待っている親友にどういう仕返し(という名の八つ当たり)をしようか考えていると
「…怪我しないでね」
と声も小さく、いかにも泣き出しそうな顔でこちらを見ている。すると無意識に夕実の頭を優しく撫でると
「いつものことだからそんな顔するな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
「なっ…!かわっ…!!」
優しく言うと、血の気がなかった顔が一気に赤くなった。これだけ赤くなれるんなら大丈夫かな?
「ああ、そうだ。今日夕飯の買物当番頼だったなぁ…俺あんまり料理詳しくないから食材の良し悪しとかわかんないなぁ…」
とかなり大きな独り言をこぼしながら横目で夕実の顔をちらちら見ていた。(少しおおげさすぎたか)なんて少し自己反省を始めたところで、少しだけど夕実がわらってくれた
「なら私が手伝うよ」
そう言ってもらった声は少しだけ元気を取り戻しているようだった
「なら、約束だ」「うん!」
ちゃんとした返事をもらって俺は安心して会場にはいっていった
白銀高等学校の授業内容は特殊である。午前中は通常の高等学校となんら変わりはないが午後になると魔法中心のカリキュラムになる。
魔法の授業項目は大きく分けて2つ存在する。1つは魔法の専門的な知識を学んだり、能力の制御や発動を訓練して魔法力を向上させる方法。もう1つは国で認定されている魔法を用いた職業へ仮配属し実践での魔法を学ぶ方法がある。この二つを自由に自分の時間で受けることができるのでそれぞれの個性にあった学習ができるのである
一般的に入学して半年~1年は基礎魔法力を向上させる項目を重視し、その後は各自が就きたい職業に仮配属して実践での魔法を学ぶことを重視している。特に後者は、そのままスカウトの要素も強いためそのまま職業が決まる場合が多い。そのため職種によって競争率がかわってくる。特に男性では「守護者」女性では「魔法治療士」が人気である
これらは能力の適正、魔法力の数値の総合で優先順位が決まるのだが、「守護者」だけは例外である年に2度、全校生徒が参加可能な大イベント。「魔法闘技会」での成績がもっとも重要視される。この大会で優勝したものには、校内最強の資格とある褒美が与えられることもあり全校生徒が最も盛り上がるイベントである
第二戦闘会場はかなりのギャラリーがひしめき合っている
おそらくは30人以上いるだろう。それらが会戦を今か今かと待ちわびている
今回の模擬聖戦の相手角田健吾は学年4位の実力を持ち合わせている好カードであるためいつも以上に注目度はあがっているようだ
その光景を控室のモニターから見ていると
「今回いきなりの願いに応じてくれたこと、感謝する」
ゲート前で倉田は再度翔に向けてお礼を述べてきた。相変わらず丁寧な人だと笑顔で答えようとしたのだが
「しかし、模擬とはいえ俺は守護者の端くれ。全力でいかせてもらうぞ」
先ほどの雰囲気とは一転、目つきは鋭くなり、空気が張り詰め、腕輪からは光が抑えられていない
(やる気満々ってところか…)
その様子はまさに虎が獲物を狙っているかのようなそんなプレッシャーが押し寄せてくる。並大抵の人ならこの姿を見るだけで足が震えるくらいの恐怖を感じるだろう
そんな様子に翔は臆するどころかあまり興味がないように翔は答えた
「楽しい聖戦を」
その言葉を聞き角田も笑みを浮かべ、お互いの入場ゲートへ分かれていった
不意に会場の照明が落ちると、会場から歓声があがった。
2人が左右の入場ゲートからそれぞれの選手が入場してきた
左のゲートからは、大柄な男が全身真紅の甲冑を身に着けている。その右手にはハルバートと呼ばれる槍と斧の特性を合わせ待った約2メートルはある長柄武器である。まるで十字軍の戦闘衣装さながらの重装備である。重そうなその武器を片手で振ると強い風切音とともに突風が吹き荒れた。その衝撃と鮮やかな騎士の姿は感嘆の声がいくつもあがった
右のゲートからは、細身の体に背中に十字架が刻印された青のロングコート。その中には黒を基調とした服に胸当て(プレート)が身についているだけである。そして両手には同じ形状をした白銀の刃。長さは約80センチほどで剣というよりも小剣と言ったほうが近い。こちらは堂々と直立しているだけで刃すら両腰の鞘から抜いていない。その軽装と風格からまるで場違いのように感じられこちらは驚きの声がいくつもあがった
その会場を夕実は心配そうに見つめていた。あんな防御を捨てている衣装に驚きを隠すことはできなかった。なにせ相手は学年トップクラスの実力、致命傷をもらう事だって容易に考えられるのだ
その様子に気づいた響はなるべく優しく夕実に声をかけた
「大丈夫。あいつは翔だぜ?誰が相手でもきっと勝てるさ」
「でも、今日は心配だよ」
「たしかに今日の相手は強い。でも、翔と「約束」したんだよね」
「…うん。買い物付き合うって約束した」
その言葉を聞くと響はにやっと爽やかな笑顔をしていた
「なら絶対大丈夫だ。あいつは「約束」を絶対やぶらねぇ」
その言葉を聞いてようやく夕実は落ち着いてきた
すると大きなブザー音が鳴り響いた。聖戦開始の合図である
(どうか怪我をしませんように)
そう祈りながら二人の聖戦の幕があがった